第七十六話 捜している理由によっては
シウダッドミリタールでサウスウェスト軍を撤退させてから、一ヶ月ほどが経った。
ハイドの目から見ても、イチヤやプリメラの成長は著しい。
プリメラは、特に回復魔術の才能に秀でていた。人間の身としては、すでに最高レベルの回復魔術が使用できる。かけられる者の生命力さえ残っていれば、切断された四肢すら繋げられるほどの回復魔術。
イチヤに関しては、確かに、召喚者にしては才能に恵まれない。召喚者なのだから、当然、人間を遙かに上回る能力がある。しかし、ハイドが知っているどの召喚者よりも、運動能力で劣り、身体能力が低い。だが、彼には、淡々と訓練を行える愚直さがあった。ハイドでさえ知らなかった、効率的な訓練方法を知っていた。ハイドが協力して、効率的な訓練をひたすら行った。
今のイチヤは、ハイドが見てきたどの召喚者よりも強い。今日の訓練では実戦形式で戦ってみたが、息切れする程度には苦戦した。
イチヤやプリメラの成長を感じて、頃合いかな、と感じ始めた。もうそろそろ、皇帝討伐に乗り出してもいいかも知れない。
森の中での訓練を終え、シウダッドミリタールに戻ってきた後。
ハイドは、イチヤとプリメラを連れて、適当な食堂に入った。割りと大きめの食堂。夕食を摂り、宿に戻ったら、二人に今後のことを話そう。
そんなことを考えていたら、食堂内で、見知った顔を見つけた。
レト。フロンテーラでの敗戦後に別れた、ノースの召喚者の付き人。健気にイチヤを助けようとしていた、エルフの少女。
レトは、食堂の中で聞き込みをしていた。イチヤの行方を捜しているらしい。
今のイチヤは手配中の身だ。彼が生きていると、ノースは次の召喚者を呼び出せない。召喚者は、各国に一人だけ。それが、皇帝達のゲームのルール。皇帝が支配するこの大陸で、見せかけの王国を三つ建国し、三人の皇帝の駒として動かす遊び。
人の命を弄ぶ、下劣な遊戯。
イチヤが生きたまま行方不明になっている状況は、ノースの皇帝ロキにとっては不都合なのだ。だから、見つけ出して始末しようとしているのだろう。
ということは、レトは、国王や皇帝に命じられてイチヤを探しているのだろうか。
――でも……。
レトがイチヤを捜している理由は、容易に推測できた。ただ、ハイドには、ひとつ腑に落ちないところがあった。
フロンテーラの戦いで、レトは、限界を超えた力を絞り出してイチヤを助けていた。
人が自分の限界を超えることなど、滅多にできるものではない。よほどの強い意志がない限り不可能だ。ただの付き人としてイチヤを助けていたのであれば、レトは、早々に逃げ出していたはずだ。あのときは、イチヤに勝ち目などなかったのだから。
つまりレトは、限界を超えられるほど強い気持ちを、イチヤに対して抱いている。
フロンテーラの戦いで、ハイドは、レトにフィルスタの面影を見た。
同じエルフの少女。二人とも、ほぼ純血のエルフ。綺麗な金髪に、長い耳。
ハイドに――好きな人に会うために、限界を超えた力を絞り出し、生き残ろうとしたフィルスタ。
イチヤを守るために、体力の限界を気力で乗り越えていたレト。
二人に共通する、強い想い。
そんな気持ちを抱えたレトが。
イチヤを殺すために、王やロキの言いなりになるだろうか。
ハイドが出した答は、「否」だった。もっとも、レトにとって、イチヤの命よりも重要なことがあれば話は別だが。
だとすれば、レトがイチヤを捜しているのは、単に彼女の意思なのだろうか。
カウンター席の客達に話を聞き、レトは、入口の方を向いた。イチヤの目に、彼女の姿がはっきりと映ったようだ。もちろん、レトの目にもイチヤが映っている。
