第九十六話 一緒に行く
ロキの死から一五一日目。
マセリアの埋葬を終えた後。
イチヤ達のもとに、この村の常駐兵が、休戦の情報を運んできた。
サウスウェストが、ノースの降伏を受け入れた。ノースとサウスウェストの間に休戦協定が結ばれた。協定の内容にノースの不利益はなく、また、これまでの戦いで犠牲者が出たことについても、両国共言及はしないという。戦争に関する怨恨等で相手国の人間を傷付けた者は、両国の司法の合議により裁かれるそうだ。
両国間の詳細な決まり事については、今後、少しずつ作成してゆくらしい。
サウスウェストが休戦を受け入れた理由は、容易に想像できた。
「チサトは、ノースの召喚者でもない兵に殺された」と、サウスウェスト側は認識している。つまり、ノースに、召喚者クラスの兵が複数名いると思っているのだ。そんな国と戦い続けるのは、新たな召喚者を育てたとしても得策ではない。サウスウェストという国にとっても、個々の兵にとっても。
三国間の戦争は、皇帝達のゲーム。彼等のルール上、敵国に勝てばいいわけで、征服を目的としているわけではない。戦わずして勝利が手に入るなら、こんなに簡単なことはないのだ。だから降伏を受け入れ、休戦した。
二人の皇帝がロキの死を知っているかは分からないが。
もっとも、休戦したのはノースとサウスウェストだけだ。サウスイーストは別。戦争はまだ続く。他の二人の皇帝が生きている限り。
昼間。
テーブルを囲み、イチヤ達は昼食を摂っていた。
食事中の会話は、今後のことについて。
「俺の目的は変わらないよ。少し落ち着いたら、ここを出発する。休戦したことで、サウスウェストに入国し易くなった。だから今度は、サウスウェストの皇帝を――フレイヤを狙う」
ハイドの目的は、仇討ち。その思いは変わらないようだ。ただ、彼の心中では、やるべきことが一つ増えていた。
「皇帝を片付けたら、フェイタル病の研究をするよ。発症例が少ないっていっても、命を落としている人がいるんだから。旅の途中でも、暇を見つけて研究するつもりだよ」
マセリアから得た発病中の検体は、今も冷凍保存されている。
イチヤの目的は、戦争のない世界にすること。マセリアの命を諦めてでも、レトが手を差し伸べてくれた目的。目的はハイドと異なるが、得られる結果は同じだ。
だから、イチヤがすべきことも決まっていた。
「俺の目的も変らない。ハイドがフレイヤを狙うなら、同行する」
「うん。そうしてもらうつもり」
「私も行きます」
意思を口に出したプリメラは、ハイドをじっと見つめていた。
「戦争がなければ、トーダは死ななかった。トーダに報いたいんです」
トーダに報いる。罪悪感がなくても、プリメラは、彼の死に殉じようとしている。それが、彼女の生きる目的。今後も、自分の気持ちを口にすることはないだろう。自分の想いを成就させようとすることもないだろう。
イチヤ、ハイド、プリメラはサウスウェストへ行く。
では、レトはどうするのか。
食べ物を口に運びながら、イチヤはレトの方を向いた。
『レトはどうするんだ?』
そう言いかけて、イチヤは口を噤んだ。
レトは、最愛の母親を亡くしたばかりだ。心に大きな傷を負っているだろう。悲しみに暮れながら、泣いていたいだろう。
本当は、レトにもついて来てほしい。一緒に旅をして、一緒の目的に向って進んでいきたい。
レトに対する気持ちを、イチヤは必死に抑え込んだ。辛い思いをしている彼女に、自分の気持ちを押し付けたくない。
カチャリと、レトがスプーンを置いた。イチヤを見てきた。彼女と視線が合った。
レトのブラウンの瞳が、イチヤを見つめている。光が当たると金色にも見える、ブラウンの瞳。その綺麗な瞳に、イチヤが映っている。きっと、イチヤの瞳には、彼女が映っている。
「ねえ、イチヤ」
「……何だ?」
自分の願望を口にしそうになって、イチヤは少しだけ言葉に詰まった。「ついて来てくれ」なんて言えない。言ってはいけない。
レトはイチヤから目を離し、ハイドやプリメラにも視線を送った。
「ハイドにプリメラも」
「何?」
「何ですか?」
食卓で、三人の視線がレトに集まっている。
レトは少しだけ黙り込むと、再度口を開いた。
「いつ出発するの? 少し休んでから? それとも、すぐに出発する?」
「そうだね……」
ハイドは口元に手を当てた。
「色々あって大変だったし、あと一、二週間はここで世話になりたいかな。それくらい休んでから出発しようかな、って俺は考えてるけど。イチヤとプリメラはどう?」
「私はそれで構いません。出発の準備もしたいですし。イチヤさんはどうです?」
「……俺もそれでいい」
ということは、あと一、二週間でレトと離れ離れになるのか。
寂しさと胸の苦しさが、イチヤを襲っていた。それでも、レトの側にいたいという気持ちだけで、自分の目的を捨て去ることはできなかった。これはもう、自分一人だけの目的ではないのだから。
「わかった」
レトは再びスプーンを手にし、食事を続けた。彼女の表情に変化はない。とはいえ、ロキに従っていた頃の無表情でもない。
食べながら、レトがポツリと呟いた。
「じゃあ、二週間だけ待ってくれる?」
「待つって、何を?」
「私の心の整理」
イチヤの問いに端的に答えると、レトは、三人を見回した。
「二週間で、お母さんとのお別れを済ませる。そうしたら、私も一緒に行く」
「!」
イチヤは目を見開いた。驚いて、手にしたスプーンを離してしまった。床に落ちたスプーンが、キンッと金属音を立てた。
目を見開いて固まっているイチヤに、レトは、どこか不満げな顔を向けてきた。
「何? 私が一緒に行っちゃ駄目なの?」
スプーンを拾うことも忘れ、イチヤはブンブンと首を横に振った。
「一緒に来てくれ! レトが一緒に来てくれるなら、すごくありがたい!」
少しだけ――ほんの少しだけ、レトの口角が上がった。彼女は再度、ハイドやプリメラにも目を向けた。
「ハイドとプリメラもいい?」
「もちろん」
「もちろんです」
「じゃあ、よろしく」
少しだけだが、上がったままのレトの口角。温かさを感じる、でも少し寂しそうな笑顔。
彼女の横顔を見ながら。
レトを抱き締めたい衝動を、イチヤは必死に抑えていた。
※次回更新は明日(10/31)を予定しています




