エピローグ~45歳「非」童貞、幸せな未来を夢見る~
レトが姿を消してから、二日後。
ヒロイーナ村を出発する直前。
イチヤは、村長や村の人達に、マセリアの墓の管理を頼んだ。
「レトからも頼まれてたよ」というのが、村長の返事だった。
馬に乗って村を後にした。
まずはフロンティアに向う。そこから、デルパイース川を渡り、サウスウェストへ入る。次の標的は、サウスウェストの皇帝フレイヤ。
遠くに都市が見える平野を進みながら、ふと、イチヤはハイドに訊いてみた。
「そういえば、皇帝って何者なんだ? 吸血鬼でもないのに、人間よりもはるかに永く生きて、驚異的な力もあるって。どんな生き物なんだ?」
「ああ。そういえば話してなかったね」
「知ってるのか?」
「俺も、母さんから聞いた話だけどね」
ハイドの母親。彼を連れて吸血鬼の村から逃げ出した吸血鬼。彼女は、皇帝の目論みはもちろん、その正体も聞いていたという。
「結論から言うと、エルフとドワーフのハーフ」
「はい!?」
裏返った大声を出したのは、プリメラだった。
この世界の人間には、三種類の人種がいる。人族、エルフ、ドワーフ。
同じ人間として同じように生活しているが、エルフとドワーフは、互いに性的対象ではない。そのため、エルフとドワーフのハーフは存在しない。何度も人族と交配してほぼ人族となったエルフやドワーフなら、交配することもあるらしいが。
それが、世界の常識。実際に、エルフがドワーフから性被害に遭うことも、ドワーフがエルフから性被害に遭うこともない。
その価値観はイチヤには分からない。元の世界で言うなら、人間がペットに性的興奮を持たないのと同じような感じだろうか――と想像した。
そういえば、ロキの髪色は茶色が混じった金色だった。エルフとドワーフの双方の特色が出た髪色。
「どういうわけかは知らないけど、大昔、エルフとドワーフの間に、三つ子のハーフが生まれた。それが、三人の皇帝。有り得ない混血が、有り得ない能力を生み出した。でも、本来あるはずのない種族だから、三人の皇帝には生殖能力がないみたいだよ。まあ、性欲はあるんだろうけどね」
プリメラは、気持ち悪い物を見たかのように顔を歪めている。本来この世界の人間ではないイチヤには、彼女の気持ちが分からない。
ただ一つ、気になることがある。
「じゃあ、もしかしたら、これからも皇帝みたいな生き物が生まれる可能性があるのか?」
エルフとドワーフのハーフ。一般的なエルフやドワーフにしてみたら、生理的に受け付けない関係なのかも知れない。しかし、誕生の可能性がゼロとは言えないだろう。
「ゼロではないよね」
イチヤの想像通りの回答が返ってきた。
「人の性癖なんて千差万別なんだし。ただ、ゼロではないとしても、限りなくゼロに等しいと思うよ」
「なんでだ?」
「さっきも言った通り、人の性癖なんて千差万別だ。たぶん、ほとんど知られていないだけで、エルフに性的興奮を得るドワーフも、ドワーフに性的興奮を覚えるエルフもいると思う。それでも皇帝みたいなのが誕生していないってことは、この両者が交わったときの受胎率が、ひどく低いんだと思う。それこそ、何億分の一、くらいのレベルで」
「なるほどな」
ハイドの仮説が正しいなら、皇帝は、何億分の一の奇跡から生まれた怪物ということだ。大陸の人間を駒として使い、国を作り、人の命をゲームの駒として使うゲス。引き起された、最低の奇跡。
この下劣なゲームを終らせたい。戦争をなくして、理不尽に傷付けられる人などいない世界にしたい。
それは、イチヤが、過去の自分を振り返ったことで生まれた目的。かつて、不条理に傷付けられた自分を救う目的。
けれど、今はもうそれだけじゃない。
世界のためだけに戦うわけじゃない。過去の傷は、もう拭えた。
それでも、戦う目的がある。
レトに会いたい。レトに会って、彼女の気持ちを聞きたい。
そしてもし、レトが、自分と同じ気持ちだったなら。
自分と同じ気持ちなのに、何か理由があって立ち去ったのなら。
そのときは、縛り付けてでも離さない。
かつての自分だけじゃなく、未来の自分を幸せにする目的を抱えて。
イチヤは馬を走らせた。
(終)
本作はこれで完結ですが、この後、おまけを投稿しようと思います。
そちらもお付合いいただけると嬉しいです。




