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第十一話 パスティオン侯爵邸へ


 軽食を摂って鍛冶屋に行き、イチヤは、手入れが済んだ剣を受け取った。

 剣の傷や刃こぼれは見事になくなり、新品のように綺麗になっていた。


 剣を受け取るときに、どんな材料を使ってどんな手入れをしたかを説明された。もっとも、イチヤの頭にはほどんど入ってこなかった。剣の修理に使う材料の名前など知らないし、鍛冶屋の技術的な内容も分からない。専門外の話をされても、理解できるはずがない。


 手入れされた剣を見て、一つだけ分かること。間違いなく、手入れ前よりも切れ味はいいはずだ。


 鍛冶屋に礼を言い、代金を払って、イチヤは鍛冶屋を出た。料金は、事前に説明された通り、一万ディネロだった。


 鍛冶屋を出た時点で、陽はかなり沈んでいた。太陽は、もうほとんどが、城壁の向こうに隠れている。辺りはかなり暗くなってきていた。


 イチヤとレトは、そのまま侯爵邸に向かった。


 侯爵邸は、鍛冶屋から概ね三キロメートルほどの場所にあった。


 侯爵邸に着く頃には、陽は沈んでいた。夜と言える時間帯。


 周囲の食堂や酒場の入り口にはランプが掛けられ、淡い光が周囲を照らしている。店内からも、光が漏れ出ている。酒場から、陽気な声がかすかに聞こえてきた。


 フロンティアのやや北寄りにある、パスティオン侯爵邸。敷地は、日本にある一般的な高校くらいの面積だった。つまり、個人宅としてはかなり広い。イチヤの感覚では、だが。


「ずいぶん大きいな」

「そう?」


 イチヤの感想に、レトは、否定とも言える声を返してきた。


 パスティオン侯爵邸は高さ三メートルほどの塀に囲まれ、一カ所だけ門がある。鉄製の柵の門。今は閉じられている。


 門の前には、二人の男が立っていた。門番だろう。二人とも、中年と言っていい年齢だ。城壁の外にいた兵士達と同じように、胴当てを装備し、腰に剣を掛けている。


 イチヤとレトは門に近付いた。

 近付いてすぐ、レトは門番に声を掛けた。


「パスティオン侯爵に用があるの。会わせて」

「パスティオン卿に何の用だ?」


 レトは小さく溜め息をついた。


「私の顔、覚えてないの? 前も来たのに」


 おそらくレトは、前召喚者も、今と同じようにパスティオン邸に連れて来たのだ。パスティオン邸で仕事をしている者の中には、レトの顔を知っている者も少なくないはずだ。けれど、目の前の二人は、彼女を知らなかった。


 仕方ないという顔で、レトは、懐から国王の書状を取り出した。


「国王陛下の使いで、今度の召喚者を案内してきたの。だから、パスティオン侯爵に会わせて」


 門番二人が慌てた顔を見せた。


「しばしお待ちを。これは、一旦お預かりします」


 レトから書状を受け取ると、門番の一人は、門を開けて侯爵邸敷地内に駆け出した。召喚者が来たことを報告し、どのように対応するか確認するのだろう。


 残っている門番は一人。


「なあ、レト」

「何?」

「パスティオン侯爵邸って、侯爵邸としてはそんなに大きくないのか?」


 先ほどのレトの否定を思い出し、イチヤは彼女に訊いてみた。


「そうね。兵の宿舎とか訓練用のグラウンドまである割りには、そんなに広くない方だと思う」

「そうなのか」

「あなたに説明した爵位のこと、覚えてる?」

「まあ、概ね」


 この世界に召喚されたとき、イチヤは、皇帝ロキやレトから、この世界について簡単に説明を受けた。説明の中には、この世界の身分に関する内容もあった。その内容を思い出しながら、口にしてゆく。


「公爵は、形式上、爵位の中で一番位が高い。国王に次ぐ地位で、王族血縁者もいるし、王族と結婚する人もいる。業務として、国の行政を担ってるんだったか。それに、国軍とは違う私設軍なんかも保有してるとか」

「うん。そう」

「侯爵は、形式上では、公爵の次に位が高い。国の軍事を担ってる。国境に領土があるパスティオン侯爵は、フロンティアも含めて『国家の城壁』なんて言われてるんだっけ?」

「しっかり覚えてるんだ。前の召喚者は、説明したことをほどんど覚えてなかったのに」

「俺は、日本で――元の世界で、本ばっかり読んでたからな。しっかり説明されたことは、割と覚えるんだよ」

「記憶力がいいのは助かる。何回も同じ説明をしなくて済むし」


 愚痴を言うときも、レトの表情はあまり変わらなかった。もっとも、口調には、どこかうんざりした様子が覗えたが。たぶん、前の召喚者に対して、同じ説明を何度も繰り返したのだろう。


