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第八十六話② 断固たる決意(後編)


 ロキの攻撃を防ぎながら、イチヤは、彼の癖を探した。攻撃のパターンが決まっていないか。繰り出す手刀のテンポが一定ではないか。付け入る癖はないか。


 ロキの動きを徹底的に観察して。

 小さな呼気とともに、イチヤは舌打ちした。


 ロキには、付け入る隙がない。攻撃に癖もない。多種多様なパターンで、リズムやテンポを変えて、多彩な攻撃を繰り出してくる。左手一本しかないにも関わらず。


 ――どうすればいい!?


 自問する。だが、答えは出ない。勝ち筋がまるで見えない。


 今はまだ、プリメラの回復魔術でダメージを回復できている。とはいえ、彼女の魔力も無限ではない。いつか魔力が尽き、イチヤの回復ができなくなる。結果、負ける。


 実戦の殺し合いの場で、敗北は死を意味する。チサトに負けたときは生き延びたが、あれは運がよかっただけだ。ロキから逃げ切れるとは思えない。


 敗色濃厚な状況。手の打ちようがない状態。

 それでも、心を折るわけにはいかない。


 臆病なはずのプリメラが、命をかけてイチヤを回復させている。

 ハイドは、一二〇年もの積み重ねの末に、この場に立っている。


 そして。


 レトは、マセリアを失う覚悟をして、力を貸してくれている。


 負けたら、全てが無駄になる。

 絶対に負けるわけにはいかない。


 ――考えろ!


 歯を食い縛り、イチヤは自分を鼓舞した。元の世界で、どれだけの本を読んだ? どれだけの知識を身につけた? 運動能力も身体能力も劣る自分が、適当に決めたとはいえ、戦士型という素質を選んだ。それなら、その力を最大限に活かす方法を考えろ!


 思考を巡らせていると、ふいに、周囲が暗くなってきた気がした。戦い始めたときは雲ひとつなく、月がはっきりと見えていたのに。天気が変わってきたのだろうか。


 いや。そんなことはどうでもいい。

 今は、ロキを討つことだけを考えろ。


 ロキも、必死の形相を見せている。彼は、夢にも思っていなかったのだ。滅ぼしたはずの吸血鬼に、生き残りがいたなどとは。自分が呼び出した召喚者に、傷を負わされるなどとは。


 周囲がますます暗くなってきた。雨でも降るのだろうか。


 ハイドと行動するようになってから、イチヤの訓練の密度は確実に上がった。晴れの日も雨の日も、ただひたすら自分を鍛え上げた。


 効率的な訓練方法をイチヤから学んだハイドは、毎回指示を出してきた。彼の指示で動くことが癖になるくらいに。


 月明かりを感じられなくなった。かなり暗くて、ロキの攻撃が見えにくい。一撃でもまともに食らったら、即座に致命傷となる攻撃。プリメラに回復魔術をかけられているといっても、即死したら意味がない。


 ロキを討つ手段を考えつつ、イチヤは自分に言い聞かせた。集中しろ、と。最低限、即死するような攻撃を受けてはいけない。


 集中、集中、集中、集中……。


 自分に言い聞かせることで、集中力が増してゆく。集中力が増したから、訓練通りの動きができる。


 訓練通りの動きができるから。

 だからこそ――


「イチヤ! バックステップ!」


 だからこそ、ハイドの指示で咄嗟に体が反応した。


 イチヤはバックステップし、ロキから距離を取った。


 その直後、強烈な光が空から落ちてきた。一瞬の、一筋の閃光。光に呼応して、ドゴォッという轟音が響いた。


 閃光はロキを直撃し、即座に消えた。


「あ……が……」


 ロキの口から、言葉にならない声が漏れた。彼の体が、ビクンビクンッと震えている。風の魔術の防御膜で、高(・)熱(・)に(・)よ(・)る(・)発(・)火(・)は(・)防いだのだろう。それでも、電(・)流(・)は防げなかった。金色と茶色が混じった髪の毛は、色を保ちつつも縮れ上がっている。


 見開かれたロキの目が、ギョロリとこちらを見た。彼は足を前に出し、一歩進み出た。グラリと体が揺れた。歩くことさえ困難なほどダメージを受けたのだ。


 ロキの左手から、青い光が浮き出てきた。回復魔術の光。


 ロキの姿を見て、イチヤは察した。どうして彼が、こんなダメージを受けたのか。


 ハイドが、魔術で雷を放ったのだ。シウダッドミリタールの戦いで使った魔術。雷は、三万度もの高熱を発し、同時に、二十万~三十万アンペアもの電流を生み出す。


 周囲が暗くなっているのは、ハイドが、雷を放つために雲を作り出したから。


「イチヤ!」


 夜の森に、ハイドの声が響いた。


「とどめを刺して!」


 ロキの様子に驚きながらも、イチヤの体は、ハイドの指示通りに動いた。


 ロキの体は、回復魔術で治り始めている。魔術を作り出した左手が癒え、動かせるようになった。そのまま、回復魔術を纏った左手を、自分の体に向けようとしている。


 ――させるかよ!


