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第六話① フロンティアへ(前編)


 イチヤとレトがイニシオ村を出てから、おそらく三時間半ほど。朝日が若干昇り始めている。


 森の街道を抜けると、平野が広がっていた。短い草が生えた、広い広い平野。その向こうには、高い城壁に囲まれた都市が見えた。


「あれがフロンティアか?」

「そう」


 城塞都市フロンティア。パスティオン侯爵領にある軍事都市。都市を囲む城壁の距離は、概ね三十キロメートルほどにもなるそうだ。人口は約十五万人。そのうち約三、四万人が兵役に従事しているという。ただし、イチヤが召喚される前の戦いで、兵の数は二万弱まで激減したらしいが。


 レトが、フロンティアのさらに向こうを指差した。


「それで、フロンティアの向こうにあるのが、デルパイース川」


 三国の国境となる、デルパイース川。


 このトレフォイル大陸は、三つ葉のような形をしている。その三つ葉を三つに区切るようにY字型に流れているのがデルパイース川だという。三国の国境となる川。敵国に攻め込むには、必ずデルパイース川を渡る必要がある。


 デルパイース川はほぼ例外なく川幅が広く、かつ、深い。敵国と戦う以前に、この川を渡ることが戦争の障壁となる。だからこそ、三国とも、これまでなかなか敵国に攻め込めなかった。


「行くよ。フロンティアに着いたら、まず、イチヤの剣を鍛冶屋で手入れしてもらわないと。かなり人を斬ったから、血とか脂が着いてるだろうし、刃こぼれもしてるだろうから」

「ああ」


 淡々と言い、レトが歩き出す。

 イチヤはその隣りを進んだ。


「なあ、レト」

「何?」

「ひとつ、素朴な疑問なんだけど」


 遠くに見えるフロンティアの城壁周辺には、多数の兵がいた。厳戒態勢なのだろう。


「デルパイース川って、川幅が広くてどこも深いんだよな?」

「ええ」

「でも、俺の前の召喚者は、サウスウェストに攻め込んだんだよな? で、今は、サウスウェストがノースに攻め込んできてる、と」

「そうね」

「川を越えようとすると、どうしてもリスクがあるはずだ。泳いで渡るのはもちろん、船で渡るのも。そんなことをしたら、絶対に魔術で迎え撃たれるはずだ。俺の前の召喚者は、どうやって川を渡ったんだ? サウスウェストの兵は、どうやってこっちに攻め込んできたんだ?」

「答えは簡単。一カ所だけ、川幅が三十メートルくらいしかなくて、深さも一メートルくらいしかない部分があるから」

「そこを無理矢理渡って攻め込んで、今は攻め込まれてる、ってことか」

「そう。で、その唯一渡りやすい部分が、フロンティアから一キロくらいの場所にあるの」


 トレフォイル大陸にある三国の戦争は、もう二〇〇年ほども続いているという。しかし、ここ五十年ほど、どこかの国が敵国に深く攻め込めたことはない。戦争が膠着状態となった理由を、イチヤは正確に理解した。どの国も、地形的な理由で敵国に攻め込めないのだ。攻撃を仕掛けるには、あまりにリスクが大き過ぎて。


 同時にイチヤは、パスティオン侯爵領が――フロンティアが「国家の城壁」と呼ばれる理由も理解した。デルパイース川の中でも、唯一といっていい渡りやすい地点。そこからの侵略を、この軍事都市は阻止し続けてきたのだ。


 しばらく歩くと、フロンティア周辺で警護をしている兵の姿が、はっきりと見えてきた。概ね四角形状に都市を囲っている城壁。十メートルほどの高さの城壁周辺を、複数の軍勢が見張っている。


 さらに進むと、軍勢のひとつが、イチヤ達に向かって警戒態勢を取った。こちらは二人だけなのに。彼等の様子が、現在の国内の緊張感を物語っていた。


 イチヤ達に向かって警戒態勢を取った軍勢のうち、十名がこちらに向かってきた。剣や槍を持った者が六名。武器を持っていない者が四名。全員、馬――元の世界の馬に酷似した生き物――に乗っている。


 彼等は、瞬く間にイチヤ達のもとに来た。武器を持った六名でイチヤとレトを取り囲む。少し離れた場所で、魔術師と思われる四名が待機。武器を持つ戦士は近接戦で、魔術師は距離をおいて魔術を放つ。この世界での、複数人で戦う際の常識だ。


 馬に乗った兵のひとりが、剣を抜いた。先端をイチヤに向けてくる。彼との距離は、概ね二メートルほどか。馬上にいるので、イチヤからは見上げる状態となっている。


「フロンティアに用か?」

「ええ」


 兵の対応をしたのは、レトだった。


「パスティオン侯爵に会いたくて。だから通してほしいんだけど」

「パスティオン侯爵に何の用だ?」


 周囲を囲った兵達が、それぞれ、自分の武器に手をかけた。彼等の表情から、かなり神経質になっていることが分かる。


 それもそうか。イチヤは胸中で呟いた。召喚者という、戦争の鍵となる英雄を失ったばかりなのだから。


「新しい召喚者を連れてきたの」


 レトはイチヤを指し示した。


「私は召喚者の付き人。王の書状もあるけど、確認できる人はいる?」


 王の書状なんて持ってたのか。初めて聞く話に、またもイチヤは胸中で呟いた。


「召喚者……」


 風にかき消されそうな声を漏らし、剣を抜いた兵は、イチヤをじっと見てきた。無遠慮な視線だが、そこは我慢した。


 兵は剣を鞘に収めると、周囲の兵に目配せした。周囲の兵が頷いた。


「確認できる者を連れてくる。それまでは動くな。下手な動きを見せたら、敵兵として対処する」

「わかってるけど、できるだけ早くしてね。こっちにもやることが色々あるし、これからの準備もしたいんだから」


 レトの言葉に何も応えず、兵は、きびすを返して馬を走らせた。王の書状を確認させるため、それなりの地位の者を呼びに行くのだろう。将軍とかだろうか。


 疑問を頭に浮かべつつ、イチヤはレトに聞いた。


「王の書状なんて持ってたのか?」

「当たり前じゃない。何の証明もなしに、『召喚者だから侯爵に会わせろ』なんて言って、会えると思う?」

「まあ、そりゃあ……そうだよな」


 元の世界でも、一定以上の地位の人物と会うには、あらかじめアポイントメントが必要だ。


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