第七十四話② 再び選択を迫られる(後編)
シウダッドミリタールを攻めていたサウスウェスト軍の兵力は、二万ほどと聞いている。対して、シウダッドミリタール軍の兵力は一万程度。
倍ほどの兵力の差を覆し、さらにチサトまで仕留める。こうして他者の口から語られると、あまりに現実離れしている。レトは何も言えず、言葉を飲み込んだ。
「それで、だ」
チサトを討つまでの流れを簡単に話した後、ロキが細部を語り始めた。
「モティボを守ってシウダッドミリタールの戦いに参加した二人だけど」
二人のうちの一人について、レトには想像がついている。
「魔術師の方は女らしい。周囲の男達が色めき立つほどの美人だけど、周囲の男達が気後れするほど凄い魔術師みたいでね」
「……その魔術師の名前は?」
「ハイディア、っていったかな」
――やっぱり。
胸中で、レトは納得した。召喚者レベルの魔術師など、そうそういるものではない。
「俺は、そのハイディアには注意を払ってる。サウスウェスト軍を撤退させてくれたことは有り難いけどね」
「どうして?」
「話に聞いただけだから確証はないけど、状況から考える限り、ハイディアには召喚者レベルの力がある。それくらいの力がないと不可能なことを実践した」
「天才ってこと?」
「いや、違うよ。いくら天才だとしても、ただの人間が召喚者レベルのことをするなんて、不可能だ。だとしたら、可能性は一つ」
「何?」
「そのハイディアって女は、サウスイーストの召喚者じゃないかな?」
「……」
ハイディアがサウスイーストの人間である可能性。
それについては、以前、レトも考えたことがある。しかし、ハイディアの言動から、それは否定できた。彼女がその気になれば、イチヤやレト、チサトすらも殺す機会が、いくらでもあった。でも、彼女はそうしなかった。
胸中でロキの話を否定しつつ、レトは、黙って彼の話を聞いた。
「まあ、あくまで可能性だから。もしかしたら、話に尾ヒレがついて、ハイディアの力が過剰に語られてるだけかも知れないし」
レトは知っている。ハイディアの力が召喚者レベルであることを。口には出さないが。
「それで、次に、ハイディアと一緒にいた戦士の方だけど。髪の毛がダークブラウンだから、ドワーフと人族のハーフだって言われてる。でも、こっちも、召喚者レベルの力があるらしい。チサトを仕留めたのは、この戦士だそうだ」
「!」
少し驚いて、レトは目を見開いた。チサトを仕留めたのはハイディアだとばかり思っていた。
――いや、でも。
胸中で呟き、考える。ハイディアがチサトを追い詰めたところで、連携して仕留めたのがその戦士なのかも知れない。それなら、「人間としてはかなり強い部類」程度の戦士なら可能だろう。
声に出さずに思い浮かべた、レトの推測。
だが、ロキが、レトの考えを否定した。
「この戦士はノーチェって名乗ってるらしいけど。でも、間違いない。この戦士はイチヤだ」
「……は?」
つい、レトは間の抜けた声を漏らした。
「その戦士――ノーチェは、ドワーフと人族のハーフなんでしょ? 髪の毛も、黒じゃなくダークブラウンで」
イチヤの髪の毛は真っ黒。人族の特徴である色だ。
「そうだよ。でも、そんなこと、大した問題じゃない」
「どういうこと?」
「異世界は――イチヤ達が元々いた世界は、この世界とはまったく違う文化があるはずだ。髪の毛を染める文化があっても不思議じゃない」
「……」
髪の毛の色を変えるなんて、レトは考えたこともなかった。今まで、色んな都市や町、村で、多くの人を見てきた。けれど、髪の毛の色を変えている人なんて、一人も見たことがない。
とはいえ、ロキの言うことも一理ある。イチヤがいた世界は、こことはまったく異なる異世界だ。こちらでは考えもしない文化があるのかも知れない。
では仮に、チサトを仕留めたノーチェが、イチヤだとして。
それならば、レトはやはり選択しなければならなくなる。
マセリアを失うか。それともイチヤを殺すか。
実のところ、レトは、一度はこの選択の答えを出していた。イチヤが見つかったらすべきことも、決めていた。
しかし、また心が揺れ始めた。二人とも死ななくていい、という希望を抱いてしまったから。
「だからね、レト。まずはシウダッドミリタールに行ってみて。で、ノーチェがイチヤかどうか、確認して」
「……もし、ノーチェがイチヤだったら?」
「決まってるだろ。指示した通りにして。上手いことヒロイーナ村に連れて来てくれればいい。そうしたら、俺が殺すから」
「……」
イチヤもマセリアも、助けられるかも知れない。一度抱いた希望は、レトの口から反論を吐き出させた。
「でも、仮にノーチェがイチヤだとしても、サウスウェスト軍を撤退させて、チサトも殺したんでしょ? それなら、このままノーチェとして、またサウスウェストを攻めさせればいいんじゃない? チサトが死んだ今なら、サウスウェストを堕とせるだろうし」
「無駄だよ」
レトの意見を、ロキは即座に切り捨てた。
「どっちにしても、イチヤがすることは変わらない。サウスウェストに攻め込んでも、兵士達の好きにさせない。結局、人望を失う。軍は分裂する。軍が分裂するから、攻めあぐねる。その間に、新しいサウスウェストの召喚者が育つ。人望のないイチヤは、新しいサウスウェストの召喚者に敗れる。また、ノースが危機に陥る」
ロキの言うことは正しい。実際に、フロンテーラの戦いでは、誰も彼もがイチヤを見捨てた。戦いの雲行きが少し怪しくなっただけで、兵士達は逃走を選んだ。
「ま、そういうわけだから――」
ロキの機嫌は良いままだ。早々にイチヤを殺し、次の召喚者を呼び出し、再びサウスウェストに攻め込むことを考えているのだろう。
「――すぐにシウダッドミリタールに向って。で、本当にノーチェがイチヤなら、指示通りにヒロイーナ村に誘い込んで」
音を立てないように、レトは固唾を飲んだ。今は、ノーチェがイチヤではないことを祈るしかない。もしくは、ノーチェがイチヤだとしても、レトがシウダッドミリタールに着く前に発っているか。
いずれにしても、今はロキに従うしかない。
「分かった。今日中に準備して、明日の早朝に出発する」
「うん。よろしくね」
ヒラヒラと手を振って、ロキは大広間から出て行った。
彼が出て行ったドアが閉まり、レトは一人残された。
広くガランとした室内。
レトの指先は、震えていた。指先だけではなく、手も震えていた。
震える手で、自分の目元を押さえて。
息を吹き返した心が、ポツリと呟かせた。
「……ごめん……」
この場にはいない人への謝罪。
目元を押さえた手が、少し濡れていた。
※次回更新は9/18を予定しています




