第七十四話① 再び選択を迫られる(前編)
王都レアルカピタル。
レトがこの都市に来てから、約四ヶ月が過ぎていた。ロキに指示された通りに街中で聞き込みをし、イチヤの行方を探っていた。
しかし、有力な情報は何一つ得られなかった。
――今日までは。
今朝方、レアルカピタルに、サウスウェスト軍撃退の情報が入ってきた。
進軍してきたサウスウェスト軍を、シウダッドミリタールの軍が退けたという。しかも、敵軍の召喚者を討ち取って。
シウダッドミリタールの戦いは二日ほど前に終結し、討ち取られたサウスウェストの召喚者――チサトの首は、軍内に晒されたという。
その情報を得たレトは、すぐに王城に向った。ロキの意向を確認するために。
敵軍の召喚者を討てる者について、レトには、二人ほど心当たりがある。一人はイチヤ。ノースの現召喚者。けれどイチヤは、国中に手配されているお尋ね者だ。外見の特徴も知れ渡っている。似顔絵も出回っている。彼がシウダッドミリタールの軍に加わるのは不可能だろう。
――だとすると……。
チサトを討てる可能性がある、もう一人の人物。王城に向いながら、レトは、彼女の姿を思い浮かべた。ハイディア。召喚者レベルの魔術を操る美女。フロンテーラに進軍したときに、共に戦った仲間。敗走の際にレトを守ってくれた恩人でもある。
そして、フロンテーラ進軍のときに、イチヤにもっとも信頼されていた女性。
王城に向うレトの心が、押し潰されるように痛んだ。この痛みの正体を、レトはもう自覚していた。
王城に着いた。見張りの兵達は、すでにレトの顔を覚えている。城内に通され、入口付近でしばらく待たされた。使いの者が来て、案内された。
レトが連れて来られたのは、王座の間ではなかった。前回来たときに通された、大広間。誰もいないため、横長のテーブルや椅子、装飾品は、隅に片付けられている。窓から、昼間の日差しが差し込んでいた。壁に掛かっている燭台に、火は灯されていない。
使いの者は「しばらくお待ちください」と言うと、その場を後にした。恐らく、ロキを呼びに行ったのだろう。
待っている間、レトは、今後のことを考えた。
チサトを討ったのは、たぶんイチヤではない。ただ、誰がチサトを殺したのかなんて、どうでもいい。重要なのは、敵軍の召喚者が死んだことだ。
サウスウェストが次の召喚者を転移させ、戦場に出られるレベルまで鍛え上げるには、それなりに時間がかかる。その間にサウスウェストに進軍すれば、上手くいけば壊滅できるかも知れない。
サウスウェストを壊滅できれば、マセリアを救うことができる。さらに、イチヤを殺す必要もなくなる。
もっとも親しい人を、助けることができる。
もっとも愛する人を、手にかけずに済む。
マセリアがフェイタル病に罹ったのは、レトが十二歳のとき。ロキに出会い、母を助ける条件を提示された。召喚者の付き人になり、サウスウェストかサウスイーストのどちらかを壊滅させる。それが条件。
当時は、召喚者の付き人という仕事を正確には理解していなかった。十五になる頃には、全てを察した。
付き人の仕事を理解した頃に、自分の体を道具として利用できるよう、ロキに抱かれた。彼には生殖能力がないので、妊娠の心配はなかった。
妊娠の心配はなかったが、ひどく悲しかったのを覚えている。そんな行為をロキと何度も繰り返し、レトは、自分の心を殺すことを覚えた。
心を殺していたから、付き人の仕事も無心で勤められた。シュウにどんな要求をされても、彼が成果を上げるたびに応えた。
そのシュウが殺されて。
次の召喚者として、イチヤが転移してきて。
イチヤの人となりを知って。
イチヤの誠実さを知って。
イチヤがハイディアを信頼していることに、苦しさを覚えて。
死んでいたレトの心は、息を吹き返した。
心が蘇ったから、辛かった。
イチヤは、国家に対する反逆者という立場になった。ロキから、イチヤを殺すように命じられた。イチヤを見つけたら、ヒロイーナ村に誘い込め、と。そこでロキは、イチヤを殺すつもりなのだ。
レトは選択を迫られた。
マセリアかイチヤの、どちらかを亡くす選択。
一番親しい人か、一番愛しい人。どちらかを失う選択。
でも。
イチヤがいない状態でチサトを討ったという情報が入ってきて、レトの胸は期待に満ちた。
二人とも、亡くさずに済むかも知れない。
ギイッという音を立てて、大広間のドアが開けられた。
レトは、意識を入口に移した。
ロキが大広間に入ってきた。
「しばらくだね」
軽く挨拶をしてきたロキは、前回会ったときよりも機嫌が良さそうだった。当然か、と思う。サウスウェストの進行が止められ、かつ、召喚者を討ち取ったのだから。ノースは、危機的状況を脱したと言える。
片付いた大広間で、ロキは、ゆっくりとレトに近付いてきた。王城にいるので、彼は正装をしている。
ロキが近くまで来ると、レトは彼と向き合った。レトより十センチほど背が高い彼。
「ここに来たってことは、シウダッドミリタールの情報は耳に入ってるんだよね?」
「ええ」
レトは頷いた。
「シウダッドミリタールの戦いで、サウスウェストの召喚者が死んだ。サウスウェスト軍も撤退した。国軍は各都市から兵を集めて、フロンティアの奪還を狙ってる」
「うん、そう」
「私は、それ以上のことは聞いてない。誰がサウスウェストの召喚者を――チサトを討ったのかも知らない。ただ、心当たりはあるけど」
レトが知っている情報を口にすると、ロキは少しだけ笑みを見せた。
「心当たりってのは、イチヤのこと?」
「ううん」
レトは首を横に振った。
「その可能性も考えたけど、たぶん違う。イチヤはお尋ね者で、顔も知れ渡ってる。軍に入ることは難しい。でも、今回の戦いでは、シウダッドミリタールの軍がサウスウェスト軍を迎え撃った。それなら、チサトを殺したのはイチヤじゃない」
「なるほどね」
ロキの顔に浮かぶ笑みが、濃くなった。
「俺のところには――正確に言うと王のところには、もう少し詳しい情報が入ってきてるんだ」
「どんな?」
「シウダッドミリタールの戦いの前に、モティボっていう町を、二人の人物が守った。召喚者と思えるほど強い戦士と、同じく召喚者と思えるほど優秀な魔術師らしい」
「……たった二人で?」
モティボを攻めていたサウスウェスト軍がどれほどの規模なのか、レトは知らない。ただ、町を攻めるのだから、千人はいたと推測できる。それをたった二人で退けるなんて、ただの人間にできることではない。
でも、と思う。
その魔術師がハイディアなら、可能かも知れない。彼女の力は計り知れない。
「モティボを守った二人は、そのまま、シウダッドミリタールの戦いにも参加したそうだよ。で、その二人が、シウダッドミリタール軍の前衛を率いた。兵力ではるかに上回るサウスウェスト軍を翻弄して、最終的にはチサトを仕留めた」
「……」




