ダグラスの後悔
4/1 15時 誤字報告ありがとうございます。
大変助かりました (*^^*)♪♪♪
ギャマイラス夫妻はダグラスとレアナが籍を入れた時、レアナが動き安いようにダグラスを当主にしていた。
そのダグラス・ギャマイラス伯爵は、本当はずっとレアナのことが好きだったのだ。
◇◇◇
レアナの母親であるアヴィラとギャマイラス前伯爵夫人ダマラは友人だったので、幼き日のダグラスとレアナにも交流があった。
ダグラスはその当時、天真爛漫でよく笑う優しいレアナが好きだった。幼いながらも結婚したいと思う程に。
けれどレアナは嫡女であり、アヴィラとブルュニストとの冷たい関係を知るダマラは無理だと首を横に振った。
「あの子は侯爵家を継ぐことになるから、お婿さんを取ることになるでしょう。残念ながら我が家では裕福な侯爵家の益になることが少ないから、婿入りの希望は通らないと思うの。だから友人として付き合いなさい。きっとまた、好きになれる子も出てくるわ。良いわね?」
当時まだ4歳のダグラスには、難しい内容だった。
けれど結婚の申し込みは無理だと聞き、幼心に寂しさを感じてはいたのだ。
「彼女とは一緒にいられないのだ」
敏い彼はそう理解した。
その後。
アヴィラが不調で倒れた後に亡くなり、今度はレアナも起き上がれないくらい体調が悪くなったと聞いたダマラとダグラス。
ダマラはアヴィラより10歳年上で、姉妹のように手紙のやり取りをしていた。
そのからブルュニストに、愛人がいることも知っていた。世間では別れたと言われていたが、巧妙に隠れて会っていたことも。
侯爵家の当主はアヴィラなので、資金力にものを言わせ調査は徹底して行われていた。
それを知るダマラは、アヴィラの死に不審を抱く。
元気な時は頻繁に会っていたのに、病気に倒れてからは「本人が拒否している」と言われ、面会を断られていたからだ。
お互いに姉妹のようだと思っていたのに、それはおかしいと感じていた。
けれど……「弱っている姿を見せたくないのかもしれない」と怯んだ後に、アヴィラは死んでしまった。
後悔が目眩が止まらず、おかしくなりそうだった。
けれどレアナのことを思い出した。
ブルュニストは世論を操作し、愛人のマーガレットを美談で後妻にしたような男だ。レアナが冷遇される未来しか見えない。
それくらいならダグラスと婚約させて、マーガレットとの間に生まれた子に侯爵家を継がせるようにすれば、風当たりは弱まるのではないか?
幸いなことにダグラスも侯爵家の血を引く親族なのだから、その辺は何とでもなるだろう。
第一子相続がこの国の基本だが、愛する者に嫁ぎたいと望み、後継を降りることも過去にはあった。
後継者問題が起きないように出来た法律なのだから、それで問題ないと思えたのだが。
ブルュニストはその申し出を断った。
「ありがたいお話ですが、幼いレアナに婚約はまだ早いかと思います。それに娘の気も変わるかもしれませんし…………」
微笑んでいても目が笑っていない彼に、背筋が凍りついた。
レアナが危険だと感じたダマラは、レアナに会おうと思ったが、不調で会えないと面会は断られ、手紙を出しても返信はなかった。
ダマラは悔しかったが、格上の侯爵家にできることはなかった。ダグラスもレアナが心配だったが、力なき彼も同じことだった。
何年経ってもレアナを見かけることがなく、レアナの妹リンディだけが、社交の場で両親にエスコートを受けているのを眺めていた。
その時にはダグラスも婚約しており、このまま疎遠になると思っていた。
けれどその数年後に、世界を揺るがす流行り病で国が荒れた。ギャマイラス伯爵家でも長男と次男が率先して領地に出向き、救護や炊き出し等の対応指示を出して走り回った。
領地の安定は何とか保たれたが、彼らは病に倒れ死を迎えた。
「ダグラスがいるから、心配していないよ」
「領地を守れて良かった。後は頼んだよ」
やりきった表情で息を引き取る兄達が信じられなかった。
肉親の死があまりにもあっけなく、死が身近過ぎて怖かったのだ。
「俺は命を張れない。当主等出来ない…………」
当時まだ8歳のダグラスが弱音を吐いても、責める事等できようもない。生き残った彼を抱きしめ、守ることしか出来なかった伯爵夫妻。
ダグラスはその時から領地への関心をなくし、騎士として暮らそうと思っていた。
「自分に領民の命は守れない。兄達とは出来が違うのだ」
そう、思い込もうとさえしていた。
流行り病の後、優秀な嫡男を失ったギャマイラス伯爵家は狙われていた。
その利権を奪うように詐欺を仕掛けたり、猛獣を放って領民に怪我をさせたり、畑を踏み荒らしたりと妨害が続く。
それが誰の手の者か分かった時、伯爵夫妻は半ば諦めたのだ。
ラルバス・ミタディング公爵がこの領地に狙いをつけ、奪取しようとしている。
噂が真実だと分かっても、夫妻に為す術はなかった。
ミタディング公爵家は、軍事国家とも取り引きのある力の強い家門。
この国の宰相も外務大臣も、彼らの息のかかった親族なのだ。
それでも、躊躇はしても、夫妻は動くのを止めなかった。何とかこの領地を、愛するダグラスに残してあげたいと願って。
夫妻だってラルバスが怖い。
事故を装って殺されるかもしれない。
それでも何とか抗ってきたのだ。
