↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/155

第七十五話① 胸が苦しい再会(前編)


 シウダッドミリタールの東、二キロメートルほどの位置にある森の中。


 オレンジ色の夕日が、木々の隙間から差し込んでいる。やや暗いオレンジ色は、もうすぐ陽が暮れることを物語っていた。


「じゃあ、今日はここまでだね」

「……ああ。お疲れ」


 ハイディア――女性の姿をしたハイドの前で、イチヤは地面にへたり込んだ。厳しい訓練で、肺が破れそうなほど息が切れている。体には、深くないが無数の傷がある。


 チサトを討ったことで、イチヤは過去を克服できた。誰が相手でも、どんな状況でも、自分の力を発揮できるようになった。精密かつ厳しい訓練で、日々成長していることも実感している。それでも、ハイドにはまだ敵(かな)わない。


「プリメラ」


 少し離れた位置で訓練をしているプリメラに、ハイドは声を掛けた。


「イチヤの傷、治してあげて」

「はい」


 プリメラが駆け足で寄ってきて、イチヤの側で片膝をついた。彼女の両手から、淡く青い光が湧き出てきた。回復魔術の光。


 イチヤの全身にある傷が、どんどん塞がってゆく。塞がった傷は、痕すら残っていない。イニシオ村で回復魔術をかけてもらったときは、完治したとはいえ傷痕が明確に残ったのに。彼女の魔術も、ハイドの訓練でかなり上達している。


 シウダッドミリタールでチサトを討ってから、一ヶ月ほど経っていた。元の世界での三ヶ月ほど。


 あの後、イチヤ達は、敵軍の召喚者を討った英雄として歓迎を受けた。領主であるガルダール・メディオ侯爵の自宅に招かれ、シウダッドミリタールの軍に勧誘された。さらに、爵位が与えられるよう国王に進言したい、とさえも。


 イチヤ達は丁重に辞退した。理由を訊かれたので、適当にでっち上げた。自分達はもっと成長して、レアルカピタルで王を守る軍に入りたい、と。そのために、今は自分達を鍛え上げているのだ、と。


 メディオ侯爵は、露骨に落胆していた。当然だろう。召喚者でもないのに、敵国の召喚者を討った者達。ノースの召喚者がお尋ね者となっているこの状況では、喉から手が出るほど欲しい逸材のはずだ。


 もちろんメディオ侯爵は、ノーチェがお尋ね者のイチヤだとは、夢にも思っていないだろう。彼は、イチヤ達に妥協案を出してきた。


「それならせめて、もう少しここにいてくれないか? 宿代が必要なら出そう。兵の宿舎で寝泊りしても構わない。ただ、お前達の訓練の合間でいいから、兵役に就いている者達に指導をしてくれないか?」


 シウダッドミリタールの戦いで、多くの兵達が、イチヤ達の力を目撃していた。イチヤがチサトを討った場面も。もっとも、激しい戦いの中なので、一挙一動を見られていたわけではない。


 チサトを討てたことについて、イチヤは、もっともらしい説明をした。


「俺一人で戦っているように見えたかも知れないですが、要所要所で、ハイディアが、風の魔術で援護してくれたんです。でないと、ただの人間が召喚者を討つことなど、到底できません」


 この世界の住人は、自国の召喚者を英雄視し、敵国の召喚者を悪魔のように見ている。彼等にとって、イチヤの言葉には強い説得力があった。同時に、限界まで鍛え上げれば、数名の人間で召喚者を討てるという希望を与えてしまった。


 結果として、イチヤとハイディアは、週に一度のペースで軍の指導をすることになった。


 軍の指導をする日以外は、基本的に、こうして森で訓練をしている。


 訓練を重ねるうちに、ハイドは、プリメラの素質を見抜いたようだ。回復魔術に関して特出した才能がある、と。それからは、回復魔術を重点的に練習するように指示した。


 ハイドの見立ては正しかった。プリメラの回復魔術は、驚くほど成長した。回復魔術だけで見るなら、おそらくはレト以上だと言えるほどに。


 この一ヶ月の間に、ハイドは、一度だけ路上で公演を行った。もちろん、そのときは本来の姿で。一人ではなく、プリメラにシターンを弾かせて。


 楽器ができないイチヤは、最前列で公演を楽しむ客となった。


 ハイドの歌は瞬く間に人を引き寄せ、周囲には溢れるほどの人だかりができた。


 彼の歌を聴き、歌詞を胸中で反芻し、イチヤは気付いた。ハイドが、歌人という仕事を選んだ理由を。もちろんそれは、本来温厚だという吸血鬼の性質故でもあるだろう。温厚だから、人の心を癒し、あるいは人の心に刻まれる仕事を選んだ。


 でも、それ以上に。


 ハイドの心は、未だに、一二〇年前に失った少女と共にあるのだ。歌詞に少女のことを記し、歌として色んな場所に連れて行っているのだ。少女の仇を狙いながら。


 ハイドが愛した少女は、エルフだったという。ハイドの横でシターンを弾くプリメラも、エルフ。


 ハイドとプリメラの境遇は似ている、と思う。

 戦争により幼馴染みを失い、自虐の渦に飲まれていたプリメラ。

 戦争により愛する人を失い、諸悪の根源を討つことに人生を捧げるハイド。


 三人の皇帝を討ち、平穏な世界になったのなら。


 この二人が、互いの傷を埋め合うのもいいのかも知れない。観衆の前で音を披露する二人は、非常に息が合っているように見える。


「イチヤさん」


 プリメラに呼ばれて、イチヤは、意識を現在に戻した。訓練を終えた、夕方の森の中。


 イチヤの目の前にいるプリメラは、薄らと汗をかいていた。真面目に訓練をしていたからだろう。疲れているはずなのに、イチヤの傷も治してくれた。


 プリメラに治してもらった体を、イチヤは見回した。見事なほどに傷が塞がっている。


「ありがとう、プリメラ」


 大きく深呼吸して、イチヤは立ち上がった。傷は治ったが、体力までは魔術で回復しない。疲労は、食事と休養で癒すしかない。


 イチヤは大きく体を伸ばし、深呼吸をした。少しだけ、脈拍が落ち着いてきた。


 イチヤの視界には、今、プリメラとハイドがいる。可愛らしい少女と、絶世の美女にしか見えない男。皇帝を討ち、戦争のない世界になったら、この二人はどうするのだろうか。イチヤが考えた通り、仲間以上の関係になるのだろうか。


 考えて、イチヤは一抹の寂しさを覚えた。


 チサトを討って、過去と決別できた。そう実感したとき、一つの考えがイチヤの頭を過った。


 ――今なら、女性を抱けるかも知れない。


 元の世界では諦めていた、大切な女性と生涯を共にすること。好きな女性との間に、子を成すこと。それが、今なら叶うかも知れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
プリメラクラスの回復役、しかも遠隔的に回復させられる要員が離れた場所に何人かいて、そんで戦士型の中で一番強いヤツが、回復役達のバックアップを受けた上で召喚者との一騎打ちに臨んだら、たちまちに傷が回復す…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。