第七十九話① 引き離したいのか、死なせたくないのか(前編)
シウダッドミリタールでイチヤと再会した日に。
レトは、自分の希望を伝えた。戦争を終らせたい。だからイチヤを捜していた、と。
イチヤ達は、レトも一緒に連れて行くと言ってくれた。
その翌日の早朝に、近くの森に連れて行かれた。誰もいない森の中で、ハイディアが何者なのかを聞かされた。彼女は――彼は化粧を落とし、ハイドの顔になった。美女と見間違うほど綺麗な顔立ちをしている彼が、化粧をすることで、印象が異なる美女になっていたのだ。
ハイディアの正体に、レトは少なからず驚いた。反面、どこか納得している自分もいた。フロンティアでの公演の際、彼は、風の魔術で歌声を遠くまで運んでいた。あの魔術の精度と熟練度は、ハイディアの魔術に通じるものがあった。
ハイディアの正体に多少驚いたものの、ここまでは、レトにとって信じがたいものではなかった。
しかし、その後にハイドに聞かされた話は、とても信じられるものではなかった。
ハイドは人間ではない。もちろん、召喚者でもない。
吸血鬼。
大昔に滅んだと言われている種族。滅んだと言われているが、実のところ空想上の生き物だとも思われている種族。
当然、レトは、ハイドが吸血鬼だという話を真に受けなかった。
証拠とばかりに、ハイドはレトに魔法をかけた。催眠魔法。吸血鬼が、吸血の際に人間にかける魔法。
催眠魔法をかけられたレトの意識は、一瞬にして閉ざされた。深い眠りについた感覚。気付いたときには、血を吸われていた。
レトも、魔法の存在は知っている。ロキ以外に、実際に使える者を見たことはないが。
回復魔術で治っているとはいえ、レトの首筋には、確かに血を吸われた痕があった。魔法と吸血の痕が、ハイドの話は事実だと物語っていた。
ハイドの吸血頻度は、概ね一ヶ月に一回程度。いつもはプリメラが血を提供しているという。
血を吸われたレトを、プリメラはじっと見つめていた。どこか複雑そうな顔で。
ハイドの正体とともに、彼の目的も聞いた。三人の皇帝を殺すこと。三国の戦争は皇帝のゲーム。彼等を殺すことで、この馬鹿げたゲームを終らせる。
ハイドのことを明かされてすぐ、四人はシウダッドミリタールを出発した。目的地は、王都レアルカピタル。イチヤ達は、王都に行けば皇帝に接触しやすいと推測している。
シウダッドミリタールから王都に向う途中には、レトの故郷であるヒロイーナ村がある。
「王都に行く途中に、私の村に立ち寄ってもいい? お母さんの様子を見ていきたいの」
レトの要望を、三人は快諾してくれた。
「どうせ立ち寄るなら、何日か滞在しようか。レトも、お母さんが心配だろ?」
ハイドがレトを気遣ってくれた。彼はいつも、どこか余裕のある表情を浮かべている。
「そうだな。王都に行ったら、かなり危険なことをするんだし」
ハイドに比べて、イチヤの様子には緊張感があった。
「もちろん、生きて帰るつもりだけど」
皇帝の命を狙う。それがどれほど危険なことか、イチヤは理解しているのだろうか。
「レトさんの故郷の村って、どんなところなんですか?」
プリメラは、イチヤ達と旅をするまで、村を出たことがなかったそうだ。そのため、イニシオ村や旅で立ち寄った場所以外のことは、何も知らないらしい。
「典型的な田舎の村ね。人口も村の規模も、イニシオ村とだいたい同じくらい。主要な仕事は農業と牧畜。私も、昔はよく農業の手伝いをしてた」
レトは意図的に、これまでと同じ自分を維持していた。無表情。自分の感情が、表に出てしまわないように。
これから、大きな裏切りをすることになる。それを悟られないために、これまでと同じ自分を保つ必要がある。
シウダッドミリタールを出て二日ほどで、途中にある伯爵領に入った。これまで行った公爵領や侯爵領と同じように、大きな都市があった。
疲労が溜まらないよう、四人は都市に立ち寄り、宿に泊まることにした。路銀に不足はない。国からレトに出る報酬を使わなくても、金なら、ハイドが十分持っている。一人一部屋取って休息を取ることにした。
