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第八話 歌声


 鍛冶屋を出てすぐに、レトは、イチヤを食堂に連れて来た。


 周囲と同様にレンガ造りの建物。

 鍛冶屋から迷うことなくここまで来たことから、レトが、フロンティアの地理を完全に記憶しているのだと分かった。


「朝食ついでに、この大陸のことと、これからの予定について話すから」


 言いつつレトは、食堂のドアを開けた。


 食堂の中には、テーブル席が十個あった。それぞれのテーブルに、背もたれのない椅子が六つずつ。そのうち三つの席に客が座っていた。食事をしているのは十三人。全員、腹に鉄製の鎧を着けている。剣を腰に掛けている者が七人。兵役に就いている者達のようだ。仕事終わりか、もしくは休憩中なのか。


 イチヤとレトは空いている席に着いた。向かい合うように座る。テーブルの上には、木製のメニュー表があった。何が書いてあるのか、イチヤにはまったく読めなかったが。


「好きな物頼んで」


 レトの言葉に、イチヤは溜め息をついた。


「いや、俺、文字なんてほとんど読めないんだけど」

「ああ、そっか」


 レトは、メニュー表を自分の近くに引き寄せた。


「肉と魚、どっちがいいの?」

「肉かな」

「飲み物は? 水がいい? それともお酒?」

「いや、これから街を回るのに、酒はないだろ」

「パンと麦、どっち?」


 麦は、パンと並んでこの世界の主食の一つだ。日本で言う米のような食べ物。立ち寄った村でも何度か食べた。あまり口には合わなかったが。


「麦で」


 米があればいいんだけどな、と胸中で付け加える。


 イチヤの要望を一通り聞くと、レトは店員を呼んだ。彼女から注文を取ると、店員は厨房に引っ込んでいった。


 注文を終えたレトは、まっすぐにイチヤを見つめた。


「じゃあ、注文が来るまで、この世界のことを簡単に説明するから」

「ああ」


 イチヤも、レトをじっと見つめた。


「まず、お金のこと」


 レトは、ローブの懐から革袋を取り出した。口が紐で縛られた袋。紐を解き、袋の口を開く。袋を逆さにして、中に入っているものをテーブルの上にぶちまけた。ジャラジャラジャラッと金属音が鳴った。


 テーブルの上には、金や銀、銅や鉄色の金属。どれも丸く薄い。これがこの世界での貨幣なのだと、簡単に予測がついた。


「これが、この世界のお金」


 想像通りだった。


「これで全種類なのか?」

「ええ」


 どうやら、この世界に紙幣はないらしい。


 ぶちまけられた硬貨を、レトは、一種類ずつ手に取った。一枚一枚、イチヤの前に置いてゆく。金色の硬貨、銀色の硬貨、銅の硬貨、鉄色の硬貨、鉄色で真ん中に穴が開いた硬貨。全部で五種類。


「金色の硬貨は、一万ディネロ。銀色の硬貨が千ディネロ。銅の硬貨が百ディネロ。鉄で穴がないのが十ディネロ。穴開きが一ディネロ」

「なるほどな」


 頷き、イチヤは、テーブルにぶちまけられた硬貨を見た。ほとんどが金貨だ。銀貨や銅貨はほとんどない。もちろん、鉄も穴開きも。


「やけに金貨が――一万ディネロが多いな」

「小銭が増えすぎると、重いから。だから、基本的にお釣りはもらわないようにしてるの」

「……もったいなくないのか?」

「どうせ、私のお金じゃないし」


 これは旅の費用。レトの給料は別に出ているのだろう。費用や給料は、皇帝から出るのだろうか、国王から出るのだろうか。イチヤにとってはどうでもよかったが。


「それで、と」


 レトは内ポケットをまさぐり、もう一枚の革袋を取り出した。レトがお金を入れていたのと同じような物だった。


「これは、あんたの財布」

「は?」


 イチヤは間の抜けた声を漏らした。


 レトは、ぶちまけられた硬貨を適当に鷲掴みにすると、イチヤの財布に入れた。おそらく、三十万ディネロは入れられたはずだ。それでもテーブルの上には、四~五十万ディネロほどのお金が残っている。


 イチヤ用の財布の入り口を紐で縛り、レトはこちらに差し出してきた。


「はい」

「俺の金ってことか?」

「そう。好きに使って。侯爵のところに行ったら、またいくらか貰えるはずだから」


 イチヤはレトから財布を受け取った。


「朝食を食べたら、街の中を回るから。適当な店を見て、適当に買い物をして、お金の使い方とか値段の相場とかを覚えて」

「俺一人で行くのか?」

「まさか。迷子になられたら困るからね。もちろん私も一緒に行くよ」

「わかった」

「適当に街を回って、適当に買い物をして、時間になったら鍛冶屋に行って、剣を受け取ったら侯爵邸に行くから」

「何を買っても、どんな使い方をしてもいいのか?」

「もちろん。なんなら、娼館に連れて行ってもいいけど」


 娼館――売春宿。


 吐き捨てるように言ったあと、レトは「あ」と声を漏らした。直後、一瞬だけ、彼女らしくない表情になった。どこか申し訳なさそうな顔。


「……あんたは、そんなとこ行かないか」

「まぁな」


 少し経ってから、注文した食べ物が運ばれてきた。イチヤの肉と野菜、麦、水。レトの野菜とパン、水。彼女の手元には、パンに付ける赤いジュレ状の物があった。ジャムのような物だろう。


