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第八十一話 具体的な戦い方


 レトの家に食卓テーブルはあるものの、椅子は二つしかなかった。そのため、ハイドが土の魔術で椅子を三つ作り、五人で食事を囲んだ。


 夕食時。


 料理は、マセリアとレトが作ってくれた。プリメラも手伝おうとしたが、マセリアに遠慮されていた。


「お客様なんだから、のんびりしてて」と。


 ハイドが椅子を簡単に作ったとき、マセリアはひどく驚いていた。こんなに凄い魔術師は見たことがない、と。さらに、ハイドが男であることにも驚いていた。こんなに綺麗な男の人には会ったことがない、と。


 今ではイチヤもすっかり慣れてしまったが、ハイドは、一般的な視点で見れば、とてつもない人物なのだ。そもそも人間ではないのだから、当然と言えば当然かも知れないが。


 夕食を食べ終えると、食器を洗い流した。洗い物の際には魔術で水を出すため、ハイドが手伝っていた。彼の魔術の発動速度は、人間の常識を超えている。もっとも彼は、マセリアの前では、レトと同等くらいのレベルで魔術を使っていた。


 夕食の後に少しだけ談笑し、テーブルと椅子を家の端に避けて、イチヤとハイドが寝るスペースを作った。マセリアは自室で、プリメラはレトの部屋で寝る。イチヤ達の布団は、村の住人から余っている物を借りてきた。


 夜になり、マセリアは一足先に部屋に入って眠りについた。


 彼女が自室に入ってしばらくしてから、イチヤ達は、レトの部屋に集まった。


 今後の予定については、概ね、伯爵領の宿で話した。


 今回の話し合いでは、さらに細かなところまで話す。四人は、円をつくるように向き合って床に座った。


 イチヤの隣りには、レトがいる。


「マセリアさん、元気そうだね。あの調子なら、一週間も滞在できれば十分だと思うけど。どう、レト?」


 ハイドの問いに、レトは頷いた。


「うん。一週間で大丈夫」

「じゃあ、予定は以前話した通り。セントロに行って、少し休息を取って、王都に向う。ただ、ここから先は、訓練も交えながら目的地へ向っていくよ」

「訓練、ですか? 今までと同じ感じの?」


 プリメラが訊くと、ハイドは首を横に振った。


 イチヤは以前、ハイドに、効果的な訓練方法について話したことがある。イチヤが読んだトレーニング学やスポーツ学の本を参考にした訓練。


「今までのは、イチヤとプリメラの能力を底上げする訓練。つまり、単純に能力の向上を狙った訓練。で、これからしてもらうのは、相手に対応する戦術を、より的確に行うための訓練」


 ここまで言って、ハイドはイチヤに目を向けた。


「そうだろ? イチヤ」

「ああ」


 イチヤは頷いた。そのまま、ハイドに代わって続ける。


「能力が高い奴は強い。それは当たり前だ。でも、戦術や戦略を練ることで、実力差を埋めることができる。ただ、戦術や戦略を的確に実践するためには、それに特化した訓練も必要になる」


 イチヤは一例として、この世界の陣形を出した。戦士型の部隊を前衛とし、魔術師型の部隊を後衛として戦う戦術。あの陣形も、両部隊が役目通りに動かなければ、力は発揮できない。魔術師の部隊が前に出すぎたら、前衛の邪魔になる。後ろに下がりすぎたら、敵軍に魔術を放つことも、敵軍の魔術を相殺することもできなくなる。


「話は分かった。じゃあ、ロキとはどんな戦術で戦うの?」


 レトが訊いてきた。彼女はすっかり、いつもの無表情に戻っていた。


 隣りにいるレトを、イチヤは意識してしまっていた。自分の気持ちが昂ぶっているのが分かる。彼女を好きだと自覚したことで、なおさら。今は無表情だが、本当は情が深い彼女。その頬に、思わず手が伸びそうになった。意図的に作られた無表情を、崩したくなった。


 イチヤは咳払いを一つ挟み、レトの問いに答えた。


「まず、俺が最前線で戦う。まあ、これは当然だよな。俺は魔術が使えないんだから。で、ハイドが俺の後方から魔術で援護。レトには、ロキの左右どちらかから、距離を置いて魔術を撃ってほしい」

「プリメラは?」

「回復魔術に専念してもらう」


 レトの質問に答えたのは、ハイドだった。


「プリメラの攻撃魔術は、レトに劣る。反面、回復魔術はかなり優れてる。だから、ロキとの戦いでイチヤが傷を負ったら、治してもらう」

「それ、危険じゃない? イチヤの傷を治すってことは、イチヤに直接触れるんでしょ? そうなると、必然的に、プリメラもロキに接近することになる」

「その心配はないよ。俺がサポートして、離れたところから回復魔術を使ってもらうから」

「どういうこと?」


 回復魔術は、対象の人に触れて使わなければならない。イチヤは以前、レトにそう聞いていた。ハイドの歌を初めて聴いたときだ。同時に彼女は、ハイドの風の魔術を見て、こんなことも言っていた。


