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第六話② フロンティアへ(後編)


 それほど待つこともなく、先ほどの兵が戻ってきた。別の兵を連れている。あれが、王の書状を確認できる者だろう。二人でイチヤ達に近付いてきた。呼びに行った兵が、馬を降りる。レトに対して手を伸ばした。


「書状を」

「はい」


 レトは、ローブの内ポケットから、畳まれた紙を取り出した。少し皺になっている。懐に入れていたのだから、当然だが。


「王の書状を、そんなに雑に扱っていいのかよ?」

「別にいいんじゃない? 確認できれば」


 レトの声は淡々としていて、どこか冷たく聞こえる。おそらく、自分の仕事が好きではないのだ。召喚者の付き人として、面倒を見る仕事。好きな仕事ではないから、必要最低限のことしかしない。


「まあ、こんな仕事、好きになれるわけないよな」


 レトと出会ったばかりの頃。イチヤは、この世界や彼女のことについて、簡単に説明を受けた。自分がやるべきことや、レトの仕事のことまで。その内容を思い出し、つい、声を漏らしてしまった。誰にも聞こえなかったようだが。


 兵はレトから書状を受け取ると、地位が高いであろう兵に渡した。


 受け取った兵は、書状を広げた。彼自身も、懐から紙を取り出した。レトが持っていた書状と懐から出した書状を、見比べている。


「間違いなく、国王陛下の書状だ」


 呟くと、地位が高いと思われる兵は、馬から降りた。身長はイチヤより十五センチほど高い。胴回りに鉄製と思われる防具。無精髭を生やしているが、それほど怖い面立ちではない。彼はイチヤとレトの前に立ち、深々と頭を下げた。


「大変失礼いたしました。ご無礼をお許し下さい」

「別に気にしてないし、そういうのもいいから。もうフロンティアに行っていいの?」


 兵は頭を上げた。


「私が同行します。不審な者がフロンティアに入れないよう、城壁の門が閉まっておりますので。一部の者の指示がないと開けられないのです」

「うん、分かってる。連れて行って」

「かしこまりました」


 兵から書状を返されると、レトはそれを折りたたみ、懐に戻した。


「では、着いてきて下さい」


 兵は馬に乗らず、手綱を持ったまま歩き出した。徒歩であるイチヤやレトに合わせているのだ。


 この世界でのイチヤは、まだ十五歳の少年だ。隣を歩く兵は、おそらく四十前後。中年の、しかもそれなりの地位がある者。そんな彼が、まだ十代のイチヤやレトに平身低頭な態度を取っている。


 兵の態度と行動から、この世界における召喚者の重要性がよく分かる。


 ほとんど興味本位で、イチヤは兵に聞いてみた。


「国王陛下の書状を確認できるってことは、あなたは、将軍とかなんですか?」


 一応、敬語で話しておく。

 兵は苦笑した。


「いえ。私は、一般兵上がりの千人長で、カボと申します。貴族の出自ではないので、将軍の地位は与えられません。できれば、戦果を上げて爵位を得たいところなんですが」

「はあ」


 千人長。日本で読んだ軍記物の本で、そんな地位を見た気がする。だが、イチヤは、この世界での千人長がどのような地位を指すのか、当然知らない。


「なあ、レト」

「何?」

「千人長って?」


 イチヤがレトに聞くと、カボはクスリと笑い声を漏らした。嫌な笑い方ではない。召喚者が軍について興味を抱いたことに、好感を持ったようだ。


 簡潔に、レトは説明をしてくれた。


 千人長とは、読んで字のごとく、千人の兵の長に当たる者だという。千人長の下には十人の百人長がおり、さらにその下には十人長がいる。


 千人長までは、貴族の出自でなくとも出世することができる。しかし、千人長の部隊を複数取りまとめる将軍の地位には、貴族の出自でなければなることができない。


 貴族にも複数の爵位があるが、国防など軍事関係を司っている爵位は、侯爵と男爵。侯爵の方が上の爵位であり、男爵は侯爵の傘下に置かれている。このような爵位の関係から、侯爵が率いる軍の将軍は、男爵家に生まれた者が担うことが多い。


 レトの説明に、イチヤはうんうんと頷いた。つまりカボは、膠着状態が続く戦争の中でも一定以上の戦果を上げた者なのだろう。もしくは、極端に武芸が優れているか。彼の腰には、剣が掛けられている。戦士型の人間。茶色い髪の毛から、人種はドワーフだと分かる。あるいは、人族とドワーフの混血か。