互いの姿を確認して。互いが、互いに、互いのことを認識して。
イチヤとレトは、見つめ合ったまま硬直した。
今のイチヤの髪は、ダークブラウンに染められている。ドワーフと人族の混血の特徴。彼の世界には、髪の毛を染める文化があるそうだ。しかし、この世界に、そんな文化はない。
だから今まで、ノーチェがイチヤだと誰も気付かなかった。一致している特徴が多数あるにも関わらず。
でも、レトなら。
髪の毛の色が違っても、ノーチェがイチヤだと気付くかも知れない。
沈黙していたレトの口が、開きかけた。
ハイドの計画では、この後レアルカピタルに行き、イチヤの髪の色を戻し、捕えさせる予定だ。イチヤを捕縛したハイドやプリメラも同行し、イチヤを殺せる唯一の人物――ロキを誘き寄せる。そこで、ハイドとイチヤ、プリメラの三人でロキを討つ。
だから、ここでイチヤの正体が知られるのは、都合が悪い。
レトがイチヤの名を口にする前に、ハイドは先手を打った。
「レトさん!」
ことさら大きな声でレトを呼び、ハイドは彼女に駆け寄った。
「お久し振りです、レトさん」
嬉しそうな美女の顔で――ハイディアの顔を見せて、ハイドはレトの手を握った。
「故郷へは戻られたんですか? どうしてこんなところに?」
「あ……」
口にしようとした言葉を遮られて、レトは小さな声を漏らした。
「そうだね。久し振り、ハイディア」
レトは少しだけ、苦しそうな表情を見せた。フロンテーラに進軍したときに、何度か見せていた顔。どんな感情が彼女の中に湧き出ているのか、ハイドには分からない。
ハイドはレトの手を離し、店の入口にいる二人を指し示した。
「私、今、旅をしてるんです。敵国への進軍は嫌ですけど、せめて国を守ろうと思って。それで、あの二人――ノーチェさんとプリメラさんに、手伝ってもらってるんです」
イチヤの偽名を口にし、ハイドは、早口でレトに説明した。じっと彼女の目を見て、アイコンタクトを試みる。
レトはどうやら、ハイドの意図を察してくれたらしい。目を細めて、小さく頷いた。
「シウダッドミリタールで、チサトが討たれたって聞いたの。それで、どんな人がチサトを討ったのか、気になって」
「それで、ここに来たんですか?」
「ええ。チサトを討ったのは、男の戦士と女の魔術師だとも聞いてたけど。魔術師は、やっぱりハイディアだったんだ」
「はい。敵の召喚者とは、私とノーチェさんが中心になって戦いました。大変でしたけど、なんとか討つことができたんです」
「そうなんだ」
レトの表情が、かすかに動いた。苦しそうな顔が、寂しそうな顔になった。彼女の心情は、やはりハイドには分からない。
ハイドの話に応えると、レトは黙り込んでしまった。
ハイドには、レトに確認すべきことがいくつかある。
レトはなぜ、イチヤを捜しているのか。彼女が、ロキや王の命令でイチヤを捜しているなら、一旦は説得する。イチヤのことをロキや王には報告しないでほしい、と。
もしもレトが、イチヤのことをロキや王に報告するというのなら。
その時は、彼女を消さなければならない。
レトを殺すことを考えると、ハイドは、少なからず心苦しくなった。彼女にフィルスタの面影を見たせいだろう。
「レトさん」
ハイドはじっと、レトの目を見た。彼女の瞳には、苦しさや寂しさが滲み出ている。
「少し、私達とお話ししませんか? ここじゃ都合が悪いんで、私達が泊まってる宿に来てください」
「……」
レトは、ハイドの後ろに視線を送った。彼女が誰を見ているのかなんて、視線を追わなくても分かる。
再度ハイドに目を向けると、レトは小さく頷いた。
「うん、わかった」
※次回更新は9/22を予定しています




