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第六十七話② 告白し克服すべき過去(後編)


「いいよ。少し恥ずかしいけど、全部話す」

「恥ずかしい?」

「ああ。自分の色恋沙汰なんて、恥ずかしいだろ?」


 苦笑を崩さないまま、ハイドは、一二〇年ほど前のことを語り始めた。


 戦争が始まってから八十年ほど、ハイドは、吸血以外の目的では人里に近寄らなかった。森の中で、一人で生きていた。


 ところが、ある日、森の中で一人の少女に出会った。フィルスタという、当時十五歳のエルフ。


 人と関わらないように生きてきたハイドだったが、フィルスタとだけは親しくした。


 ハイドはフィルスタを好きになった。

 フィルスタもハイドと同じ気持ちだった。


 けれど、ハイドは吸血鬼だ。人間よりも遙かに永い時間を、姿形を変えないまま生きることになる。フィルスタが歳を取り、この世から去っても、変わらない姿のまま生き続けることになる。


 フィルスタに告白され、ハイドは迷った。彼女と共に生きるべきか。それとも、彼女の前から去るべきか。


 悩んだ末に、ハイドは、フィルスタと共に生きる道を選んだ。彼女が中年となり、老婆となっても、彼女が亡くなるまで傍にいよう、と。


 けれど、フィルスタは死んだ。殺された。戦争によって。攻め込んできたサウスイーストの軍によって。


 ハイドの話を聞いて。

 イチヤの脳裏に浮かんだのは、彼の歌だった。


 ハイドの歌には、エルフの少女が登場する曲が多い。中には、吸血鬼の少年とエルフの少女が登場する曲もある。イチヤが初めて聴いた曲もそうだった。フロンティアの大通りで、初めて聴いたハイドの歌。


 あの歌詞は、曲に乗せた物語ではなかった。


 ハイドは、歌に乗せて、大切な人を偲んでいたのだ。叶わなかった、過去の想い。覚悟していたよりも遙かに早く亡くしてしまった、恋人と呼べる女性。


 昔のことを語る間も、ハイドは苦笑を崩さなかった。


「好きな女の子を守れなかったんだよ、俺は」


 その顔には、明らかな自虐も混じっていた。


 ハイドの話を聞いて、イチヤは理解した。どうして彼が、クレアのために時間を使ったのか。


 クレアはエルフだった。中年のエルフ。


 ハイドはきっと、フィルスタとともにあったはずの未来を夢見たのだ。少女だった彼女が大人になり、さらに中年になっても。彼女と手を取り合っていたかったのだ。


 中年になったフィルスタの手を握れなかったから、クレアに手を差し出したかった。


 プリメラは、ハイドをじっと見つめていた。唇を、キュッと一文字に結んでいた。


「悪かったね、イチヤ」


 再度、ハイドは謝罪してきた。


「焦ってたのは、完全に私怨だよ。クレアを見て、フィルはクレアの歳まで生きられなかったって考えて。だから、苛ついたし、仇を討ちたかった」

「いや。俺も悪かった」


 イチヤは、プリメラとハイドを交互に見た。この二人の境遇が、どこか似ていた。戦争で大切な人を亡くした。それが戦う理由。互いに、自分の無力を悔いている。助けられなかった過去を抱えている。


 ハイドは本音で話してくれた。それなら、自分も本心を話すべきだ。イチヤは、水が垂れてくる顔を手で拭った。


「ハイドの事情が私怨だって言うなら、俺の事情は、目の前にあるハードルなんだよ」

「?」


 ハイドとプリメラが、揃って不思議そうな顔になった。


 彼等の疑問に答えるように、イチヤは、元の世界での自分を語った。ノースの前召喚者もサウスウェストの召喚者も、元の世界での知り合いだったこと。彼等に貶められ、高校での三年間、地獄のような生活をしたこと。彼等に貶められたことが原因で、女性を抱けなくなったこと。それほど、五味や青野――シュウやチサトにつけられた傷は大きいこと。


 傷が大きいから、恐怖も大きい。フロンテーラの戦いで敗れたことにより、チサトへの恐怖は、イチヤの中でさらに大きくなった。


「さっきも言った通り、俺は、確かに自分の成長を感じてる。ハイドに協力してもらって、才能がなくても強くなれるって確信してる」


 濡れた手で、イチヤは拳を握った。グシュッと、水音が鳴った。


「でも、まるで勝てる気がしないんだ。恐いんだよ、青野――チサトが」


 頭の中で、過去のことを思い浮かべる。五味と青野に貶められ、嘲笑われたこと。学校中の笑い者になったこと。後ろ指を指され、蔑まれたこと。大学に進学してようやく地元から逃げられたのに、初めてできた恋人の前で、自分の傷の深さを実感したこと。


 ずっと聞こえてくる、五味と青野の笑い声。

 あるはずのない蔑みの視線が、自分に向けられている気がする。

 高校一年のあの日から、ずっと、ずっと。


 この世界に来て、変われたと思ったのに。

 それでも青野に――チサトに、殺されかけた。


 握ったままの、イチヤの拳。チサトのことを思い出すと、それだけで、ブルブルと震えてきた。震える拳を、ハイドとプリメラの前に差し出す。


「見ろよ。チサトのことを思い出すだけで、このザマだ」


 ハイドとプリメラの視線が、イチヤの拳に注がれている。イチヤの心が、二人の前に晒されている。


「何をしても、どれだけ自分の成長を感じても、恐いんだ。体がすくむし、夢にまで出てくる」


 元の世界にいた頃、イチヤは乱読家だった。親に虐げられて育った子や、過去にいじめられていた子の心理の本を読んだこともある。どんなに成長し、どんなに力が強くなっても、虐げられた者は、自分を虐げた者を恐いと思ってしまう。実際の力関係が逆転しても、体がすくみ、恐怖で身動きができなくなる。


