第六十八話① ずっと続いていた再会(前編)
イチヤ達は馬を購入し、セントロを出発した。
それから五日後。
太陽が真上にある昼間。
イチヤとハイド、プリメラは、メディオ侯爵領に入った。
サウスウェスト軍は、この領土内の都市――シウダッドミリタールへ侵攻しようとしている。現在は、おそらく、シウダッドミリタール攻略の基盤をつくるため、領土内の町や村を占拠しているのだろう。
この世界の「町」と「村」の違いについて、イチヤは詳しく知らなかった。道中でハイドに訊いたところ、単純に規模の違いだという。とはいえ、明確な境界線はないようだ。ただ、町は村より人口が多く、発展しているという。
ただし「都市」は、町や村とは明確に一線が引かれている。領土を治める公爵や侯爵、伯爵の邸宅が存在し、城壁に囲まれている。
もっとも、二〇〇年以上前までは、城壁がない都市も多々あったそうだ。二〇〇年前に戦争が始まってから、敵の侵入を防ぐために城壁が建てられた。百年ほど前には、国境となるデルパイース川沿いに、一定間隔で待機所が建てられた。
こうして三国は、徐々に戦争に対応していき、対応したが故に小康状態になったそうだ。もっとも、その小康状態も、シュウの――五味のせいで打ち破られてしまったのだが。
大きく動き出した戦争。現在、サウスウェスト軍の標的になっている都市、シウダッドミリタール。
シウダッドミリタールを含むメディオ侯爵領には、所々に大きな勾配がある。山というには低めの勾配。盆地が複数ある地形。
山道を抜けたイチヤ達は、勾配の頂上に当たる地点で、下にある町を見下ろしていた。
軍勢と軍勢が五〇〇メートルほどの距離を置き、互いに向かい合っている。一方の軍は町を背にしており、もう一方の軍は町に攻め込む位置にいる。その中間には、戦いで殺されたと思われる人や馬が多数転がっていた。かなり距離があるので、人や馬の死体が虫くらいの大きさに見える。
状況から、今は、両軍とも引いている状態なのだと分かる。これからどちらかの軍が仕掛け、また戦いが始まるのだ。
軍の規模は、町を背にしている方が二〇〇〇に満たない程度。もう一方が三〇〇〇ほどか。
イチヤは町を指差した。
「ハイド、あそこは?」
「あそこはモティボだね。メディオ侯爵領の端にある町だ」
ハイドは革製の水筒の蓋を開け、水を一口飲んだ。
「周囲の町や村を攻め込みつつ、都市を落とす基盤を作る。まあ、この世界での、戦争の基本だよ。イチヤの世界ではどうなの?」
「さあ? 俺達の時代は、この世界の魔術よりも強力な武器があったからな。さらに、空を飛ぶ道具もあった。だから、敵国の中心部に、いきなり爆弾――武器を叩き込む、なんてこともあった。そんな道具がない時代は、少しずつ相手の国に進軍してたみたいだけど」
「空飛ぶ道具に武器、ですか?」
「ああ」
プリメラのオウム返しに、イチヤは頷いた。
「空飛ぶ道具で一気に攻め込んで、魔術よりも強力な遠距離攻撃の武器を叩き込むんだ」
「それって、何もできない人達も巻き込まれるんじゃ……」
「そうだな。この世界と違うのは、いきなり殺されるか、攻め込んできた敵兵に蹂躙されるか。どっちにしても、攻め込まれた場所に住んでいる人達に被害が出る」
プリメラが苦い顔を見せた。イニシオ村が侵略されたときのことを思い出しているのだろう。
水を飲んだハイドは、水筒の蓋を閉め、状況の分析をした。
「シウダッドミリタールにサウスウェスト軍が進軍を始めた、っていう情報がセントロに入ってから、それなりに時間が経ってる。情報が入ってくるまでのタイムラグを考えると、サウスウェスト軍の行動は、少し遅いね」
「そうなのか?」
「うん。サウスウェスト軍の兵士にも、疲れが出てるんだと思う」
「疲れ?」
「そう。五十年も小康状態が続いたから、戦いに関する知識が薄れてる。そのせいで、サウスウェスト軍は、戦いのペース配分が分からないんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
「人間ってのは、そんなに長く集中力が続くものじゃない。シュウがサウスウェストに進軍して、敗戦の末に死んだ。その後すぐに、サウスウェストはノースに攻め込んできた。そうかと思えば、イチヤがサウスウェストに攻め込んだ。で、今は、またサウスウェストが攻め込んでる。つまり、もう一年以上も、休むことなく戦い続けてるんだ」
「ああ」
「本来なら、せめてフロンティアを陥落させた時点で、サウスウェスト軍は休養を取るべきだった。じゃないと、兵士には、肉体的にも精神的にも疲労が溜まる。神経を張り詰めた状態がそれほど長く続かない感覚、分かるかな?」
言われて、イチヤは少し考え込んだ。そういえば、と思い出した。元の世界で読んだ、アスリートのトレーニング学の本を。
試合を控えたアスリートは、練習の密度を一気に上げる。そうして、試合に勝てる体と精神を作る。試合が終わると休養を取る。練習再開時は、試合前とは異なるメニューを組む。
人間のコンディションには波がある。フィジカルの面においても、メンタルの面においても。そして、高い波を継続することは不可能だ。無理に高い状態を維持しようとすると、必ず綻びが出る。たとえ、どんなに優秀な選手であっても。
「そういうことか」
ハイドの言ったことが、なんとなく理解できた。
「そういうことだよ」
ハイドは、町と軍勢に目をやった。
「だから、敵国を攻め込む際は、時間をかけてじっくりと、徐々に蝕んでいく方法が正しいんだ。それこそ、不治の病が、人の体を少しずつ壊していくように」
ハイドが病を例に出すと、プリメラが少し嫌な顔をした。
彼女の様子に気付いて、ハイドは口元を押さえた。
「ごめん。不謹慎だったね。謝るよ。プリメラにも、クレアにも」
「あと、エフィメラさんとかデシーディダ様とか、ウィディアン様にもです」
「そうだね」
プリメラの機嫌が治ったようだ。彼女の表情が、どこか呆れたような、子供の悪戯を見た親のような顔になった。
クレアの話が出てきて。
イチヤの頭に、ふと、疑問がよぎった。
クレアが罹ったフェイタル病は、この世界では不治の病だ。魔術は効かず、この世界で一般的な治療法である薬草や瀉血も効かない。フェイタル病に罹る人自体が少ないから、研究も進まない。
では、魔術ではなく魔法ではどうなのか。
「なあ、ハイド。今さらかも知れないけど、一つ、訊いてもいいか?」
「何?」
「フェイタル病って、魔法では治せないのか? 以前に言ってたよな? 魔術は自然にあるものを使って物理作用を起こす。魔法は、自然にないものから物理作用を起こす、って。魔法なら、もしかしたら、フェイタル病を治せたんじゃないのか?」
また、プリメラの表情が変わった。彼女にとって、クレアの存在は大きいのだろう。安らかな最後を迎えた人。でも、できることなら助けたかった人。