「カボさんは、今までどれくらいの戦いに参加したんですか?」


 興味本位でイチヤが聞くと、カボは、またも微笑ましそうに笑った。


「カボで結構です。召喚者様に敬称を付けて呼ばれるなど、恐れ多いので」


 少し困って、イチヤは頭を掻いた。自分はただ、偶然召喚されたに過ぎない。それなのに、こんな扱いを受けるなんて。


 各国に一人ずついるという、国王以上の存在である皇帝。その皇帝の召喚魔法により、一国に一人だけ現れるという英雄。それが召喚者。なぜ一人ずつしか召喚できないのか。どんな理由で、各国に一人ずつ皇帝がいるのか。イチヤは詳しく知らない。


 この世界に召喚されたとき、イチヤは、ノース王国の皇帝に遭遇した。イチヤを召喚したのは皇帝なのだから、顔を合せることになるのは当然だが。


 ノースの皇帝ロキ。各国の皇帝は、人知を超えた能力と魔力を有している。さらに、人類を大きく超える寿命がある。一説には、不老不死とさえ言われている。そんな彼等が戦争に参加すれば、戦況は大きく変わるはずだ。それなのに、どうして戦争に参加しないのか。どうして召喚者に戦わせるのか。


 詳しいことを、イチヤは何も聞かされていない。旅の途中でレトに聞いてみたが、彼女も知らなかった。彼女はただ、命令されるままに召喚者の付き人をしているそうだ。イチヤのときも、イチヤの前の召喚者のときも。


 ただ、と思う。召喚されたときの、皇帝ロキの話し方。顔を合せた印象。雰囲気。それら全てに、イチヤは、不快な感覚を覚えた。何が不快なのかは、上手く言えないが。


 しばらく歩いて、城壁の門まで着いた。フロンティアの城壁に、門は四つあるらしい。四角形を描いてそびえる城壁。その東西南北に、一つずつ門がある。目の前の門は、南門。もっとも、正確な方角を言うなら、南門は南西、西門は北西、北門は北東、東門は南東を向いているらしい。


 これから入る南門は、デルパイース川のちょうど向かいにある。広く深い川の中で、唯一、川幅が三十メートル程度しかなく、深さも一メートル少々しかない部分。そこから約一キロメートルに位置する門。


 門の前には、小さな軍勢が固まっていた。人数は一〇〇人くらいか。


「少々お待ちください」


 イチヤとレトに言って、カボは、門前の軍勢に近付いた。イチヤとレトのことを話しているのだろう。すぐに軍勢が動き、鉄製の大きな門を開け始めた。数人で押し開けていることから、かなり重い門だと分かる。


 門が開き切った。


 カボが、門の前まで同行してくれた。その際に、一つだけ注意を受けた。


「フロンティアの兵役に就いている者以外には、まだ、前の召喚者様が殺されたことを公表してません。住民の平穏を崩さないために、箝口令を敷いているのです。新しい召喚者様としてイチヤ様が来てくれましたが、それでも、一度召喚者様が殺されたことを知ったら、住民は不安に思うでしょう。なので、前召喚者様の死については、決して口にしないでください」


 パスティオン領内の村々では、前召喚者が殺されたという噂が流れていた。箝口令を敷いたといっても、人の口に戸は立てられないのだ。


 それでも一応、イチヤは頷いておいた。


「ええ」

「わかりました」


 イチヤとレトが頷くと、カボが頷き返してきた。門の前で、彼と別れる。


「イチヤ様。あなたと戦える日が来ることを、楽しみにしています」

「あ……はい」


 気のせいだろうか。イチヤの目には、カボの様子が変化したように見えた。彼が、別れ際の言葉を口にしたとき。『あなたと戦える日が来ることを楽しみに』と伝えてきたとき。それまで穏やかだった彼の雰囲気が、急に嫌な感じになった。どのように嫌なのかは言語化できないが。


 イチヤとレトは、フロンティアに足を踏み入れた。


 開かれた門が、再び閉じられた。


※次回更新は4/7を予定しています

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― 新着の感想 ―
骨太なダークファンタジーですね。 極限状態に置かれた人間の心理描写を緻密に描写されていて、加えてトラウマ的な背景を背負った人物の軸となる部分、振り切った思考を抱えているところなどは、一布様のこれまでの…
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