第七十一話① 頼りにされない英雄(前編)
サウスウェスト軍を撃退し、モティボを守った。このことにより、イチヤとハイド、プリメラは、英雄のように扱われた。
モティボの軍をまとめているのは、男爵家出自の将軍。その傘下に、三人の千人長。彼等は、イチヤ達のことを詳しく訊いてきた。どこの出身なのか。どこかで兵役に就いていたのか。どこでそんな力を身につけたのか。
イチヤはイニシオ村から逃亡した後、こまめに髪を染めている。ダークブラウン。この世界に、毛染めという文化はない。そのため、出自を偽るのは簡単だった。
イチヤはノーチェと名乗り、プリメラの幼馴染みのドワーフだと自己紹介をした。イニシオ村の出身で、フロンティアで兵役についていた、と。
ハイド――ハイディアは、各地を放浪している魔術師だと名乗った。戦争が激化したため、国を守るためにフロンティアで兵役に就いた、と。
加えて、メディオ侯爵領に来た理由をこのように語った。
フロンティアの兵役に参加したものの、圧倒的な能力を現地の将軍や千人長に僻まれ、冷遇された。さらに、手配されているイチヤと親しかったため、冷遇は迫害へと変わった。迫害は、進軍にも大きく影響した。フロンテーラの戦いでは、味方の兵士達が早々に逃走し、敗戦を招いた。フロンテーラでの敗因はイチヤではなく、僻みに狂った者達が原因だ。迫害されている場で戦い続けることなど、できるはずがない。だから、この地に逃亡してきた。
イチヤ達がフロンテーラの戦いに参加していたのは事実だ。理由は違えど、冷遇されたのも本当だ。
事実を織り交ぜて上手く話したことで、イチヤ達の話は、簡単に信じてもらえた。嘘だと証言できるフロンティアの兵も、今はいない。サウスウェスト軍に敗れた際に、ほぼ全員殺されただろう。
さらに、イチヤ達の話を裏付ける根拠があった。イニシオ村の住人数名が、このモティボまで逃亡していたのだ。その中には、プリメラの両親もいた。彼女達の再会がプリメラの出自を証明した。
イチヤは、プリメラの両親に会わなかった。彼等は、イチヤの正体を知っている。髪を染めているといっても、イチヤ本人だと気付く可能性が高い。
「国家の城壁」たるフロンティアが陥落し、サウスウェスト軍がシウダッドミリタールまで進軍している。現在のノースは、かつてないほどの危機的状況に陥っている。そのため、ノース軍は、少しでも強力な戦力を求めていた。
イチヤ達が歓迎される状況は、完全に揃っていた。
通常であれば――戦争の小康状態が続いたこの五十年ほどは、一般兵が出世する機会は限られていた。千人長にまでなり、多くの兵を率いるためには、本人の力量に加え積み重ねた実績が必要なのだから。
しかし、敗戦が続き、多くの軍の長が殺された今。
出自の証明ができれば――敵国の人間ではない証明ができれば――、実力次第で瞬く間に出世できる。
イチヤもハイドも、モティボの軍に招かれた。プリメラも、先日の戦いには直接参加しなかったものの、魔術の腕を見込まれてそれなりの待遇が約束された。
モティボを攻めていたサウスウェスト軍を撃退してから、わずか十七日後。その夜。
イチヤとハイド、プリメラは、モティボでの軍事会議に参加していた。
イチヤとハイドに与えられた地位は、千人長。プリメラには、イチヤとハイドの補佐という立場が与えられている。
モティボの人口は概ね三〇〇〇人ほど。敷地面積は村より広く、貨幣での取り引きも行き渡っている。自給自足で生計を立てる者と物品販売で生計を立てる者の割合は、概ね半々。
ノース国内で村に常駐する兵の数は、平均で二十~三十名程度。町に常駐する兵の数は、二〇〇人前後。
二〇〇人もの常駐兵がいるのだから、町には、サウスウェストの村で見たような兵の宿舎がある。
