第八十八話 治療法
ロキを討ち、レトの家に戻った。
レトとプリメラは、すぐにセントロへ向かって出発した。予定では、明日には到着してディグノ家を訪ねる。事情をディグノ夫妻に伝え、すぐに王との謁見の場を設けてもらう。ディグノ夫妻を交えて王に謁見し、休戦を申し出る。
レト達が出発したのが、夜明け前。
イチヤとハイドは、フェイタル病をいかに治療するかを話し合った。
イチヤの知る限り、この世界の医療は、元の世界よりもはるかに遅れている。怪我は回復魔術で治るが、病気に関しては、薬草を使った治療や瀉血が一般的だ。それらを、患者の病状に応じて使い分ける。
イチヤの目から見て、瀉血という治療は非科学的としか言いようがない。血を抜いて治る病気など、ほとんどない。
反面、この世界の薬草は、意外なほどよくできていた。おそらく、多くの犠牲のもとに培われた経験則によって、調合されていったのだろう。
もっとも、フェイタル病に効果のある薬草は、今のところ確認されていない。
だから、フェイタル病の治療法については、一から研究する必要がある。
元の世界の医学について、イチヤは、知りうる限りハイドに伝えた。
病気というものは、どのようなことが原因で発症するのか。加齢が要因で起こるものを除けば、大きく分けて二つのパターンが考えられる。
一つは、外的要因。細菌やウィルス。
もう一つは、遺伝的要因。DNAの変質や染色体異常など。
もちろん、それらの要因が複合して発生する病気もある。ガンはその典型だ。ガンは、細胞が制御を失って増殖し続ける病気であり、慢性的な炎症や生活習慣などが原因で、DNAが変質することにより発症する。
病気を治すには、まずは要因を特定する必要がある。
では、どのように要因を特定するか。
元の世界の医療機関には、多くの医療機器がある。研究機関もある。設備もある。それらを使い、患者の皮膚や血液などを検査する。
だが、この世界には、元の世界のような設備はない。血液を細部まで観察できる機器も、細胞の状態を確認する設備もない。
「なるほどね。人間の血液や細胞を検査するのか……」
イチヤの説明を聞いたハイドは、口元に手を当てて考え込んだ。目を閉じる。ポツポツと、声にならない声で何かを呟いている。考えがまとまったのか、目を開けてイチヤに顔を向けた。
「イチヤ。試しに、イチヤの皮膚と血液を分けて欲しい。どれだけ拡大すれば細胞や血液の細部まで見ることができるのか、試したいんだ」
以前、ハイドは、水の魔術と土の魔術を使い、即席で望遠鏡を作ったことがあった。同じ要領で、より倍率が高いものを作るつもりなのだろう。
とはいえ、その発想には一つ問題がある。
「俺の皮膚とか血を分けるのはいいけど、あまり意味がないと思う。氷でレンズを作ると、すぐに溶ける。血とか細胞に水が混じったら、正確には観察できないんじゃないか?」
「大丈夫。火の魔術と土の魔術を使えば、ガラスが作れる。できたガラスを成形して、空気を完全に抜いて、厚さを調節すれば、レンズが作れる。成形に少し時間がかかるけど」
「そんなこともできるのかよ」
イチヤはただ驚くしかなかった。この世界に来て二年ほど――もとの世界の感覚では六年ほど――になるが、これほどの魔術師は見たことがない。
ただ、それでも問題はある。
「さっきも言ったけど、病気の原因はウィルスや細菌、もしくは遺伝子の変質だ。たぶん、ハイドが作る顕微鏡――物を拡大して見る機器だけど――なら、倍率を千倍とかにできるんじゃないかと思う。でも、ウィルスを目視したりDNAの変質を確認するには、百万倍もの倍率が必要なんだ」
「問題ないよ」
あっさりと、ハイドは言い切った。
「俺が見つけたいのは、病気の原因じゃない」
「?」
フェイタル病の原因を見つけないで、どうやって治療するというのか。
イチヤが訊く前に、ハイドは回答を口にした。
「マセリアさんの体には、ロキが掛けた魔法の痕跡があるはずだよ。まず、それを見つけ出す。魔法の痕跡を見つけて、構成を解析して、同じ魔法を再現する。そうすることで、フェイタル病の進行を再度止められるはずだよ。そこから、治療のための魔法を作り出す」
「……」
この世界でできる――ハイドだからこそできる、病気へのアプローチ。
そういえば――と、イチヤは思い出した。フェイタル病で命を落とした、ディグノ家の侍女を。クレア。彼女が亡くなった後、イチヤは、ハイドに訊いたことがあった。魔法でフェイタル病を治すことはできないのか、と。
ハイドが言うには、魔法には構成があるという。ある構成で魔法を発動させることにより、一定の効果を生み出す。フェイタル病を治せる魔法があるかは分からない。あるとしても、どのような構成の魔法か分からない。ゼロからフェイタル病を治す魔法を研究していたら、実現まで少なくとも数十年はかかる。
『まあ、すでにフェイタル病を研究してる人がいて、症状を軽減することに成功してる、なんて実例があれば、一、二年で治せるようになるかも知れないけど』
あのときの言葉を、ハイドは実践しようとしているのだ。
※次回更新は10/16を予定しています




