第七十七話 湧き出てくる本心
ハイドに提案され、イチヤは、レトを連れて宿に向った。
四人で食堂を出て、宿までの道を歩く。大都市では、夜になっても人通りが絶えることはない。
プリメラはレトのことを覚えていた。イチヤと共に、イニシオ村を救った魔術師だと。
「覚えていないかも知れませんが、私、イニシオ村にいた者です。プリメラっていいます。あの時は、助けていただいてありがとうございました」
丁寧に礼を言ったプリメラに対し、レトは、いつもの無表情で応えていた。
「別に、礼を言われることじゃない。あの戦士の子も助けられなかったし」
あの戦士の子――トーダのことだろう。
プリメラは少しだけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「いえ。仕方なかった、なんて言えませんけど。でも、お二人のお陰で村が守られたのは、事実ですから」
「そう」
やはり、レトの返答は素っ気ない。
それでも、イチヤは知っている。本当のレトは、愛情に満ちた女性なのだと。家族のために自分を犠牲にし、自分の心すら殺せるほど情が深い。
レトとプリメラの短い会話の後、一行は無言になった。淡々と、宿までの道のりを進む。
宿に着くと、イチヤの部屋に集まった。部屋の広さは、日本の感覚でいう六畳ほど。ベッドがあるため、残りのスペースは広くない。四人も集まると狭く感じる。
部屋に入り、ドアを閉めた。
最初にハイドが床に座り、イチヤとレト、プリメラも彼に続いた。四人で円をつくるように向き合う。
「それで、ハイディア。話って?」
最初に口を開いたのは、レトだった。
「私を宿まで連れて来たってことは、人に聞かれたくない話があるんでしょ?」
「はい。っていっても、何を聞かれたくないのかは、概ね分かっていただけるかと」
ハイドに言われて、レトは、ちらりとイチヤに目を向けてきた。すぐにハイドに向き直る。
「まあ、だいたいは。そこの……ノーチェ、だったっけ? 彼のことでしょ?」
「そうです」
頷き、ハイドは続けた。
「現召喚者のイチヤ様が、国内全体で手配されています。それこそ、小さな村にまでイチヤ様の特徴が伝わるくらいに」
「うん」
「単刀直入に聞きます。レトさんは、どうしてイチヤ様を捜してるんですか? 国王陛下、あるいは皇帝陛下に命じられたからですか?」
「……」
少しだけ、レトは黙り込んだ。また、イチヤをじっと見てきた。
「久し振り」
ノーチェと名乗ったイチヤに対し、レトは、初対面とは異なる挨拶をしてきた。普通の再会の言葉なのか、あるいは単なる確認なのか。
レトは、ノーチェがイチヤだと気付いている。たとえ、髪の毛を染めていても。そう判断し、イチヤは素直に挨拶を返した。
「ああ。久し振りだな」
約十ヶ月振りに、レトと会話を交わした。
単なる挨拶。
単なる挨拶が、イチヤに実感させた。レトが無事だったことを。彼女に再会できたことを。
途端に、イチヤの胸中に、言葉では表現できない感情が湧き出てきた。
フロンテーラの戦いの直前に「平穏な世界を見てみたい」と漏らしていたレト。母親のために自分を犠牲にしていたレト。
ノースの前召喚者は五味だった。
イチヤは五味を憎んでいた。この世の誰よりも。だからこそ、彼がレトに何をしていたのか、容易に想像できる。間違いなく、レトの尊厳を粉々にするような行為を強要したはずだ。
それでもレトは、母親のために耐えていた。心を殺して。
ノースの前召喚者が五味だと知ったとき、イチヤは、レトの健気さに心を打たれた。
でも。
こうして、久し振りにレトと顔を合せて。
あらためて、彼女が五味にされていたであろう屈辱を思い浮かべて。
イチヤの心に、妙な苛立ちが湧き上がってきた。五味に対する、昔以上の苛立ち。憎しみ。できることなら、五味を生き返らせて、この世の地獄を見せて、再び殺してやりたくなった。
イチヤは静かに深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
レトはまだ、ハイドの質問に答えていない。イチヤに再会の挨拶をした後、ちらりとプリメラを見て、ハイドに視線を戻した。彼に対し、質問に質問で返す。
「ハイディアはどうして、この二人を連れて戦いに参加したの? 戦争に嫌気が差した、って言ってたのに」
「戦争に嫌気が差したのは事実です。でも、サウスウェストの召喚者を放置すれば、ノースの深部にまで攻め込まれます。そうしたら、犠牲者も多くなる。だから止めようと思いました」
ハイドはさらりと嘘をついた。シウダッドミリタールの戦いに参加したのは、イチヤの意思だ。ハイドの目的は、ノースを守ることではない。
「それで、レトさん。どうしてですか?」
再度、ハイドが質問を口にした。
レトは、いつもの無表情を保っている。感情を殺した顔。自分の意にそぐわないことでも、心を殺して行っていた彼女。
「私は、戦争を終わらせたかったから」
