↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/155

第九十六話 一緒に行く


 ロキの死から一五一日目。

 マセリアの埋葬を終えた後。


 イチヤ達のもとに、この村の常駐兵が、休戦の情報を運んできた。


 サウスウェストが、ノースの降伏を受け入れた。ノースとサウスウェストの間に休戦協定が結ばれた。協定の内容にノースの不利益はなく、また、これまでの戦いで犠牲者が出たことについても、両国共言及はしないという。戦争に関する怨恨等で相手国の人間を傷付けた者は、両国の司法の合議により裁かれるそうだ。


 両国間の詳細な決まり事については、今後、少しずつ作成してゆくらしい。


 サウスウェストが休戦を受け入れた理由は、容易に想像できた。


「チサトは、ノースの召喚者でもない兵に殺された」と、サウスウェスト側は認識している。つまり、ノースに、召喚者クラスの兵が複数名いると思っているのだ。そんな国と戦い続けるのは、新たな召喚者を育てたとしても得策ではない。サウスウェストという国にとっても、個々の兵にとっても。


 三国間の戦争は、皇帝達のゲーム。彼等のルール上、敵国に勝てばいいわけで、征服を目的としているわけではない。戦わずして勝利が手に入るなら、こんなに簡単なことはないのだ。だから降伏を受け入れ、休戦した。


 二人の皇帝がロキの死を知っているかは分からないが。


 もっとも、休戦したのはノースとサウスウェストだけだ。サウスイーストは別。戦争はまだ続く。他の二人の皇帝が生きている限り。


 昼間。


 テーブルを囲み、イチヤ達は昼食を摂っていた。

 食事中の会話は、今後のことについて。


「俺の目的は変わらないよ。少し落ち着いたら、ここを出発する。休戦したことで、サウスウェストに入国し易くなった。だから今度は、サウスウェストの皇帝を――フレイヤを狙う」


 ハイドの目的は、仇討ち。その思いは変わらないようだ。ただ、彼の心中では、やるべきことが一つ増えていた。


「皇帝を片付けたら、フェイタル病の研究をするよ。発症例が少ないっていっても、命を落としている人がいるんだから。旅の途中でも、暇を見つけて研究するつもりだよ」


 マセリアから得た発病中の検体は、今も冷凍保存されている。


 イチヤの目的は、戦争のない世界にすること。マセリアの命を諦めてでも、レトが手を差し伸べてくれた目的。目的はハイドと異なるが、得られる結果は同じだ。


 だから、イチヤがすべきことも決まっていた。


「俺の目的も変らない。ハイドがフレイヤを狙うなら、同行する」

「うん。そうしてもらうつもり」

「私も行きます」


 意思を口に出したプリメラは、ハイドをじっと見つめていた。


「戦争がなければ、トーダは死ななかった。トーダに報いたいんです」


 トーダに報いる。罪悪感がなくても、プリメラは、彼の死に殉じようとしている。それが、彼女の生きる目的。今後も、自分の気持ちを口にすることはないだろう。自分の想いを成就させようとすることもないだろう。


 イチヤ、ハイド、プリメラはサウスウェストへ行く。

 では、レトはどうするのか。

 食べ物を口に運びながら、イチヤはレトの方を向いた。


『レトはどうするんだ?』


 そう言いかけて、イチヤは口を噤んだ。


 レトは、最愛の母親を亡くしたばかりだ。心に大きな傷を負っているだろう。悲しみに暮れながら、泣いていたいだろう。


 本当は、レトにもついて来てほしい。一緒に旅をして、一緒の目的に向って進んでいきたい。


 レトに対する気持ちを、イチヤは必死に抑え込んだ。辛い思いをしている彼女に、自分の気持ちを押し付けたくない。


 カチャリと、レトがスプーンを置いた。イチヤを見てきた。彼女と視線が合った。


 レトのブラウンの瞳が、イチヤを見つめている。光が当たると金色にも見える、ブラウンの瞳。その綺麗な瞳に、イチヤが映っている。きっと、イチヤの瞳には、彼女が映っている。


「ねえ、イチヤ」

「……何だ?」


 自分の願望を口にしそうになって、イチヤは少しだけ言葉に詰まった。「ついて来てくれ」なんて言えない。言ってはいけない。


 レトはイチヤから目を離し、ハイドやプリメラにも視線を送った。


「ハイドにプリメラも」

「何?」

「何ですか?」


 食卓で、三人の視線がレトに集まっている。

 レトは少しだけ黙り込むと、再度口を開いた。


「いつ出発するの? 少し休んでから? それとも、すぐに出発する?」

「そうだね……」


 ハイドは口元に手を当てた。


「色々あって大変だったし、あと一、二週間はここで世話になりたいかな。それくらい休んでから出発しようかな、って俺は考えてるけど。イチヤとプリメラはどう?」

「私はそれで構いません。出発の準備もしたいですし。イチヤさんはどうです?」

「……俺もそれでいい」


 ということは、あと一、二週間でレトと離れ離れになるのか。


 寂しさと胸の苦しさが、イチヤを襲っていた。それでも、レトの側にいたいという気持ちだけで、自分の目的を捨て去ることはできなかった。これはもう、自分一人だけの目的ではないのだから。


「わかった」


 レトは再びスプーンを手にし、食事を続けた。彼女の表情に変化はない。とはいえ、ロキに従っていた頃の無表情でもない。


 食べながら、レトがポツリと呟いた。


「じゃあ、二週間だけ待ってくれる?」

「待つって、何を?」

「私の心の整理」


 イチヤの問いに端的に答えると、レトは、三人を見回した。


「二週間で、お母さんとのお別れを済ませる。そうしたら、私も一緒に行く」

「!」


 イチヤは目を見開いた。驚いて、手にしたスプーンを離してしまった。床に落ちたスプーンが、キンッと金属音を立てた。


 目を見開いて固まっているイチヤに、レトは、どこか不満げな顔を向けてきた。


「何? 私が一緒に行っちゃ駄目なの?」


 スプーンを拾うことも忘れ、イチヤはブンブンと首を横に振った。


「一緒に来てくれ! レトが一緒に来てくれるなら、すごくありがたい!」


 少しだけ――ほんの少しだけ、レトの口角が上がった。彼女は再度、ハイドやプリメラにも目を向けた。


「ハイドとプリメラもいい?」

「もちろん」

「もちろんです」

「じゃあ、よろしく」


 少しだけだが、上がったままのレトの口角。温かさを感じる、でも少し寂しそうな笑顔。


 彼女の横顔を見ながら。


 レトを抱き締めたい衝動を、イチヤは必死に抑えていた。


※次回更新は明日(10/31)を予定しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
心強いぜッ。 そしてどうにかこうにか休戦……いつガキンチョ皇帝二人の気が変わるか分からんから、早めの行動がいい気もするけどさてさて。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。