第七十話① 成果(前編)
モティボの戦いに参加する前、ハイドに指示された。
「軍に近付く人がいたら、必ず、一定数の兵士が確認しに来るから。俺がそいつらを片付けたら、開戦の合図。合図をしたら、イチヤは敵軍に攻め込んで」
ハイドが、周囲に群がってきた兵士達を切り刻んだ。
その直後、イチヤは、サウスウェスト軍に向って馬を走らせた。
敵軍から、歩兵や騎兵などの前衛がイチヤに向ってくる。数は、概ね一五〇〇~二〇〇〇といったところか。後衛からの魔術も警戒する必要がある。
イチヤは以前、五〇〇〇もの軍に対し一騎駆けをしたことがある。この世界に来て半年ほどの頃。国境沿いで、フロンティアの防衛をしたときだ。
相手にする数は、あのときよりも遙かに少ない。とはいえ、状況はまるで違う。
防衛戦のときは、デルパイース川を挟んでいた。川から上がってくる兵を斬り捨てればよかった。
しかし、今回は、敵兵を足止めする川はない。一気にイチヤを取り囲むことができる。大勢の武器がイチヤに突き付けられる。さらに、歩兵と騎兵が混在しているから、敵の攻撃がより多角的になっている。
ハイドの指示により、プリメラが、モティボにいるノース軍に援護の依頼をするはずだ。だが、ノース軍が、イチヤ達を味方だと信じるとは限らない。援護が遅れる、あるいは援護がない可能性もある。その場合は、イチヤとハイドの二人だけで、三〇〇〇もの軍を相手にすることになる。
イチヤは召喚者だ。戦士型の召喚者。この世界の人間とは比べものにならない能力がある。ハイドは、イチヤよりも遙かに上の能力がある。
とはいえ、より多くの兵力を注いで敵を潰すのが戦争の基本だ。ミサイルや爆弾などの兵器がないこの世界では、なおさら。
イチヤとハイドの二人で、どこまで戦えるのか。どこまで戦えば、モティボからの援軍がくるのか。
この戦いの要点を、イチヤはそう認識していた。
敵軍が、イチヤを囲むように向っている。当然ながら、歩兵よりも騎兵の方が足が速い。いち早く、イチヤの射程距離に入ってきた。まずは六人。槍を持った者が二人。剣を持った者が四人。
イチヤは素早く背中の剣を抜き、両手で構えた。鐙に足を引っ掛け、少し引く。馬の進行速度を落とす。敵を迎え撃つ体勢になった。
敵兵の槍が、イチヤに向ってくる。左右斜め前から、一人ずつ。
右側にいる敵の方が、やや速い。
敵の動きを、召喚者故の動体視力で見切る。イチヤの体が自然に動いた。コンパクトな剣の振りで、槍の柄を斬り落とす。同じ要領で、一瞬後に突き出された左側の槍も、柄を斬り落とした。左右にいる兵の槍は、先端を斬り落とされて、ただの棒になった。
剣を持った四人が、イチヤに迫ってきた。
全員の動きが、はっきりと見える。もっとも、漫画とは違い、スローに見えるわけではない。ただ明確に見えるだけだ。
明確に見えるから、正確に対応できる。イチヤの剣が届く位置に六人。横薙ぎに剣を振れば、全員を一気に斬り殺せる。
判断と同時に体が動いた。反射に近い動きだった。左から右に、剣を横一線。
最初に、左側の兵の胸に、剣が切れ込む。バターを斬るように滑らかに、剣が通る。左側の兵を通り過ぎた剣は、その隣りの兵にも切れ込みを入れる。簡単に通り過ぎ、さらに隣の兵へ。
滑らかに通った剣にも、手応えはある。人間を斬ったとは思えない、柔らかい感触。胸骨すら斬ったはずなのに。
六人の胸から上が、胴体から離れた。彼等は武器を持ったまま、地面に落ちた。馬に乗ったままの胴体が、血を撒き散らしていた。人間に制御されなくなった馬は、人間だった肉塊の血を撒き散らしながら、イチヤの横を通り過ぎていった。
敵兵は止まらない。次々と襲いかかってくる。
剣や槍、あるいは斧が、イチヤに向って振られてくる。
敵の攻撃に対し、イチヤの体は、以前よりもはるかに丁寧に反応した。
以前は、敵の武器を力任せに弾いていた。今は、敵の武器の角度を見切り、剣で触れて受け流している。強引に弾いていないから、無駄な力を使わない。無駄な力を使わないから、防御から攻撃への間が短くなる。無駄な力を使わないから、スタミナの消費も少ない。
次々と敵を斬り捨てる。そこら中に舞い散る血飛沫。血を浴びながら、向ってくる敵兵をさらに斬り捨てる。
スタミナの消費が少ないから、落ち着いていられる。無駄な動きがなく体幹を保っていられるから、周囲の動きがよく見える。視野を広く保てる。
最初は前方だけにいた敵が、いつの間にか、後方からも襲ってくるようになった。
騎兵の間を縫って、歩兵も攻め込んでいた。イチヤの下の方に回り込み、剣や槍を突き出してくる。だが、完全に見えている。
前後左右に加えて下方からも突き出される攻撃を、イチヤは正確に防いだ。各兵には、必ず速度の差がある。わずかでも速い方を瞬時に認識し、条件反射で的確に攻撃を受け流し、相手の攻撃の合間を縫って剣を振る。
以前の――フロンテーラに侵攻した頃のイチヤなら、確実に、手傷の一つや二つは負っているであろう状況。もしかしたら、大きな負傷をしていたかも知れない。
フロンテーラでの敗戦後。イチヤは、防御動作の動きを、正確性を意識しながら何千何万と繰り返した。防御から攻撃に移る動作を、数え切れないほど反復した。ハイドと行動するようになってから、より実戦に近い訓練ができるようになった。
延々と繰り返した訓練の成果を、イチヤは、明確に感じていた。
スタミナが切れない。息切れもほとんどない。余裕を持って敵と対峙できる。油断ではない余裕が、イチヤの中に生まれていた。余裕があるから、視野をより広く持つことができた。
昼間なのに、この周辺だけ少し暗くなってきた。サウスウェスト軍がいる上空にだけ、厚い雲が張っていた。積乱雲だ。
こんなに狭い範囲で積乱雲ができる現象など、イチヤは聞いたことがない。この世界特有の自然現象だろうか。
敵軍後衛から、怒声が聞こえた。直後、無数の魔術が、こちらに向って飛んでいた。敵軍の指揮を執る者が、劣勢を察して焦り始めたのだろう。こんな混戦状態のところに、魔術を放つ指示を出した。
敵は大多数。こちらはイチヤ一人。そんなところに魔術を打ち込んだらどうなるか。答えは、火を見るより明らかだ。
敵軍後衛が放った魔術は、敵軍前衛の兵に次々と命中した。氷の刃が突き刺さり、落馬する者。岩が脳天に叩き落とされ、頭蓋骨をひしゃげさせて崩れ落ちる者。火球を食らって馬ごと火だるまになる者。
イチヤの周囲は地獄絵図と化した。




