第六十九話 色香を駆使した戦闘開始
ガルダール・メディオ侯爵領内の町、モティボ。
その前方に、サウスウェスト軍が集まっていた。戦士型の部隊が前衛。後衛として魔術師型の部隊。兵糧を運ぶ馬車は、後衛の部隊のさらに後ろにいる。
モティボのノース軍と、サウスウェスト軍が向かい合っている。両軍の距離は、概ね五〇〇~六〇〇メートルほど。緊張状態にある両軍。もっとも、サウスウェスト側には余裕が見て取れるが。
そんな両軍の中間あたり。
イチヤの馬の後ろに乗せてもらって、ハイドはここまで来た。すぐ近くには、馬に乗っているプリメラ。自分の馬は、途中で木に繋ぎ止めてきた。
「この辺でいいよ、イチヤ。一旦降ろして」
「分かった」
両軍に挟まれた場所で、ハイドは馬から降りた。
「じゃあ、後はよろしく」
イチヤとプリメラに伝えると、彼等は小さく頷いた。
イチヤとプリメラを背に、ハイドは、サウスウェスト軍に向って歩いた。わざと、少しおぼつかない足取りで。怯えている様子が見て取れるように。
ハイドからサウスウェスト軍までは、現時点で約二〇〇メートル。
サウスウェスト軍の前衛が、動きを見せ始めた。何名かが馬に乗り、こちらに向ってきた。
土埃を立てて走り、サウスウェストの兵士達は、瞬く間にハイドのところまで辿り着いた。全員が男だ。人数は、概ね二十名ほどか。
男達がハイドを取り囲んだ。こちらの顔を見ると、一気に色めきだった。
彼等の考えが手に取るようにわかり、ハイドは鼻で笑いたくなった。目一杯の演技で真顔を保ったが。
「おい、女」
兵の一人が、馬の上からハイドに訊いてきた。
「どこから来た? 我々に何の用だ?」
笑いを堪え、ハイドは、胸の前で両手を組み合わせた。無音で、水の魔術を展開する。自分の目元周辺に、ごくわずかに。涙を浮かべているように見せるために。声帯を絞り、声色を変える。ハイディアの声。
「……お願いするために、モティボから来ました」
「お願い?」
「もう、こんなことはやめてください。せめて、町の人達が逃げる時間をください。みんな、怖がってるんです。私の両親も、妹達も怯えてて。でも、こんな状況だから、逃げ出しても途中で殺されるんじゃないか、って。だから、せめて私達を逃がして下さい」
馬の上の兵士達を見上げ、ハイドは、一筋の涙を流して見せた。もっとも、流したのは、涙ではなくただの水なのだが。
途端に、兵士達がニヤニヤと笑みを浮かべた。下劣な笑い。彼等は馬から降り、ハイドを取り囲んだ。
男の一人がハイドの顎に触れ、自分の方に顔を向かせた。
「じゃあ、お前が俺達の足止めをしてみろよ。俺達の部隊は、八割が男だ。ってことは、お前の努力次第で、八割は足止めできるんだ」
「……どういうことですか?」
「俺達にご奉仕するんだよ、ご奉仕」
「ご奉仕、って……?」
「分かるだろ? 俺達を天国に連れて行ってくれよ。女が男を天国に連れて行く方法、分かるだろ?」
ハイドは、目の前の兵士から視線を逸らした。わざとらしく目を閉じる。水の魔術をコントロールし、目を閉じた途端に、涙のように溢れさせた。
「……分かりました」
手を震えさせる。カタカタと怯えた様子の手で、男の股間に触れる。
「……こう……ですよね……」
「そうだよ。この後で、もっと気持ちいいことしてもらうけどな」
「気持ちいいことって、こうですか?」
言いつつ、ハイドは男の股間を握った。まったく手加減せずに。果物を潰すように。グチャッと、気持ち悪い感触が手に伝わってきた。
「――――!?」
途端に、男は息を詰まらせた。あまりの痛みで声が出せないようだ。醜く顔を歪ませ、股間を押さえ、その場に蹲った。
周囲の兵士達は、わけが分からない、という顔になっている。男が苦痛で蹲ったのか、あるいは快楽で蹲ったのか、判断がつかないのだろう。
ハイドは魔術を展開した。風の魔術。ハイドの魔術の展開速度は、人間の魔術師とは比べものにならない。戦士型が剣を振るより早く、魔術を放つことができる。
周囲が、無数のかまいたちに包まれた。股間を押さえて蹲った男を除いて、周囲の兵士が切り刻まれた。細切れ。ドサドサと地に落ちる、肉の塊。飛散る血。ビチャビチャという水音。
「は……え……?」
ハイドの足元で、急所を潰された男が声を漏らした。痛みで体を震わせながら、周囲に転がる死体を凝視している。彼の顔に驚きはあるものの、恐怖は感じられない。目の前の状況が理解できないのだろう。
ハイドはしゃがみ込み、蹲る男と目を合せた。
「天国に行きたいんですよね?」
ハイディアの声で伝える。綺麗な女性の声で話してあげるのは、せめてもの情けだ。
「連れて行ってあげますよ、天国に」
優しく微笑みかける。
「ただし、もう二度と、この世には戻れませんけど」
「あふんっ……」
吐息のような声が、男の口から漏れた。彼の脳天を、氷柱が貫いた。ハイドが、水の魔術で作った氷柱。
こちらに来た兵士達が血の海に沈んだのを見て、サウスウェストの軍勢がザワつき始めた。騎兵は馬に乗り、歩兵は剣や槍を手にし、こちらに向ってくる。後衛の魔術師達も、魔術を展開し始めた。対応が早いのは、よく訓練されている証拠だ。
サウスウェスト軍が動き始めた直後。
ハイドの横を、一頭の馬が通り過ぎた。イチヤが乗った馬。単騎で、サウスウェスト軍に向ってゆく。
ハイドは複数の魔術を展開した。両手で別々の魔術を使うことは、多々ある。人間にはなかなか難しいらしいが。それよりも、さらに高難易度な魔術の使い分けを行う。
右手の人差し指で水の魔術。中指で風の魔術。この二つで、サウスウェスト軍の上空に積乱雲を作り出す。左手の人差し指で風の魔術。中指で火の魔術。この二つで、イチヤのフォローを行う。魔術を練りながら、サウスウェスト軍の方へと歩く。
モティボ側を見ると、プリメラが、ノースの軍勢に向っていた。
イチヤとハイドがサウスウェスト軍を攻める。プリメラは、イチヤやハイドの動きを根拠に、「自分達は味方だ」とノース軍に主張する。その上で、援護を依頼する。
ハイドがイチヤ達に伝えた戦略。この調子なら、問題なく上手くいくだろう。
――まあ、でも。
ハイドが出した戦略には、ひとつ、不必要なことがある。
ハイドと今のイチヤがいれば、三〇〇〇くらいの兵は、ノース軍の援護が来る前に全滅させられる。
※次回更新は9/8を予定しています