 イチヤは地面を蹴り、一瞬で踏み込んだ。渾身の力で、剣を横薙ぎに振り払う。


 ロキの目は、先ほどと変わらずイチヤを凝視している。その視線が、少し横にずれた。体は動かない。少しずつ、少しずつ、頭の位置だけが動いてゆく。そのままズルリと音を立て、重力に導かれて地面に落ちた。


 ゴトッと、重い音。体から切り離されたロキの頭が、地面に落ちた音。


 頭を追うように、彼の体も地面に倒れた。左手の回復魔術は、もう消えていた。


 地面に落ちてなお、ロキの目は、イチヤを凝視していた。底知れないほどの憎悪を宿して。


「ふざけるなよ、クソが。なんで俺が……」


 首だけになっても、ロキはまだ生きていた。イチヤに対して、恨み言を吐き捨ててきた。


「吸血鬼に生き残りがいるとか、召喚者に裏切られるとか……何なんだよ」

「……」


 生き物が声を出すには、肺の空気を吐き出す必要がある。空気を吐き出し、吐き出した空気に声という音を乗せている。


 首だけになって、どうしてこいつは喋れるんだ? 素朴な疑問を抱きつつ、イチヤはロキに訊いた。


「何でまだ生きてるんだ? 皇帝は死なないのか?」

「馬鹿か? 首だけになったら、死ぬに決まってるだろ。もうすぐ死ぬんだよ。クソが。失敗だった。吸血鬼に生き残りがいるなんて、考えもしなかった。召喚者に裏切れるなんて、思いもしなかった。クソが。クソが。失敗した。ちくしょう」


 延々と文句をたれ続けるロキは、まるで、ゲームに負けて癇癪を起こす子供だった。


 実際に、ロキは子供だったのだ。圧倒的な力を持ち、何でも思い通りにできた。他者の痛みなど分からず、自分の楽しみのためだけに他人を傷付ける子供。


 ロキから目を逸らし、イチヤは、右側と背後を見回した。


 強力な魔術を連発したからだろう、レトは、その場で座り込んでいた。


 イチヤの後ろでは、レトと同じように、プリメラも座り込んでいる。彼女も疲労困憊のようだ。回復魔術を使い続けたのだから、当然か。


 ハイドが、ゆっくりとこちらに歩いてきた。イチヤの隣りまで来て、足を止めた。冷たい侮蔑の目で、ロキを見下ろしている。


「お前の失敗は、吸血鬼を絶滅させなかったことでも、イチヤを召喚したことでもないよ」


 イチヤが初めて聞く、ハイドの冷たい声。恨みを持つ者に対して、怒声は上げない。静かに、冷たく、ハイドはロキに吐き捨てた。


「お前の失敗は、命を弄んだことだ。自分達が、世界の中心だと錯覚したことだ」


 ロキの顔が、憎々しげに歪んだ。だが、目線は、ハイドの方を向いていない。


「うるさ……い……死……ねよ……ころ……して……や……」


 ロキの言葉が、途切れ途切れになってきた。彼が言った通り、もうすぐ死ぬらしい。ハイドの方を見ていないのは、もう視力を失っているからか。


 やがて、ロキは呂律も回らなってきた。憎々しげに声を出しているが、言葉になっていない。


 やがて、声を出すこともできなくなり。

 パクパクと動かしていた口も、次第に止まっていって。

 目を見開いたまま、二度と動かなくなった。


 皇帝の一人が死んだ。


※次回更新は10/12を予定しています

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― 新着の感想 ―
うおおぉぉーー!! ついにやりましたね! 皇帝倒したーーっ!! そうか、強い者は精神も強いって思ってたけど敵がないと侮るし驕る。心は成長しなかったんですね……。 往生際が悪すぎるロキでしたね。それで…
殺せたは殺せたけど。 すっきりした部分もあるけど。 最後までガキの癇癪で地獄があっても矯正できなさそうな精神性で……そこはすっきりせんですねぇ。
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