第六十一話① こんなふうに安堵したかった(前編)
イチヤを誘い出した、夜の森で。
彼と戦ってみて。
ハイドは、イチヤの成長に驚いていた。この短期間で、どうしてここまで強くなれたのか。
もしかして自分は、イチヤの才能を見誤っていたのだろうか。
湧き出た疑問を解消するため、ハイドは、少しだけ出力を上げてイチヤと戦ってみた。
イチヤの動きは、以前見たときと比べて、明らかに洗練されている。正確かつ無駄がない。剣で相手を斬れる距離を、正確に保っている。繰り出す斬撃は的確。劣勢に立たされて度々バランスを崩しながらも、防御動作に無駄がない。
反面、身体能力の向上は、技術に比べて伸びが小さかった。だから、ハイドが少し出力を上げただけで、対応が困難になっている。
イチヤの動きから、ハイドは推測した。
おそらくイチヤは、非常に効率がいい訓練方法を知っているのだ。だから、正確かつ的確な動きを身につけることができた。
身体能力の伸びが小さいのは、やはり彼には才能がないから。
イチヤの成長の理由を推測して、ハイドは迷った。ここで彼を殺すべきか。それとも、生かして自分の味方にすべきか。
イチヤは冷静だった。自分が劣勢に立たされていると判断し、一旦、ハイドから大きく距離を取った。直後、彼は奇妙な構えを見せた。剣を鞘に収め、背中を丸めて腰を沈め、右手だけで剣を握っている。
イチヤのやろうとしていることは分かる。一気に剣を抜いて、斬りかかってくるつもりなのだ。だが、斬りかかるために腰を沈め、わざわざ剣を鞘に収めて、何の意味があるのか。
意味が分からないまま、ハイドは迎え撃つことにした。
イチヤが斬りかかってきた。
直後、ハイドは目を見開いた。
イチヤの動きが、さらにもう一段階速くなった。剣の振りも、踏み込みの鋭さも。
ハイドは素早く反応した。左手で手刀を落とし、イチヤの剣を叩き折った。切り返しで、イチヤの胸元に向って右拳を突き出した。
ハイドの反撃に、イチヤは的確に反応した。体を捻り、左腕でハイドの拳をガードした。だが、ガードだけで威力を殺せるほど、ハイドの拳は甘くない。
イチヤの腕を砕いた。そのまま彼を吹き飛ばした。
吹き飛んだイチヤは、木に激突した。明らかに脳震盪を起こしている。
ハイドは彼に向かい、ゆっくりと足を進めた。
――さて。
どうしようか。イチヤを殺すべきか。それとも、生かすべきか。
考えながら近付いていると、今まで腰を抜かしていたプリメラが、イチヤの前に飛び出してきた。そのまま、ハイドに魔術を放ってくる。火の魔術。威力も速度も、平均程度の攻撃。
当然、ハイドには通用しない。水の魔術を展開し、プリメラの魔術を打ち消した。ジュウッという、水が一瞬で蒸発する音。
プリメラはすぐに、次の魔術を発動した。魔術の展開速度も、概ね平均並み。火球を作り出すのに、五秒以上かかった。
「近寄らないで! 近寄るなら撃ちます!」
たった今魔術を防がれたばかりなのに、プリメラは、ハイドに警告してきた。そんな脅しなど、無意味なのに。彼女は大粒の涙を流し、ガクガクと震えている。恐怖で、正確な判断と思考ができないのだろう。
――そんなに恐いなら、逃げればよかったのに。
胸中で呟く。立ち上がれるようになったなら、イチヤを助けようとしないで逃げればよかったのに。
「馬鹿」
プリメラの後ろで、イチヤが苦しそうな声を出した。
「逃げろ、プリメラ。お前が戦える相手じゃない」
言いつつイチヤは、折れていない右手で近くの木に触れた。太い木に指をめり込ませ、腕力を使って強引に立ち上がった。そのまま、木に寄り掛かる。
「逃げろ。俺がなんとか、少しでも時間を稼ぐから」
「嫌です!」
イチヤの言葉を、プリメラは全力で拒否した。泣きながら叫んでいるせいで、子供の駄々のようにも聞こえる。
「私はもう嫌なんです! 自分を守ろうとしてる人を、見殺しになんてしたくない! トーダだけじゃなくイチヤさんのお墓まで作るのなんて、嫌です!」