『もしかしたら、他の魔術を風の魔術で運ぶことができるかも知れない』


 その後に『実例なんて見たことないけど』とも言っていたが。


 レトの想像を、ハイドは実践可能だという。


「俺の風の魔術で、プリメラの回復魔術をイチヤのところまで運ぶ。こうすることで、絶えずイチヤの回復をすることができる。まあ、プリメラの魔力が続く限り、だけど」

「……嘘でしょ? できるの、そんなこと」


 自分で言ったことも忘れているのか、レトは驚いていた。


「試してみたけど、俺自身が使った回復魔術を、俺自身の風の魔術で飛ばすことはできたんだ。プリメラの回復魔術を飛ばすのも原理は同じだから、可能だよ」


 ハイドは、イチヤとプリメラに目配せした。


「まあ、論より証拠だよね。イチヤにプリメラ。ちょっと協力してくれる?」

「わかった」

「はい」


 イチヤは剣を手に取り、指を少しだけ切った。左手の人差し指。薄皮一枚が切れる、鋭い痛み。プクッと、玉状の血が浮き出てきた。


 すぐに、イチヤの指先が緩い風に包まれた。ハイドの魔術だ。


「プリメラ」


 ハイドに手招きされて、プリメラが彼に近付いた。


「俺の手から風が出てるの、分かる?」

「はい。分かります」

「この風に触れてみて」

「はい」


 プリメラは手を伸ばした。ハイドの手の、少し手前。


「少し風の中に手を入れすぎだな。風に、上から少しだけ触れる感じで」

「こう、ですか?」


 プリメラが少しだけ手を移動させた。


「うん。その辺。そこで、回復魔術を使ってみて。今触れてる風にかけるイメージで」

「……はい」


 プリメラは、少しだけ深く息を吸った。彼女の手から、淡く青い光で出てきた。回復魔術の光。


 淡い青は風に乗り、イチヤの指先に纏わり付いた。


 イチヤの指先から、痛みが引いてきた。つい先ほど付けた傷が、瞬く間に消えた。


 ハイドとプリメラが、魔術を停止させた。


「まあ、こんな感じかな? 俺もプリメラもまだ慣れてないから、小さな傷を治す程度でも結構手間だけど。これを、大きな怪我も治せるように訓練する」

「わかりました」

「俺が一度に使える魔術の種類は、全部で四つ。左右の人差し指と中指で、一種類ずつ」

「嘘でしょ?」


 無表情だったレトの顔が、少しだけ動いた。


「左右の手で別々の魔術を使うだけでも、超高等技術なのに」

「本当だよ。でも、回復魔術を風に乗せるときは、完全に片手が塞がる。上手く回復魔術を運べるように、片手を風の魔術に集中する必要があるんだ。だから、イチヤを回復させてるときは、援護に使える攻撃魔術は二つだけになる」

「回復してる間は、ロキに対する攻勢が弱くなるってことか」

「そういうこと。だからイチヤは、できるだけ怪我をしないようにしてほしい」

「……まあ、できる限りな」


 とはいえ、ロキの強さは未知数だ。彼が戦う姿を見た者など、ほとんどいないはずだ。吸血鬼の村が滅ぼされたのは、ハイドが物心つく前。ハイドも、彼の母親の話でしか、皇帝の戦いを知らない。


「レト」


 隣りにいるレトに、イチヤは顔を向けた。


「お前は、ロキが戦うところを見たことはないのか?」


 戦術の話をしているのに、レトと目を合せるだけで、イチヤの頬は熱くなった。落ち着け、と自分に言い聞かせる。


 イチヤの心情にまったく気付いていないのだろう。レトは、淡々と昔の話をした。


「私は一回だけ、ロキに魔術を撃ったことがある。って言っても、まだ魔術の訓練をする前だから、今よりかなり弱かったときだけど」

「それで、どうだったんだ?」

「まるで効かなかった。なんなら、構える必要もない程度の魔術で、簡単に防がれた」

「……」

「まあ、参考にはならないと思うよ。さっきも言った通り、私が本格的に訓練をする前の話だから」

「そうか」


 ロキの強さは未知数。手掛かりは、ハイドの推測のみ。彼が、彼の母親の証言から立てた推測。


 ――ある意味、ぶっつけ本番だな。


 レトから目を逸らし、イチヤは小さく呟いた。


※次回更新は10/2を予定しています

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― 新着の感想 ―
1週間後って言ってるけど、ロキとここで待ち合わせしてるんですよね? 明日にも遭遇する可能性ありますよね? レト、どうするのー!?? それに、どちらに付くの!?どっちになっても片方は(T_T)だし、お母…
ちょ、これ(;゜Д゜) ロキに伝わったら非常にやばいじゃん(;゜Д゜) どうすんのレト(;゜Д゜) どうすんだよハイド(;゜Д゜)
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