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第七十九話② 引き離したいのか、死なせたくないのか(後編)


 何を言えばいいのか分からず、レトは、部屋の中を見回した。隅っこに、シターンが立て掛けられていた。弦楽器。


「シターンを弾くの?」


 話を切り出せず、レトは、どうでもいいことを訊いてしまった。


「はい」

「イニシオ村にいたときから弾いてたの? 失礼を承知で言うけど……辺鄙な村には、楽器なんて滅多に出回らないはずだけど」

「レトさんの言う通りです。村にいたときは、せいぜい、適当に歌を口ずさむ程度でした。楽器の存在は知っていましたけど、実物を見たこともなかったですし」

「じゃあ、村を出てから――イチヤ達と旅をしてから始めたの?」

「はい」


 プリメラは立ち上がると、シターンを手にした。軽く弾く。短い、適当に流すような演奏。


「最初は、全然弾けなかったんです。指先が上手く動かせなくて。右手を意識したら左手が上手く動かせないし、左手を意識すると右手が上手く動かせないし」


 今、プリメラが軽く弾いた演奏。レトの主観だが、かなり上手いと思えた。イニシオ村を出てから始めたのなら、演奏歴はせいぜい半年程度だろう。それなのに、こんなに上手く弾けるなんて。一体、どれだけ練習したのだろうか。


 そもそも、皇帝を討つための旅で、どうして楽器を始めたのだろうか。この上達ぶりから、単なる気晴しで始めたとは思えない。


「どうしてシターンを始めようと思ったの? 皇帝を狙ってるなら、魔術の訓練だってしてるんでしょ?」


 レトが訊くと、プリメラは目を伏せた。どこか憂いのある顔。自虐に満ちた顔。反面、彼女の目には、明確な強さがある。固い意志が宿る瞳。


「イチヤさんとレトさんが村を救ってくれたときのこと、覚えてますか?」

「ええ」


 プリメラを守ろうとした男の子が殺された。

 プリメラは、ただひたすら怯えているだけだった。


「トーダは、私を好きだと言ってくれてたんです。ずっと昔から。あのときも、私を守るために、命を捨てて戦ってくれた。それなのに私は、トーダの死を悲しむことすらできなかった。私を好きでいてくれた人が、私のために死のうとしているのに。私は、自分のことしか考えられなかった」


 覚えている。あのときのプリメラは、恐怖で錯乱していた。彼女を助けたイチヤにすら怯えていた。


 でも、仕方ないことだと思う。戦場を見てきたレトは知っている。極限状態にある人間は、優しさや思いやりなど持てない。痛みや恐怖の前で、人間はひどく脆い。


「だから――」


 シターンを壁に立て掛け、プリメラは続けた。


「――私は、トーダに恥じない生き方をしようと思ったんです。トーダは私を守ってくれた。守られた命で、私は、できる限りのことをしたかったんです。シターンを始めたのは、最初の一歩、みたいな感じで」


 プリメラは、セントロでの出来事を語った。ハイドが、公爵夫人の友人であったこと。公爵夫人には、親友と呼べる侍女がいること。侍女の友人――クレアが、フェイタル病に侵されていたこと。クレアが、ハイドの歌を聴きたがっていたこと。彼の歌をより美しくするために、シターンを始めたこと。