軍事会議は、宿舎の中で行われていた。
モティボの宿舎は、サウスウェストの村で見た宿舎よりも生活に適した造りになっていた。二階建てで、十人ほどが寝泊まりできる部屋が二十二室。さらに、会議用の部屋もある。
テーブルの上に広げられた、手書きの地図。燭台の上で灯る炎が、周囲を照らしている。
テーブルを囲んでいるのは、イチヤとハイド、二人の補佐役のプリメラ。一人の将軍に、三人の千人長。三人の百人長。
計十人が集まった部屋で、千人長の一人が状況の説明をした。
「シウダッドミリタール周辺の町や村は、ほぼ完全に、サウスウェスト軍に墜とされています。もう、無事と言える住人は、全体の半分もいないでしょう」
長期に亘る進軍で、最初に問題となるのは食料だ。敵国に、自分達の食料が用意されているはずがない。必然的に、自らの地で食べ物を用意できる「守る側」が優位になる傾向がある。
では、攻める側はどうするか。大都市周辺の町や村を、最初に墜とす。占拠し、食料を得て、同時に休息も取る。その後、目的である大都市の陥落に取りかかる。
サウスウェスト軍もノース軍も、敵国の村で、住人に非道の限りを尽くしていた。とはいえ、そこにいる住人を殺すのは、口減らしにもなるのだ。町や村にある食料も、無限ではないのだから。
「今、シウダッドミリタールに使いを出しています。現在生き残っている兵力や戦況などの、状況を把握するために」
周辺の町や村を占拠したのなら、サウスウェスト軍の兵糧は、しばらくは尽きないだろう。シウダッドミリタールの軍が籠城したとしても、形勢は不利だと言える。敵軍にチサトがいるなら、なおさら。
千人長の話を聞いて、イチヤが手を上げた。
「よろしいでしょうか?」
「どうぞ、ノーチェ殿」
偽名で呼ばれることにも、イチヤは慣れてきていた。ハイドの気持ちが少しだけ分かる。もっとも、イチヤに女装は不可能だが。
「シウダッドミリタールの状況を確認中とのことですが、推定でもいいので、いくつか教えて下さい」
「どのようなことを?」
「シウダッドミリタールで生き残っている兵は、どれくらいなんでしょうか? 敵軍の兵力は?」
「現在確認中なので、明言は難しいです。が、前回使いに出した者の報告と、それから二十日ほど経っていることを踏まえると……シウダッドミリタールを守る兵力は一万以下です。対して、サウスウェスト軍は、二万はいるかと」
「二万ですか……」
イチヤは口元に手を当てた。
「以前、俺達がフロンテーラを攻めたときは、敵の兵力は一万五千ほどでした。それ以上の兵力を侵攻に注いでいると?」
「はい。シュウ様が侵攻に失敗し、サウスウェスト軍は逆に攻めてきました。ですが、その時は、国内防衛を重視して今回ほどの兵力は注いでこなかった」
「今回は、守りよりも攻めを重要視しているということですか?」
「おそらく」
「そうですか」
シウダッドミリタールの兵力は、サウスウェストの約半分。
――シウダッドミリタールを守るために、セントロやレアルカピタルに援軍を要請することはできないのか?
考えて、イチヤは即座に回答を出した。ほぼ確実に不可能だ。敵には召喚者がいて、ノース側には召喚者がいないと思われている。この状況で、自分達の領土の守りを手薄にしてまで、兵を貸してくれるとは思えない。
兵力で劣る状況で、チサトと戦うことになる。
チサト――青野千里。
彼女と戦うことを考えると、イチヤの体がかすかに震え出した。
先日の戦いで、イチヤは、自分の成長を実感できた。以前よりも遙かに強くなっている。チサトに何もできなかったときは違う。
それでも。
体に刻まれた記憶が、イチヤを怯えさせていた。チサトに貶められた記憶と、何もできずに敗れた記憶。