何の抑揚もない声で、レトは、ハイドの質問に答えた。
「イチヤは、サウスウェストを陥落させることで、戦争を終わらせようとしてたよね?」
「ああ」
「サウスウェストを陥落させて、その後はサウスイーストも陥落させて。戦争が終われば、この大陸にいる人達は、平穏に生きられるようになる。私も、私のお母さんも、平穏に生きられる。そんな世界が見たかった。だから、イチヤを捜してたの」
気のせいだろうか。イチヤには、レトの回答がどこか白々しく感じてしまった。彼女が感情のない声で話すのは、いつものことなのに。
「なあ、レト」
ノーチェと名乗って別人のふりをしているのに、イチヤは、いつものようにレトに訊いてしまった。
「お母さんの調子はどうなんだ? 治療できてるのか?」
母親の治療費を稼ぐために、レトは召喚者の付き人をしている――と、イチヤは聞いていた。国からの命令でこんな仕事をしているのだから、報酬は破格のはずだ。
イチヤが訊いた直後、レトの表情が少しだけ動いた。彼女らしくない。母親への気持ちは、どんなに心を殺しても表に出てしまうのだろう。
「治療はしてる。でも、まだ完治はしてない。一応、元気にはなってるんだけどね」
「長く療養してるんだろ? その……俺の前の召喚者が来たときからだから、もう二、三年は治療してるんじゃないのか?」
「もっと長いよ。お母さんが体調を崩したのは、私が十二のときだから。もう七年になるのかな」
「そんなに長いのか。治療費は大丈夫なんだよな? 召喚者の付き人をしてるんだから」
「うん。お金は問題ない」
「そうか」
イチヤとレトの会話が一旦止まると、ハイドが割って入ってきた。
「レトさんのお母さん、病気なんですか?」
「そう。少し長く患ってて」
「治療して、効果はあるんですか?」
「……」
ほんの一秒ほど、レトは口を閉じた。また、彼女の表情が動いた。目が潤んだように見えた。
「たぶん、効果はあるよ。ただ、完治するには、まだ時間がかかるだけで。でも、元気になってきていはいるの。村の人達に助けられてるのもあるけど、私が村を出てる間は、一人で暮らせてるし」
「そうですか」
ハイドとレトの話が終わると、室内は静まり返った。プリメラは、レトとはほぼ初対面だ。レトの家の事情に口を挟めるはずもない。
レトの目的は、イチヤやハイドとは違う。目的を果たすことで出る結果は同じであっても。
イチヤとハイドの目的は、三人の皇帝を殺すこと。三人の皇帝を殺せば、戦争は終わる。
レトの目的は、母親を助けること。そのために召喚者を導き、サウスウェストとサウスイーストを陥落させたい。もっとも、ロキ以外の皇帝を殺せば、必然的にサウスウェストとサウスイーストを堕とせる。「戦争を終らせたい」という彼女の願いは叶うだろう。
イチヤは今まで、戦争を終わらせることを目的に行動していた。サウスウェスト軍の蛮行を見てから。ノース軍も、サウスウェスト軍と変わらないと知ったから。
戦争を終わらせるためにノース軍に加わることは、イチヤにはもうできない。ノーチェとして、サウスウェスト攻略に参加することはできるだろう。しかし、ノース軍がサウスウェストに攻め込んだら、また同じことを繰り返す。イチヤは、兵の蛮行を止める。しかし、どんなにイチヤが兵の蛮行を止めても、全ての兵を完璧に見張れるはずがない。
対して、皇帝を殺して戦争を止めるのであれば、各国が他国に攻め込む必要はない。必然的に、犠牲は少なくなる。
イチヤは、皇帝を殺すことで戦争を終結させようとしている。
レトは、皇帝の名に従い、戦争で戦争を終結させる必要がある。
戦う理由と目的を考えると、イチヤがレトと行動を共にすることは、もうない。
――でも……。
今の自分の感情を、イチヤは、上手く説明できなかった。自分でも、自分の気持ちが分からない。ただ、以前のように、またレトと行動したかった。無表情な彼女が、時折見せる素の姿。その表情を、隣りで見ていたかった。
レトと一緒に行動するためには、どうしたらいいか。そんなの、決まっている。
「ハイ……ディア」
イチヤはハイドに声をかけた。つい「ハイド」と呼びそうになって、声が詰まった。
イチヤが呼び間違えそうになったことに気付いたのだろう、ハイドは苦笑していた。
「何ですか、ノーチェさん」
ハイドはしっかりと、イチヤを偽名で呼んでいた。
彼につられて、イチヤも苦笑してしまった。
「ちょっといいか? 二人で話したい」
「いいですよ」
ハイドの返答を聞いて、イチヤは立ち上がった。
ハイドも腰を上げた。
「レトとプリメラはここで待っててくれるか? たぶん、そんなに長くはかからないから」
「はい」
「ええ」
レトとプリメラが互いに返事をした。
ハイドを顎で促し、イチヤは部屋を出た。
部屋を出る直前に、ちらりとレトを見た。いつもの無表情だった。
いつもの無表情のはずなのに。
イチヤの目には、レトが、どこか不機嫌そうに見えた。
※次回更新は9/24を予定しています