プリメラが言う「トーダ」とは誰なのか、ハイドは知らない。彼女を守った人だということだけは、話の流れから分かるが。彼女の兄弟や友人だろうか。
恐怖で正確な判断ができなくても、プリメラは分かっているはずだ。自分ではハイドに勝てない、と。分かっていて、恐怖に震えて。それでも立ち向かおうとする、エルフの少女。
ハイドには、絶対に達しなければならない目的がある。三人の皇帝を殺す。ゲームと称して戦争を起こし、人の人生や命を駒のように扱うクズ共。
彼等の手によって、ハイドは故郷を失った。彼等のせいで、仲間を失った。
そして、大好きな人を殺された。
――フィル……。
閉鎖的な村で生まれ育った、純血のエルフ。
プリメラとフィルスタは、外見も中身もまったく似ていない。プリメラは混血なのだろう、髪の毛の色には黒が混じっている。魔術だって、フィルスタの方が上手かった。
それなのにハイドは、なぜか胸が痛んだ。
「ハイド」
木に寄り掛かったまま、イチヤが声を掛けてきた。プリメラ越しに見える、彼の顔。
「プリメラはどんな顔をしてる?」
プリメラは、イチヤに背を見せている。彼から彼女の顔は見えない。
「……泣いているね。凄く怯えてるみたいで、全身震えてる」
素直に、ハイドは答えた。
ハイドは、プリメラと知り合って一日も経っていない。感情移入できるほどの間柄ではない。それなのに、彼女の泣き顔を見ていると、辛い気分になった。
「見ての通り、プリメラは臆病な子だ」
そうだろう。プリメラは、限界を超えるほどの勇気を振り絞って、ハイドに魔術を放ってきたのだ。
「それに、召喚者とは全然関係ない子だから、殺さなくても問題はない。違うか?」
「そうかもね」
ハイドは、最初はプリメラも殺すつもりだった。口封じのために。召喚者を超える自分の存在を、今は誰にも知られたくない。
「じゃあ、プリメラだけは見逃してくれないか? それで、できれば、セントロとか王都で生活の基盤ができるまで、助けてやってくれないか? 俺のことは殺してもいいから」
「!?」
プリメラがイチヤの方を振り向いた。
「イチヤさん! 何言ってるんですか!?」
「聞いての通りだ。ハイドの狙いは俺なんだよ。ハイドには、プリメラを殺す理由はないはずだ」
「嫌です!」
「いや、無理だろ。俺じゃ、どうやってもハイドには勝てない。もちろんプリメラも」
「でも!」
プリメラは言葉に詰まった。反論の余地がないのだ。彼等では、絶対にハイドには勝てない。ハイドがその気になれば、二人を殺すことなど赤子の手を捻るより簡単だ。
ハイドは大きく溜め息をついた。
正直なところ、まだ決めかねている。イチヤを殺すべきか、それとも味方にすべきか。
イチヤとプリメラを見つめながら、ハイドはじっくりと考えた。
今、ハイドは概ね八〇〇歳くらい。吸血鬼の寿命は千年ほどだから、残された時間はあと二〇〇年。
フィルスタを失ってから、約一二〇年。ハイドはずっと、味方にできる召喚者を探し続けた。人格も能力も、皇帝を討つのに申し分ない者を。
けれど、一人として味方にできる召喚者は現われなかった。召喚者のほとんどは、自分の力に溺れて欲求のままに生きるゲスだった。数少ない理性的な者は、才能に恵まれず、さらに、戦う気がないために訓練もしない。
イチヤには才能がない。これはもう間違いない。けれど彼は、自分を磨き上げる気力がある。戦争を終わらせるという目的がある。
今のイチヤは、皇帝と戦うには確かに役者不足だ。
ハイドが求める味方は、イチヤ程度では務まらない。
反面、イチヤは、今まで見てきた召喚者の中で、一番理想に近い。ハイドの寿命が尽きるまで、イチヤよりも理想的な召喚者が出る可能性は、決して高くない。
「イチヤ」
「何だ?」
月明かりが、木々の隙間を抜けて差し込んでいる。




