第七十一話② 頼りにされない英雄(後編)
「今の兵力のままで、シウダッドミリタールで戦うことを提案します」
唐突に発言したのは、ハイドだった。もちろんハイディアの声で。
周囲の将軍や千人長達が、不可解そうな顔を見せた。
サウスウェスト軍は、シウダッドミリタール周辺の町や村を占拠し、食料と休息を得ている。周囲に拠点があることで、長期戦にも対応できる状態をつくっている。
通常であれば、まずは、占拠された町や村を解放するのが定石だ。長期戦に対応する基盤を敵国から奪うことで、籠城することも有効になってくる。
「根拠を伺ってもよろしいですか、ハイディア殿」
千人長がハイドを見つめて訊き、すぐに目を逸らした。千人長の頬が赤くなっているように見えるのは、イチヤの気のせいではないだろう。
千人長の様子など気にすることなく、ハイドは淡々と答えた。
「仮に、周辺の町や村にいるサウスウェスト軍を撤退させたとします。確かに、敵軍から、補給地となる場所を奪えます。けれど、それでは、敵側に選択肢を与えることになります」
「選択肢、と言いますと?」
「補給地を失っても戦い続けるか、もしくは、一旦退いて兵と兵糧を補充するか」
ハイドは人差し指で、テーブルの上の地図に触れた。彼の指先が示しているのは、シウダッドミリタール。そこから南西方向に指を這わせ、フロンティアで止めた。
「シウダッドミリタールから退いたとしても、サウスウェストが補給を得られる場所は、すでに複数あります。さらに、シウダッドミリタールでの戦いが長引けば、敵は、ノース国内にさらに兵を注ぐでしょう。今の状況は、サウスウェストにとって、この二百年で一番の好機なんですから」
つまり、シウダッドミリタールの軍が籠城し、戦いを長引かせれば、サウスウェスト側はさらに多くの兵で攻めてくる可能性がある。
「これ以上サウスウェストを勢い付かせないためには、ここで撃退する必要があります。籠城で敵の疲弊を待つのでは――守りに回っては、それはできません」
ハイドの説明に、周囲にいる者達は渋い顔になった。
ハイドの言うことは正論だ。今、シウダッドミリタールに攻め込んでいる敵軍の数は、推定で二万。けれど、サウスウェスト全体の兵の数は、さらに多い。下手に守りに入れば、敵軍は、今の倍以上の数で攻め込んでくる可能性だってある。
とはいえ、将軍や千人長には、ハイドの提案に賛成できない理由がある。イチヤはそれに気付いていた。ハイドも気付いているだろ。
「現時点でも、こちらは兵力で圧倒的に劣る」
将軍の、絞り出したような声。分かっているのだ。ノース側が劣っているのは、単純な兵力だけではない。
「さらに、向こうには召喚者もいる」
ノースの召喚者は生死不明。戦争の要となる召喚者が不在の状態で戦っている。今の状況は、ノース軍の士気を確実に削いでいるのだ。一般の兵はもちろん、軍をまとめる長達の士気さえも。だから、勝つことよりも守ることを優先してしまう。貝のように殻に閉じ篭もろうとする。
「もちろん、敵軍に召喚者がいるということは、私も認識しています」
地図から指を離し、ハイドが周囲を見回した。
彼の視線を追うように、イチヤも周囲を見回した。
男爵家に生まれ、軍事を司る侯爵家の傘下として、幼い頃から武を学んできたであろう将軍。実力と戦果を認められ、出世をした千人長や百人長。今までの積み重ねがあるはずなのに、あまりに弱気な者達。
腰が引けている周囲に対し、ハイドは断言した。
「問題ありません。私とノーチェが二人で戦えば、召喚者を討つことは可能です。フロンテーラの戦いで敵国の召喚者を見て、確信しました」
ハイドの言葉に嘘はない。さらに言うなら、ハイド一人でもチサトを討つことは可能だ。彼は、間違いなくチサトよりも強い。
もっとも、それでは、イチヤの目的は果たせないのだが。
「敵の召喚者を討てば、サウスウェスト軍の士気を一気に下げられる。シウダッドミリタールからだけではなく、ノース国内からサウスウェスト軍を撤退させることも可能になります」
周囲に断言した後、ハイドはイチヤに目配せしてきた。アイコンタクト。ハイドの意図が理解できた。
ハイドは、イチヤの意思に沿って「場」を用意しようとしているのだ。
イチヤとチサトが戦える場を。
「ハイディアの言う通りです」
ハイドの考えを察し、イチヤも断言した。
「俺とハイディアが二人がかりで戦えば、サウスウェストの召喚者を討つことは可能です。フロンテーラの戦いでノース軍が敗れたのは、下らない内部分裂が原因ですから。本来なら、ノースの召喚者と俺達で、フロンテーラを陥落させられる戦いだった」
「……」
周囲の者達が沈黙した。彼等もたぶん、分かっているのだ。このまま守りに回っても、敗北と死を先延ばしにするだけだ、と。しかし、敗戦続きの状況で、大きな博打を打つこともできない。
少しずつ、イチヤは苛ついてきた。胸中で舌打ちをする。きっと、この場にいる者達も、自分達が優位なときは強気になれるのだろう。強気で敵国を攻め、勝利を手にすることで傲慢になり、傲慢さが下劣さを搔き立てるのだ。敵国の住民を蹂躙した者達のように。
「フロンテーラに攻め込んだときは、大半が早々に逃亡して敗北した。今回は、戦う前から殻に閉じ篭もって負けるつもりですか?」
苛立ちが、イチヤの口から吐き出された。
途端に、将軍が不機嫌そうな顔になった。彼だけではなく、他の者達も。
「ノーチェ」
ハイドが、イチヤの肩に手を置いた。プリメラが、イチヤの服をギュッと握ってきた。
彼等に無言で諭され、イチヤは静かに深呼吸をした。落ち着け、と自分に言い聞かせる。
「すみません、失言でした」
イチヤは周囲に頭を下げた。もっとも、謝罪はあくまで建前だが。
結局、会議は朝方まで続いた。及び腰の長達を焚き付けるための会議。
最終的に出された結論は。
周辺の町や村を解放せず、このままサウスウェスト軍と戦う。
籠城はしない。イチヤとハイドが、戦士型の部隊を率いて敵軍に攻め込む。後方から、プリメラを含む魔術師型の軍が援護する。さらにその後方で、別の部隊が控える。
結局、最初のハイドの案が採用されることになった。
採用された案は、シウダッドミリタールを守る軍にも伝令され、承諾を得ることができた。
ただし。
イチヤとハイドに与えられた戦士型の兵は、わずか千五百。プリメラに与えられた後衛の兵は千。合計二千五百の兵で、二万ものサウスウェスト軍に対し、先陣を切ることになった。
兵力の差は約八倍。
八倍の兵力差を覆して、イチヤは、チサトまで辿り着かなければならない。
※次回更新は9/12を予定しています