「侯爵の傘下の爵位が男爵だったよな? だから、侯爵が取りまとめてる軍の将軍を、男爵家の奴が務めてたりもする」

「その通りね。今のパスティオン侯爵閣下は、リミテス・パスティオン様。前の侯爵の次男だった」

「長男が必ず家を継ぐ、ってわけじゃないのか」

「まあ、長男が継ぐことは多いけど。ただそこは、能力とか性格とかの問題もあるから」

「前のパスティオン侯爵の長男は、能力的に劣ってたってことか」

「能力もだけど、性格もね」

「そんなにロクデナシだったのか?」

「私が生まれる前のことだから、話に聞いただけだけど――」


 レトは一旦、言葉を切った。

 門番の男性が、なぜか苦笑している。


「――長男のクリーブ様は、本当にどうしようもない人だったみたいで。軍事を司る家なのに訓練も勉強もしないで、自分の変態趣味に傾倒してたらしいの」

「変態趣味?」

「女の人がオシッコをするところを見て、興奮する人だったんだって」

「ぷは!?」


 つい、イチヤは吹き出してしまった。元の世界にもそういう性癖の男はいたが、この世界にもいるのか。


「で、クリーブ様は、自分の婚約者にも、目の前でオシッコをすることを強要したらしくて。それが、関係貴族に知れ渡って、後継候補から外されたらしいの。もちろん、その婚約は破談。前の侯爵閣下にとって、クリーブ様は恥でしかなかったみたい」

「いや、そうだろうな」


 門番が苦笑した理由を、イチヤは理解した。笑うしかない。


「って、変な方向に話が逸れたけど――」


 変態長男の話を終わらせて、レトは続けた。


「軍の兵士は、基本的に侯爵が管理している。侯爵邸の敷地内には、兵の宿舎もある。でも、パスティオン侯爵が管理してる軍は万単位の人数なわけだから、全員を宿舎に入れることはできない。だからパスティオン侯爵は、積極的に、宿舎以外で生活することを兵に推奨してるの。結婚してる兵はもちろんだけど、一定以上の地位がある兵とか、それ以外の兵にも」

「それで、兵の宿舎が縮小されて、侯爵邸の敷地面積も小さくなったのか」

「そう。ちゃんと訓練に参加して規律を守るなら、宿舎で生活する必要もないしね」


 レトの話を聞いて、イチヤは、日本の自衛隊を思い浮かべた。一定の者は宿舎に入れて管理する。それ以外の者は宿舎外で生活させて、各自に自己管理をさせる。


「まあ、さすがに、執事とか侍女なんかの使用人は、侯爵邸で生活してるみたいだけどね」

「まあ、そうだろうな」


 レトの説明が終わってしばらくすると、侯爵邸に走っていった兵が、もう一人の男と一緒に戻ってきた。


 兵と一緒に来た男性は、武装をしていない。年齢は五十前後というところか。日本の学生服のような格好をしている。おそらく使用人だろう。服装からして、使用人の中でも上位にいる人物。


「お待たせして申し訳ございません」


 使用人と思われる人物が、イチヤとレトに頭を下げた。


「私は、パスティオン侯爵家にて執事を務めております、バットラーと申します。侯爵閣下がお会いになるそうなので、こちらへ」

「そう」


 短く答えて、レトはイチヤを促した。


 イチヤは頷き、バットラーの案内で侯爵邸敷地内に足を踏み入れた。


 侯爵邸敷地内は、イチヤの想像に近い様相だった。木造三階建ての大きな宿舎があり、兵が訓練をするグラウンドのような広場がある。グラウンドの両端に宿舎。


 グラウンドを通って宿舎を通り過ぎると、綺麗な建物があった。間違いなく侯爵邸だ。レンガ造りの街の建物とは違い、全体が白で統一されている。入り口の扉だけが、木目の入った薄い茶色だった。二階建ての豪邸。


 先導しているバットラーが、入口の扉を開けた。


「どうぞ。ついてきてください」


 バットラーの指示に従い、彼の後ろを歩く。途中で階段を通り過ぎると、彼は、一つの扉の前で足を止めた。木目の入った、銀色のノブがついた扉。


 バットラーが二回、扉をノックした。


「旦那様。レト殿と、現在の召喚者様をお連れいたしました」

「ああ。入ってくれ」


 ドアの向こうから声が返ってきた。


 バットラーがドアを開け、イチヤとレトを促した。


※次回更新は4/19を予定しています。


なお、パスティオン侯爵長男については、この短編で詳しく書かれています。

本編に影響はありませんが、よろしければ読んでみてください。


『浮気して婚約破棄されたけど、概ね計画通り 』

https://ncode.syosetu.com/n5700jn/

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― 新着の感想 ―
>女の人がオシッコをするところを見て、興奮する人 すぐさまわかりました! あーあいつかーって。 あの人あのあとどうなったんだっけ? と読み返して来たら、幽閉されてましたね。 今も生きているんだろうか…
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