第六十二話 負けそうで不機嫌
王都レアルカピタル。
その名の通りノース国王が在住しており、かつ、軍事、政治、文化の中心となっている都市。各地の貴族の出入りも多く、また、治安維持に充てられている兵士の数も多い。もっとも、ディグノ家の私設軍を治安に充てているセントロよりは、犯罪の発生率が若干高いが。
ロキに伝えた通り、レトは王都に来ていた。路銀をたっぷりと渡されたため、毎日宿に泊まっている。
レトが王都に来た目的は、イチヤの居場所を突き止めるため。
貴族の出入りが多いということは、当然、貴族の護衛をする兵士の出入りも多い。
護衛の兵士から、イチヤの情報を得られる可能性がある。だから、レトはたびたび王城を訪れていた。
王城に行くと、一旦は玉座の間で王に謁見する。その後、宮廷内で貴族や護衛の兵士に情報を聞く。そんな日々の繰り返し。もっとも、現時点で有益な情報は得られていないが。
今日もレトは、王城へ足を運んだ
しかし、玉座の間に通されることもなく、王城内の大広間に通された。
レトが案内された大広間は、通常、関係貴族や臣下が、王を交えて祝宴などを行う場所だった。
今は誰もいない大広間。窓には透明度の高い高価なガラスが張られており、外の景色がよく見える。壁際には、ランプではなく燭台が並んでいた。祝賀のときに並べられるであろうテーブルや椅子は、今は隅に片付けられている。
大広間に案内されて、どれくらい経っただろうか。
出入り口のドアが開けられた。
大広間に入ってきたのは、茶色がかった金髪に中肉中背の男だった。レトが知っている顔。もっとも、レトが会うときの彼は、魔術師のようなローブを着ていることが多い。今は、しっかりと仕立てられた宮廷服を着ている。黒をベースに金色の刺繍。ダブルのボタン。
彼が宮廷服を着ている姿を、レトは、片手の指の数くらいしか見たことがない。直近では、シュウが召喚されたときと、イチヤが召喚されたとき。場所は、この王城内。
ノースの皇帝ロキ。国王すら自分の手で動かせる、この国の支配者。マセリアの治療と引換えに、レトに召喚者の付き人を命じた男。
レトと会うとき、ロキは、常に余裕のある顔をしていた。どこか人を小馬鹿にしたような、薄い笑みが浮かんだ顔。
けれど、今日のロキは様子が違っていた。口はへの字に締められ、露骨に不機嫌そうだった。
「どうしたの? ずいぶん不機嫌そうじゃない」
レトが訊くと、ロキは肩をすくめた。
「そりゃあ、不機嫌にもなるよ。自分の国が危ないんだから」
先日、レアルカピタルに大きな情報が流れてきた。サウスウェスト軍が侵攻してきて、フロンティアが陥落したという。敵軍には、召喚者だと断定できる強力な魔術師がいた。フロンティアを守っていたノース軍は、ほぼ壊滅したらしい。
フロンティアは「国家の防壁」と呼ばれるほど、国内防衛において重要な役割を果たしている。そんな都市が陥落した。
「これから、サウスウェスト軍はどんどん攻め込んでくるだろうね。下手をすると、三ヶ月もしないうちにシウダッドミリタールまで進軍されるかも知れない」
シウダッドミリタールは、フロンティアと王都の中間あたりにある都市だ。そこを三ヶ月程度で攻め込まれるということは、単純計算では、あと半年程度で王都まで進軍されることになる。もっとも、中央都市セントロがある以上、単純計算通りにはならないだろうが。
それでも、新しい召喚者を呼び寄せて訓練させ、サウスウェスト軍を迎え撃つには、あまりに時間がなさ過ぎる。
「イチヤの居場所はまだ掴めないのかい?」
不機嫌を隠さず、ロキが訊いてきた。
レトは首を横に振った。
「貴族の護衛をしてる兵に聞いて回ったけど、どこの都市にも、それらしい人は現われてないって。もしかしたら、辺鄙な村で身を隠してるのかも」
ロキは大きな舌打ちをした。
国内でたった一人の人間を探し出すのは、困難なことこの上ない。ロキは国中に手配者を出しているが、有益な情報は今のところない。
「イチヤなら、都市や村に身を寄せなくても、森の中で自給自足ができる。食べ物なんて、獣を仕留めればいいんだから。魔術師じゃないから水場の確保は必要だけど、それさえできれば、どこででも生きられるだろうからね」
再度、ロキは舌打ちをした。
「ずいぶん余裕だね。この国がサウスウェストに墜とされたら、俺は、マセリアの治療をやめるんだよ? いいの?」
「いいわけないでしょ」
ロキの煽りに、レトの心がざわついた。
「いいわけないから、どうやってイチヤを探すか、考えてるんじゃない。考えられる可能性を絞り出して、イチヤがいそうな場所を推測して」
「……」
ロキが黙り込んだ。レトの正論に、返す言葉がなかったらしい。
「あんたのところには、何の情報も入ってこないの? 私よりもよっぽど大きな情報網があるんでしょ?」
「情報が入ってきてるなら、こんなに焦ってないよ」
それもそうか。胸中で呟き、レトは一旦沈黙した。
イチヤの情報はない。彼は、頭の回転力は並より上程度だが、知識量と記憶力は非常に高い。旅の途中でレトが説明したことを、ほぼ正確に記憶していた。その知識を活かして、ロキやレトが思いも寄らない場所に潜伏している可能性もある。
「仕方ない」
フーッと、ロキは大きく息をついた。
「レト。君はしばらく、王城に来なくていいよ。それよりも、街中での情報収集に集中して。で、イチヤに関する情報を得たら、すぐに王城に来てくれ」
「あんたはどうするの?」
「貴族の護衛だけじゃなく、防衛に影響のない程度に兵士を王都に呼び寄せて、情報収集をする。イチヤの居場所が分かったら、すぐに連携する」
「そう」
返答して少し間を置き、レトはロキに訊いた。
「仮にイチヤの居場所を掴めたとして、私はどうすればいいの? 私じゃ、イチヤを殺すなんて到底無理なんだけど」
「……」
ロキは少しだけ考えた後、すぐに答えを返してきた。
「適当な理由をつけて、お前の村に誘い込んで。あそこなら、俺はもちろん、お前も周辺の地理に詳しいだろ。逃げられたとしても、追跡しやすい」
ヒロイーナ村は、王都やセントロからそれほど遠くない。もしこの周辺でイチヤを見つけられたなら、誘い込むのは難しくないだろう。
「わかった。じゃあ、私は、街に出て情報収集するから」
ロキに告げて、レトは大広間から出た。
退室する直前に見たロキの顔は、やはり不機嫌そうだった。
まるで、ゲームで負けそうな子供のような顔
※次回更新は8/25を予定しています




