第六十三話③ 利害の一致(後編)
血が気になるのか、ハイドは、今度は指をくわえた。綺麗な外見のせいか、彼の仕草をいちいち色っぽく感じてしまう。
先ほどまでハイドを恐れていたプリメラですら、彼の姿に見取れていた。指をくわえる仕草など、普通の男がやったら間抜けなだけなのに。
「ただしイケメンに限る」
日本での格言を思い出して、つい、イチヤは口に出してしまった。
「?」
「どういうこと?」
ハイドが訊いてきた。プリメラは首を傾げている。
「いや、何でもない。とりあえず続けてくれ」
「ん?……ああ」
不思議そうな顔をして口から指を離し、ハイドは続けた。
「皇帝を討つとき、俺は、できるだけ距離をおいて、魔術を中心に戦いたい。イチヤは戦士型だから、至近距離で戦ってもらう。皇帝を相手に、至近距離で戦えるだけの力をつけてもらう」
「俺が前方に出て戦うことで、ハイドが手傷を負う確率を下げる、ってことか」
「はっきり言えばそういうことだね。自分で言っててなんだけど、結構ひどい要求してるよね」
ハイドは苦笑していた。
「でも、イチヤも戦争を終わらせたいなら――皇帝を討ちたいなら、これしか手段がないって分かるよね?」
ハイドの言うことは正しい。もちろん、彼の話が全て的外れでないのなら。
「一つ、訊かせてくれ」
「何?」
「皇帝は魔法を使えて、異世界召喚みたいな規格外のことができる。でも、だからって、皇帝が強いとは限らないんじゃないか? あいつらが強いっていう確証は、どこから得たんだ?」
「簡単だよ。言っただろ? 吸血鬼の村は皇帝に滅ぼされたんだ。人間よりも遙かに能力の高い吸血鬼が二〇〇人もいたのに、たった三人の皇帝に」
「それを、目の前で見たのか?」
「いや」
ハイドは詳細を語ってくれた。吸血鬼の村が滅ぼされた当時、彼と彼の母親だけが生き残った。彼は、母親から、村が滅ぼされた経緯を聞かされたという。
「二〇〇人もの吸血鬼を、たった三人の魔術だけで滅ぼせるはずがない。皇帝は、近接戦闘もできるはずだ」
「なるほどな。じゃあ、別の質問だ。皇帝は、たった三人で二〇〇人もの吸血鬼を滅ぼした。そんな奴に、勝てる算段はあるのか? こっちは、吸血鬼が一人に、吸血鬼より弱い召喚者が一人だ」
「その点も計算してる。吸血鬼は、本来、穏やかで争いを好まない。戦闘訓練なんて誰もしていなかった。だから、たった三人の皇帝に滅ぼされた」
「ハイドは戦闘訓練も積んで、従来の吸血鬼とは比べものにならない力がある、ってことか?」
「そう。皇帝三人で吸血鬼二〇〇人を殺した。本当に単純計算だけど、一人当たり六十七人くらい殺している計算になる。戦闘訓練を一切積んでいない吸血鬼を」
「今のハイドには、それくらいの力があるってことか」
「そう。感覚的なものだけどね」
「……」
一度、イチヤは無言になった。
ハイドの申し出を断るつもりなど、イチヤにはない。
踏み躙られる人などいない世界にしたい、という目的がある。きっと、自分は、誰かを助けることで、過去の自分も助けたいのだ。地獄のような高校生活を過ごし、恋愛も結婚も諦めざるをえなかった自分を。
目的があるから、ハイドに従う。
けれど、その前にやるべきことがある。
「わかった。戦争を止めるために他に方法がないなら、協力する」
「ありがとう」
「でも、その前に一つ頼みたい」
「何?」
訊かれて、イチヤはプリメラを顎で指した。
「プリメラを、セントロか王都で、安定した生活ができるようにしてほしい。この子は、フロンティアの近くの村から来たんだ。正確には、俺を逃がすために村を捨ててくれたんだ」
「どういうこと?」
ハイドの質問に対し、イチヤは正直に答えた。お尋ね者になった自分を逃がすため、プリメラが手を貸してくれたこと。イニシオ村での出来事。村から逃げるとき、村人に対して、遠くに逃げるように伝えたこと。
「なるほどね。それでか」
「?」
「えっと、ね。フロンティアが陥落したのは知ってる?」
「……ああ」
戦争の情報は、セントロにも入ってくる。召喚者を連れたサウスウェスト軍が侵攻してきて、フロンティアを攻め落とした。今頃、フロンティア内は地獄のような光景になっているだろう。サウスウェスト軍による、殺戮と蹂躙の宴。
「サウスウェスト軍が周辺の村も占拠しようとしたとき、いくつかの村は、もう、もぬけの殻だったらしいよ。たぶん、攻め込まれる前に、どこかに逃げたんだろうね」
ハイドの話を聞いて、プリメラの顔に安堵の感情が浮かんだ。やはり、自分の両親のことが心配だったのだろう。
確かにイチヤは、イニシオ村から去るとき、村人に逃亡するように伝えた。とはいえ、聞き入れてもらえる可能性は低いと考えていた。自分は、国家に反逆したお尋ね者なのだから。
もしかしたら、と思う。
もしかして、イニシオ村の人達は、気付いていたのではないだろうか。プリメラが、イチヤを逃がすために芝居を打ったことを。それでもイチヤを見逃してくれた。村を守ったことに対し、恩義を感じてくれて。
「まあ、それはともかく」
ハイドは話を切り替えた。
「悪いけど、プリメラにも同行してもらいたい。まだまだ未熟もいいところだけど、魔術の素質は高いみたいだし。それに――」
傷のある指先で、ハイドは、トントンと自分の胸を突いた。
「――自分で話しておいてなんだけど、プリメラも俺のことを知った。知った以上は、口外されないように一緒に来てもらう」
「馬鹿なこと言うなよ」
イチヤは片膝を立てた。ハイドに勝てないことは立証されているが、引くつもりはない。
「召喚者でも『協力者』程度のことしかできない奴を狙うんだろ? そんなことにプリメラを巻き込む気か? 死ねって言ってるようなもんだろ」
「構いません」
怒気を孕むイチヤに応えたのは、プリメラだった。
「正直なところ、私が役に立つとは思えないですけど。でも、もし私が少しでも役に立つなら、連れて行ってください」
「おい! プリメラ!」
大声を出してプリメラの方を向き。
イチヤは、何も言えなくなった。
プリメラは、また震えていた。でもそれは、恐怖だけの震えではなかった。強い視線でイチヤを見ている。
「私は、トーダの仇を討ちたいです。私だけじゃ無理だから、せめて、何かできることをしたいです」
トーダを殺した男は、すでにイチヤが殺している。
けれど、違うのだ。
戦争が起きなければ、サウスウェスト軍が攻め込んでくることはなかった。イニシオ村が襲われることもなかった。トーダが殺されることもなかった。
プリメラにとっても、皇帝は仇なのだ。戦争を引き起し、トーダの死の要因をつくった仇。
それでもイチヤは、なんとかプリメラを説得しようとして。
プリメラは決して譲らず。
プリメラを同行させたいハイドは、彼女と結託してイチヤの説得に回り。
結局、イチヤは折れざるを得なかった。
――それから一ヶ月。
イチヤとプリメラは、ハイドの協力のもとで訓練に明け暮れた。
※次回更新は8/27を予定しています