宿に入り、各々が自分の部屋に荷物を置き、一旦イチヤの部屋に集まった。四人で夕食を摂りながら、これからの予定について話した。
明日の朝、ここを出発する。概ね二日後にヒロイーナ村に着く。ヒロイーナ村で一週間ほど滞在し、次はセントロに向かう。セントロでも宿を取り、二、三日休息して、王都に行く。王都に着いたら、レトの顔と名前で皇帝に接近する。そこで、皇帝を討つ。
各自の意見がぶつかり合うこともなく、予定の確認は終った。
話が終ると、レトは自分の部屋に戻った。ハイドとプリメラも、それぞれの部屋に戻っていった。
自分の部屋に入ると、レトは、ベッドに体を投げ出した。ボーッと天井を見上げる。
先ほど、四人で、これからの予定について話し合った。最終的な目的地は、王都レアルカピタル。そこでロキを討つ。
でも、彼等がレアルカピタルまで行く必要はない。
ロキは、ヒロイーナ村でイチヤを待ち伏せている。彼を殺し、次の召喚者を呼び出すために。召喚者は、一国につき一人まで。ハイドの話によると、それが、皇帝のゲームのルールだという。
これからのことを考えると、レトの体が震えた。恐怖。大切なものを確実に失う恐さ。
ギュッと、左胸を押さえた。心臓の音がうるさい。
レトはイチヤが好きだ。生まれて初めて異性として意識した人。だから、フロンテーラに攻め込んだときは、ハイディアに対して複雑な感情を抱いていた。あのときは、自分の感情の正体が何なのか、分かっていなかった。
ハイディアがハイドだと――男だと知って、彼に対する感情は治まった。治まったから、自分の感情が何なのか知ることができた。
自分は、ハイディアに嫉妬していたのだ。自分よりもイチヤに信頼されていたから。女として、ハイディアに敵意を向けていたのだ。
ハイディアへの嫉妬がなくなって。
嫉妬がなくなったといっても。
レトは分かっていた。自分の気持ちが成就することはない、と。自分は、イチヤがもっとも忌み嫌う男の慰み者だったのだから。
ハイディアへの嫉妬が消えると、レトの嫉妬は向きを変えた。旅の同行者であるプリメラへ。混血ではあるものの、エルフの血を濃く引く女の子。年齢も、イチヤと同じくらいだ。
プリメラは、イチヤに命を救われた。彼女も、フロンテーラから敗走したイチヤを救ったと聞いた。互いが、互いを救い合った。二人の間に特別な感情が芽生えても、何ら不思議ではない。
また、レトの心臓が早鐘を打ち始めた。不快な感情。嫉妬。どれだけ妬んでも、どうにもならないのに。
この感情は、間違いなく、イチヤの傍にいる限り湧き続ける。
そして、いつかは。
イチヤは、他の女の恋人になるんだ。
――私を好きになることなんて、絶対にないんだ。
イチヤの心は、永久に手に入らない。
レトはベッドから起き上がった。そのまま、部屋のドアを開けた。早足で廊下を歩く。向った先は、プリメラの部屋。
ドアをノックした。コン、コン。
「はい?」
部屋の中から、プリメラの返事が返ってきた。
「私。レト。ちょっといい?」
「はい。今開けますね」
返答の後、すぐに鍵の開く音が聞こえた。内側からドアが開かれる。
「どうしたんですか? レトさん」
「少し、プリメラと話がしたくて」
レトは無表情でいることを意識した。イニシオ村を解放したときと同じように。プリメラを助け、彼女の幼馴染みの死を看取ったときのように。
「わかりました。入ってください」
プリメラに促され、レトは彼女の部屋に入った。
プリメラはベッドに腰を下ろすと、隣りのスペースをポンッと叩いた。
「どうぞ。座ってください」
「ありがとう」
レトはプリメラの隣りに座った。
「それで、レトさん。話って?」
「……」
プリメラにどんな話をしたかったのか、レト自身にも分からない。
プリメラは、四人の中で唯一人、イチヤの恋愛対象となりえる女性。彼女に嫉妬して、つい、部屋まで来てしまった。