 食事中に、レトは、この国の平均年収なども教えてくれた。もっとも、村で生活している国民は自給自足をベースにしているので、年収は低くなるが。


 食事を終えると、イチヤとレトは店を出た。話し込みながら長く店にいたので、かなり居座ってしまった。その分のチップ代わりと言って、レトは、食事代のお釣りをもらわなかった。代金は二人で三千ディネロほどだったが、金貨を一枚――一万ディネロも払っていた。


 店から出ると、陽がすっかり高くなっていた。とはいえ、まだ昼にはなっていないだろう。


「なあ、レト」

「何?」

「この世界の時間って、どうやって計ってるんだ?」

「時計だったり、太陽の位置だったり」

「時計なんてあるのか?」

「イチヤの世界にはないの?」

「いや、あるけど。どうやって時計を動かしてるんだ?」


 レトは、ローブの懐から時計を取り出した。針時計。ただし、元の世界の時計とは少し異なる。針が二本しかない。一本はほとんど動かず、もう一本は動き続けている。レトに説明を受けて、動き続けている針が秒針、止まって見えるのが時針だと分かった。分針はないらしい。丸形の時計には、一つ、出っ張りがあった。


「このゼンマイを巻いて、動くようにするの。毎日百回くらい回しておけば、壊れない限り止まる心配はないから」


 針時計があるくらいだから、この世界の文明はなかなか進んでいるようだ。もっとも、魔術が一般的なこの世界で、今後、銃火器が開発される可能性は低い気がした。魔術よりも銃の方が、発射速度は上だろう。だが、人の力で遠距離攻撃ができるのに、銃の開発に尽力するとは思えなかった。


 この世界の一年は、日数にして元の世界の三倍ほど。一日の時間は、概ね元の世界と同じだった。昼と夜の概念も、ほぼ同様。


 今の時刻は、元の世界での概ね午前十時頃。


 イチヤは、レトと一緒にフロンティアの街を歩き回った。色んな店に立ち寄る。雑貨屋、ある種の道具の専門店、肉や野菜などの食料品店。


 時間が経って昼間が近付くと、街を歩く人の数も増えてきた。営業を始める店。道で露店を出す者。国内にある大都市の一つだけあって、人口密度は、日本の政令指定都市くらいありそうだ。


 店や露店を見て回ることで、イチヤは、この世界の貨幣価値を概ね計ることができてきた。円とディネロという単位の違いはあるものの、貨幣価値は概ね日本と同様と言えた。もっとも、日本のような電子機器がないため、収入も支出もこの世界の方が少ないだろうが。


 都市内を歩き回っていると、いつの間にか太陽が真上に来ていた。丁度昼時だ。


 ふいに、イチヤの耳に、誰かの歌声が聞こえてきた。かすかに聞こえる、という程度の歌声。それでも、この歌声が綺麗なことだけは分かる。


「なあ、レト」

「どうしたの?」

「歌声が聞こえるんだけど」

「ええ。たぶん、公園で路上公演でもしてる人がいるんでしょ? そういう人が集まるんだよね、公園って」

「そうなのか?」

「うん。他にも、絵描きが有料で人の似顔絵を描いたり、ダンスパフォーマンスで投げ銭をもらったりする人もいるの」


 イチヤの耳に届く歌声は遠過ぎて、歌詞も判別できない。ただ、元の世界で聞いたどの歌声よりも綺麗だった。


「公園に行ってみていいか? この歌、近くで聞いてみたい」


 イチヤは、特に音楽が好きなわけではない。日本にいたときは、人並みにはCDを購入していた。ネット上でも聞いていた。しかし、ライブに足を運んだりすることはなかった。特定のミュージシャンのファンになる、ということもなかった。


 それなのに。


 耳に届いてくる歌声は、何か特別な気がした。今までにない気持ちを抱いた。この歌声を、できるだけ間近で聞いてみたい。


「まあ、いいけど」


 ただ淡々と、レトはイチヤに従った。不服そうにするでもなく。イチヤの隣りを歩き、公園まで案内してくれる。


 レトに案内された場所は、イチヤがイメージしている公園とは異なっていた。公園自体が大きな通りになっていて、露店が数多くある。短い芝生が生い茂った大通り、という方が正しいかも知れない。道幅は五十メートルほどか。


 公園は遙か遠くまで続いている。端が見えない。


「この公園って、どこまで続いてるんだ?」

「フロンティアの端から端まで続いてるの。だから、距離はだいたい五キロメートルくらいじゃない?」


 本当に、公園というより大通りだ。胸中で呟きつつ、イチヤは、先ほどの歌声の主を探した。公園に来たことで、よりはっきりと歌声が聞こえるようになった。だが、まだ遠い。


 声の方に向かって、イチヤは歩き出した。今度は、イチヤがレトを先導するような状態になった。


 歌声が、どんどん近付いてくる。歌詞が、少しずつ聞き取れるようになってゆく。


 大通り状になっている公園。道幅の中央に、噴水があった。数段の階段の上にある噴水。


 その噴水を背に、一人の女性が歌っていた。


※次回更新は4/10を予定してします

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― 新着の感想 ―
すごくファンタジーな世界を冒険している感はある。 でも、イチヤには前世の記憶があることを忘れずに書いてもいる。 ここから先がまたワクワクしますね(#^.^#)
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