 今のイチヤは、それと同じだ。


 イチヤは、自分の心理状態を理解していた。だからこそ、壁を越える必要があると判断した。


「想定だと、皇帝の強さはハイドと同じくらいなんだろ?」


 ハイドは頷いた。


「もちろんただの想定で、俺以上かも知れないし、俺以下かも知れない。分かるのは、皇帝が吸血鬼を危険視してたことだけだ。つまり、俺には、皇帝を脅かすだけの力があるだろう、って」

「そんな奴を殺そうっていうんだ。しかも、俺は、皇帝に接近して戦う立場だ」


 戦士型であるイチヤは、魔術師のように遠距離での攻撃はできない。自分より遙かに強いであろう相手と、目と鼻の先で向き合い、戦うことになる。


「恐怖は体をすくませる。震えさせる。自分の動きを――強さを抑え込む」

「だからチサトと戦うってこと? 恐怖を抑え込める自分になりたいから」

「そうだ」


 先ほどとは別の意味で、イチヤとハイドは見合った。


 イチヤの頭の中で、思い浮かべたチサトが薄れてゆく。チサトの姿が薄れてゆくと、震えも治まってゆく。


 イチヤの目の前で、ハイドは、少しだけ目を閉じた。一秒くらいか。再び目を開けると、彼はプリメラの方を向いた。


「プリメラ」

「はい」

「プリメラは、実戦経験がある? 戦場とか――実際の殺し合いの場で」


 プリメラは首を横に振った。


「いえ。あえて言うなら、ハイドさんと戦ったのが初めてです」

「分かった」


 ハイドは再び、イチヤに視線を向けてきた。


「イチヤ」

「何だ?」

「今晩一晩寝たら、明日の朝からシウダッドミリタールに向う。プリメラにも、ある程度実戦経験を積ませたいからね」

「……」


 無言で、イチヤは頷いた。

 ハイドが続ける。


「といっても、いきなりシウダッドミリタールに行くわけじゃない。まずは周囲の状況を確認するよ。占拠された村の確認もしたい。戦況を探らないとならないからね。で、サウスウェストに占拠された町とか村を解放する。そうすることで、シウダッドミリタールの軍を味方にできるかも知れないから」

「いいけど、大丈夫か? 俺は反逆者扱いになってるんだぞ。一応、変装してるし偽名も名乗ってるけど」


 イチヤは相変わらず、髪の毛を茶色に染めている。


「ハイドには簡単に変装を見破られたし」

「大丈夫だよ」


 この点に関し、ハイドは楽観的だった。


「髪の毛を染めるって習慣が、こっちの世界の人間にはないからね。髪の毛の色は、種族としてのアイデンティティーみたいなものだから。偽名を名乗っていれば、イチヤがイチヤだってバレる可能性は、ほとんどゼロだ」

「そうか」

「まあ、状況によって経緯は変わるけど、最終的にやることは決まってる。サウスウェスト軍の撃退。ただし、イチヤがチサトと戦うときに、俺は手を貸さない。イチヤが殺されそうになっても、だ。あの程度に負けるようなら、俺はイチヤを切り捨てる」

「ちょっと! ハイドさん!」


 ハイドの言葉に、プリメラが批難の声を上げた。


「いや、プリメラ。それでいいんだ」


 イチヤはプリメラを宥めた。


「今回の目的は、サウスウェスト軍を撤退させることでもある。でも、俺にとっては、チサトを乗り越えるための戦いでもあるんだ。むしろ、手を貸されたら困る」

「……まあ、イチヤさんがそう言うなら……」


 イチヤの言い分は、プリメラも理解しているだろう。どこか納得いかないようではあるが。


「じゃあ決まりだ。明日はできるだけ早く出たいから、今日はもう寝るよ。ただ――」


 言いつつ、ハイドは魔術を展開した。風の魔術。緩い風が部屋の中に満ちてゆく。しかも温風。


「――体とか床が濡れっぱなしだとよくないから、乾かすよ」


 元の世界の、ドライヤーのような魔術。以前、サウスウェストに攻め込んだときに、ハイディアがイチヤに掛けてくれた魔術だ。火の魔術と風の魔術を織り交ぜたもの。


 ――そういえば……。

 

 フロンテーラでの戦いでハイディアがどうなったのか、イチヤは知らない。彼女はどうしているのだろうか。生きているのだろうか。もっとも、彼女ほどの魔術師が、そう簡単に死ぬとは思えない。彼女の魔術の腕は、それこそハイド並だ。


 ハイドの魔術を目にして、プリメラが驚いた顔をしていた。どうやら、二つの魔術を同時に使い、混合させるというのは、かなりの高等技術らしい。


 プリメラの驚く様子を見て、イチヤは少しだけ笑ってしまった。こんな魔術を使える人が、この世界には、少なくともあと一人いるんだ。そう、彼女に教えたくなった。


※次回更新は9/4を予定しています

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― 新着の感想 ―
いよいよ決戦ですか。 まだまだ乗り越えるハードルがいっぱいだけど、このハードルは独力で絶対超えなきゃハナシにならんですね(`・ω・´)
こうなってくると、ハイド=ハイディアとイチヤが気づくのがいつか気になるっ(笑) プリメラ強いですね。乗り越えて……彼女のこの先はどこへ続いてるのかなあ。 続き楽しみです!
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