 魔術の訓練と並行して、プリメラは、寝る間も惜しんでシターンの練習をした。クレアが生きているうちに、なんとか、ハイドの歌に合せられるようになった。


「私の演奏がクレアさんを癒やせたのかは、正直なところ分かりません。でも、クレアさんが、最後に『ありがとう』って言ってくれたんです。『私は幸せだ』とも」


 シターンの弦に触れ、プリメラは、軽くピンッと音を鳴らした。


「そう言われて、私は、ようやく生きていける気がしたんです。こういう生き方なら許される気がしたんです」

「イチヤやハイドと旅をしてるのも、そのため? 戦争を終らせて、誰かを救いたいから? 生かされた命で、トーダに報いるために?」

「はい」


 迷いなく、プリメラは頷いた。そこには、かつての怯えきっていた姿はなかった。


 いや。


 人間の本質など、そう簡単に変わるものではない。プリメラは、たぶん、かつてと同じく臆病なままだ。ただ、臆病さを押さえ付ける強さが身についただけで。


「じゃあ、ノースの皇帝を――ロキを討てたら、どうするの? その後も、イチヤやハイドと旅を続けるの?」

「……。……そのつもりです」


 プリメラが返答するまで、少しだけ間があった。とはいえそれは、迷いの間ではなかった。


 プリメラの間の理由を、レトは本能的に察した。レト自身も同じ気持ちを持っているから、察することができた。


 ――好きな人の力になりたいんだ……。


 ただ、プリメラは、自分の気持ちを相手に打ち明けることはないだろう。好きな人の力になりたいと思っていても、それ以上に強い気持ちがあるから。


『自分を好きでいてくれた人を見殺しにしたのに、自分だけが、好きな人と結ばれるわけにはいかない』


 プリメラの気持ちを読み取れて、レトの心に、明確な嫉妬が湧き出た。彼女には、好きな人に好かれる可能性がある。自分とは違う。


「あのね、プリメラ。私ね――知ってるかも知れないけど――、前の召喚者の付き人でもあったの」

「そうなんですか?」

「うん。それで、前の召喚者が殺されて、イチヤが召喚されて。その流れでイチヤの付き人になったの」


 レトの心にあるのは、プリメラに対する嫉妬。自分にないものを持つ人に対する、敵意に近い感情。


 それなのにレトは、プリメラに嘘をつけなかった。誰かを貶して自分を正当化することも、プリメラを否定することもできなかった。


「付き人の仕事って、召喚者の手伝いだけじゃないの。ううん。ある意味で、これも手伝いっていうのかな?」

「?」


 プリメラは、話が見えない、という顔をしている。

 構わず、レトは続けた。


「前の召喚者は――シュウは、ゲスな男だった。サウスウェストに進軍してフロンテーラに攻め込む前に、通りがかりの村で、暴挙の限りを尽くしてた」


 暴挙。その一言で伝えても、プリメラには伝わらないだろう。レトは、シュウが何をしていたのか、彼女にも分かり易い言葉で話した。


「サウスウェスト軍がイニシオ村でしたようなことを、シュウはしてたの。シュウが引き連れていたノース軍の兵士達も」

「!」


 プリメラは目を見開いた。目を見開いたまま、どこか納得したように呟く。


「そういうことなんですね」

「何が?」

「フロンテーラから戻ってきたイチヤさんに、聞いたんです。サウスウェストで、ノースの兵が何をしたのか。ノースの兵を止めたから、イチヤさんが反逆者扱いになったことも」

「そう」

「ここ何十年も、戦争は小康状態でした。兵士も、戦争で敵国の村をどうするかなんて、分かってなかった。たぶん、シュウ様が――シュウが、ノースにもサウスウェストにも、戦(・)争(・)の(・)常(・)識(・)を擦り込んだんですね」

「……」


 思っていたよりも聡い子だ。プリメラの察しの良さに、レトは少なからず驚いた。レトの記憶にあるのは、イニシオ村で怯えていた姿だけだ。


 考えてみれば、プリメラが賢いのも頷ける。たった数ヶ月の練習で、シターンをあれほど弾けるようになるのだ。単なる才能だけではなく、より効果の高い練習方法を考えて実践していたのだろう。


 プリメラの印象を修正しつつ、レトは続けた。


「プリメラの推測は当たってると思う。シュウが、『敵国の人間には何をしてもいい』という常識を、ノースの兵士に擦り込んだ。ノースの兵士の被害に遭って、サウスウェスト側も、戦争の常識を学んだ。だから、イニシオ村が被害に遭った」


