第七十八話 それは空耳か、大切な人の後押しか
レトを連れて宿に戻り、少し話をした後。
イチヤに連れられて、ハイドは彼の部屋から出た。
すぐ隣りにある、ハイドの部屋に入る。ドアを閉める。
部屋に入ると、ハイドは床に座り込んだ。
イチヤも床に座る。
「で、イチヤ。話って?」
二人だけなので、ハイドは地声で質問した。もっとも、イチヤの話の内容は、概ね想像できているが。
イチヤは少し黙った後、端的に要望を口にした。
「レトを同行させないか?」
ハイドの想像通りだった。
「あいつは有能な魔術師だ。人間っていうカテゴリで言うなら、最大のレベルだと思う。絶対に戦力になる」
イチヤの言うことは間違いではない。ハイドも、レトの能力は認めていた。フロンテーラの戦いで彼女が見せた魔術は、人間の上限と言えるレベルだった。
口元に手を当て、ハイドは少し考え込んだ。とはいえ、考えているのは、レトを同行させるか否かではない。
イチヤは先ほど、久し振りにレトと再会した。宿に来て、狭い部屋に四人で集まった。
宿に来るまで、イチヤは、レトに一言も声を掛けなかった。
先に声を掛けたのは、レトだった。
『久し振り』
『ああ。久し振りだな』
短い、再会の挨拶。淡々としたやり取り。
けれど、レトと言葉を交わした瞬間、イチヤの様子が変わった。痛みと幸福を同時に感じているような顔になった。
イチヤの様子を見た瞬間、ハイドは、彼の気持ちに気付いた。
イチヤにとって、レトは単なる付き人ではない。おそらく、ハイドやプリメラと行動しているときも、度々レトを思い出し、彼女のことを考えていたのだろう。
レトもまた、イチヤに特別な感情を抱いているはずだ。
互いが、互いを想い合っている。互いが、互いの気持ちに気付いていない。
イチヤとレトの関係から、ハイドは、昔の自分を思い出した。エルフの少女を好きになったこと。けれど、自分の気持ちを彼女に伝えられなかったこと。
――フィル……。
フィルスタとレトの姿が重なった。約束の場所でハイドに会うため、限界を超えた力でサウスイースト軍と戦っていたフィルスタ。フロンテーラで、イチヤを守るために死力を尽くしていたレト。
「それに、目的は違っても、レトと俺達の手段は同じだ」
ハイドを説得するためだろう。イチヤは、レトを仲間にする利点と理由について、さらに続けた。
「フロンテーラに進軍する前、レトが言ってたんだ。『平穏な世界が見たい』って。さっきも言ってただろ? だったら、皇帝討伐に絶対に協力してくれる」
戦争をなくしたいという気持ちは、イチヤ自身にもあるはずだ。彼は、攻め込まれた国の住人が被害に遭うことを、ひどく嫌っていた。だから、戦争をなくして平穏な世界にしたい。
さらに、レトと再会したことで、イチヤの戦う理由が増えた。
「それに、レトは召喚者の付き人だ。国王や皇帝との距離も近い。あいつが上手くやれば、皇帝に接近しやすくなる」
イチヤの口調は落ち着いている。冷静に、論理的に、レトを同行させるべきだと語っている。しかし、彼の目の奥からは、理論とは異なる感情の高ぶりが見て取れた。
イチヤが主張していることは間違いではない。プリメラは回復魔術に長けているが、回復魔術以外の面では、レトの方が数段上だ。フロンテーラでは、サウスウェスト軍から飛んでくる無数の魔術を、たった一人で無効化していた。もちろん、回復魔術も使える。
反面、ハイドには懸念事項があった。
レトは、ノースの召喚者の付き人だ。イチヤの言う通り、国王や皇帝との距離が近い。それこそ、謁見を求めれば簡単に実現できるほどに。
それはつまり、レトが皇帝や国王の使いである可能性もある、ということだ。イチヤを捜していたのは、戦争を終らせるためではなく、皇帝や国王の命令だったから――という可能性。
レトがイチヤに特別な感情を抱いていることは、間違いない。
では、レトのイチヤに対する感情は、どれほど大きいのか。皇帝や国王に反旗を翻すほど大きいのか。それとも、皇帝や国王の命令の前では、封じ込められる程度の気持ちなのか。
『ハイド』
ハイドの耳の奥に、フィルスタの声が届いた。もちろん空耳だ。彼女はもう、一二〇年も前に亡くなっている。今は、二人の待ち合わせの場所で、静かに眠っている。
空耳は、フィルスタが声にできなかった言葉すら再生させた。
『大好き』
唇の動きだけで伝えてきた、最後の言葉。
フィルスタは、あんなにもハイドを愛してくれた。自分の限界を超えた力を振り絞り、ハイドに会うためにサウスイーストの兵と戦っていた。
ハイドは再度、フィルスタとレトの姿を重ね合わせた。
生半可な気持ちで、自分の限界を超えた力を絞り出せるだろうか。皇帝や国王の命令に背けない程度の気持ちが、あれほどの力を引き出させるだろうか。
「そんなはずないよな」
つい漏れたハイドの声に、イチヤは不思議そうな顔をした。
「そんなはずないって、何がだ?」
ハイドは苦笑してしまった。
「いや、何でもない。独り言だよ」
苦笑を微笑みに変えて、ハイドはイチヤに目を向けた。
空耳だろうが何だろうが、フィルスタの声が聞こえた。これは、もしかしたら、彼女が背中を押してくれたのかも知れない。ハイドと同じように、イチヤとレトの境遇に自分達を重ねて。
そんな気がして、ハイドは決断した。
「いいよ、イチヤ。レトに同行してもらおう。もちろん、同行してもらうからには全部を話す」
イチヤの顔がパッと明るくなった。
彼がどれほどレトのことを想っているのか、その表情だけで簡単に想像がついた。
※次回更新は9/26を予定しています