 軽く息をついて、レトは、話を本題に戻した。


「で、ここまでが前提」

「前提?」

「そう。シュウはゲスな男だった。私は、そんな男の付き人だった。付き人は、召喚者が望むことをして、召喚者の士気を上げないといけない。じゃあ、シュウは、私に何を望んだと思う? 私は、シュウに何をさせられたと思う?」

「……」


 プリメラが無言になった。顔を歪ませ、唇を強く結んでいる。悟ったのだろう。シュウが、レトに何をしたのか。レトが何をさせられたのか。口にするのも憚られるだけで。


「私は、シュウの慰み者だったの。あいつを悦ばせるために、どんなことでもした」


 プリメラは相変わらず無言だ。

 構わず、レトは続けた。


「私は、お母さんを助けるために、それ以外の全てを捨てた。でも、あなたは捨てたわけじゃない。過去の自分を見つめ直して、今を必死に生きてる。それなら、自分の幸せを考えてもいいと思う」


 レトはベッドから立ち上がった。


「だからあなたは、皇帝のところに行くのはやめなさい。イチヤもハイドも、あなたが皇帝のところに行かないって言っても、責めたりしないはずだから。わざわざ死にに行く必要はないでしょ?」


 レトの中に、プリメラへの嫉妬は明確にある。だから、イチヤと彼女を引き離したい。反面、健気な彼女を守りたい気持ちもある。だから、皇帝のところには行かせたくない。


 プリメラは無言になった。壁際に置かれたシターン。弦に軽く触れている彼女。


 レトの視線とプリメラの視線が、交わっている。じっと見つめ合う。


 プリメラは、再び弦を軽く鳴らした。


「私にシターンの弾き方を教えてくれたの、ハイドさんなんです。私が、クレアさんのためにできることはないか、考えていたときに」

「?」


 唐突にそんなことを言われて、レトは言葉を返せなかった。プリメラが何を言いたいのか、分からない。


「ハイドさんは、自分も忙しいはずなのに。それなのに、私のために時間を割いてくれたんです。私も一生懸命でしたけど、ハイドさんはもっと一生懸命だったと思います」


 言いながら、何度か指先で弦を弾く。演奏とは言えない弦の音が、小さく鳴っている。


「イチヤさんは、私の村を救ってくれました。ただ怯えていただけの私に、トーダがどれだけ私のことを想っていたのかを、教えてくれました」

「……」


 そこまで言われて、レトは気付いた。自分の説得は無駄だった、と。


「私は、ハイドさんやイチヤさんと一緒に行きます。私が力不足で足手まといなら、盾になります」


 プリメラの目には、強い意志がある。自虐による自己犠牲ではない。もちろん、自分の命を軽んじているのでもない。トーダに守られた命だからこそ、守られたことに見合うように使おうとしているのだ。


 レトはベッドから腰を上げた。


「わかった。強制はしない。私は、ただ忠告に来ただけだから」


 ドアまで足を進めて、ノブに手を掛ける。


「レトさん」

「何?」

「お気遣い、ありがとうございます」

「……別に、気を遣ったわけでもないから」


 レトはドアノブを捻った。開けて、そのまま部屋を出る。


 プリメラと話しているとき。途中までは、無表情であることを意識していた。イチヤと出会ったばかりの頃は、意識しなくてもできていたこと。今は、意識しないとできなくなったこと。


 プリメラと話している最中で、いつからか、意識することを忘れていた。


 ――私は……。


 プリメラと話していたとき、どんな顔をしていたのだろうか。


 明日になったら、ヒロイーナ村に向う。レトの故郷。母と暮した村。


 そこでは、ロキが待っている。

 イチヤを殺すために。


※次回更新は9/28を予定しています

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― 新着の感想 ―
さて、レトはどうするんでしょう。 このまま何も言わずヒロイーナ村へ行くのか、それとも……。 嫉妬心からいいことなんて出ないと思うんですよねーーー(T_T) 続き((o(´∀`)o))ワクワク
これは超絶ピンチだぞぉ。 ていうかレトちゃんが本気でヤンデレに進化しそうな予感が(;゜Д゜)
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