けれどその頃、ミタディング公爵に目を付けられていると知ったダグラスの婚約者の両親は、婚約解消を求めて来た。婚約者側(令嬢側)の有責で良いからと頼み込まれ、慰謝料まで払ってきたのだ。
彼なりに婚約者を信じてきたので、裏切られた気持ちでいっぱいだった。
その後はただ享楽に耽り、美しいが性に奔放な未亡人のマリームとの恋愛を楽しんでいたのだ。
マリームは伯爵夫人になれると勘違いで歓喜したが、ダグラスには誰とも結婚する気はなかった。
領地が水害に陥った時も、「ああ、これで伯爵領は終わりだな。貴族でいるのも終了だろうか?」と投げやりだった。
そこに現れたのが、初恋の女性であったレアナなのだ。
彼女の噂は聞いていた。
18歳で当主を継いでから、次期女王となるアンの女官となり、バリバリと仕事を熟す才女だと。
そして傍らにはいつも、見目の良い黒髪の従者が付いているとも。
彼女が当主になれば婿を選ぶことが出来る。
貴族であれば問題ないのだろう。
けれど彼女が女官になって10年、結婚をしていないところを見ると、そうできない平民なのかもしれない。
「愛人か…………? 何とも呑気なものだな」
レアナのストレートの焦茶髪と琥珀色の瞳は、幼い頃と変わず輝いており、自信に満ちた淑女となった彼女はダグラスには眩しく見えた。
だから契約結婚を受け入れた。
伯爵家等どうなっても良かったのに。
そしてハルに嫉妬したからこそ、碌にエスコートや贈り物をせず放置したのだ。
本当は手を取り、もう一度友人からやり直したかったのに。いや、本当は美しく成長した彼女の隣にいたいと思った。
変な意地を張ってチャンスを逃したのは、意気地のないただの憐れな男だった。
そしてレアナと伯爵夫妻の契約には、ダグラスが結婚に強い拒否を示した時、伯爵領地が再生できていれば離縁は可能だと盛り込まれていた。
レアナも領地を途中で放り出すことに懸念があったので、それならばと受け入れていたのだ。
幸いなことにレアナに対しての感謝は高まり、ジャスミンの回復に必要なエネルギーは十分に補給された。
レアナの目的は達成されたのだった。
その後偶然に伯爵邸でレアナと出会したダグラスは言い放つ。
「愛人のいる不貞な妻はいらない。もう離縁するから来ないでくれ」
領地を泥まみれで救った女性に対して、感謝の言葉一つない暴言に周囲の肝は冷えた。
伯爵夫妻は勿論として、使用人達も。
「分かりました。今までありがとうございました。それではこれで」
レアナは微笑んで淑女の礼をし、颯爽と踵を返す。
普通なら怒るであろう従者のハルは、口の形だけで声を出さず、「ありがとう」とダグラスに告げてレアナの後を追ったのだ。満面の笑みで。
「なんで……あいつ(あんなに笑顔なんだ?)」
ギャマイラス夫妻は、出来ることならこの結婚が本当になることを望んでいた。
特にダマラは。
息子達を亡くしてから領地経営の業務が自分達の手に戻りバタツキ、更にその他のトラブルも重なり縁遠くなってしまったが、レアナが親友の娘であることに変わりはなかったから。
18歳でアン王女の女官になった時、元気な顔を見れて喜んだのも嘘ではない。
アン王女の後ろ楯がある彼女に任せれば、間違いないと頼ってしまったことも本心だった。
ダグラスが、幼い彼女を好きだったことも忘れていない。
だから彼女を大事にすると思っていたのに、結果はこのありさまだった。
領地は救われ収入の目処も立ち、ギャマイラス伯爵領は安泰だ。彼女には感謝しかないのに、ダグラスは何故か落ち込んでいるのだ。
「ダグラス……無理に後を継がなくて良い。お前がそこまで嫌なら、俺達が死んだら爵位は親族に譲るよ。今まで負担をかけたな」
父アンソニーに言われたことが、胸に滲みる。
復興して豊かになりそうな領地を、親族に譲るつもりだと突きつけられて。
以前なら貴族に未練はないと思っていたが、現実になると考えれば、動悸がしそうな程苦しくなった。
「待ってくれ、父上。俺は、継ぎたくない訳じゃない。ただ我が儘を言っただけで…………」
「無理しなくて良いのよ。貴方は私達に似て、あまり頭も良くないし、心配していたのよ。レアナがいてくれれば何とかなると思ったけど、昔の初恋で縛ろうなんて私も酷い母親だったわ。家を継がないのならマリームさんと結婚も許すし、良いことずくめでしょ?」
両親に優しい顔で告げられ、息が詰まる。
「待ってよ。勝手に決めないで。俺はマリームとは結婚しないし、貴族も辞めない。まずは話し合おう。良いね!」
「でもねえ、私達も高齢に近いし、領地に行くのは辛いのよ。ゴルドンにもすごく負担をかけているし」
「そうだぞ。お前はどうせ、領地経営しないんだろ? 親はもう若くないのだから、お前が無理なら手放した方が領民も幸せなのだよ」
「じゃあ、教えてよ。今から勉強するから」
「今からかぁ。でもなー。あ、そうだ。それならやり手の女性を妻に迎えれば問題ないな。年上でも文句は言うなよ。良いか?」
「それは…………。まあ最後の手段で。そうだ! このままレアナと、結婚したままにしておけば良いんじゃないの。まだ離縁の書類は出してないでしょ?」
夫妻は首を緩く横に振る。
「あの従者が、走って役所へ出しに行っただろう。契約だからお前のサインもいらんし」
「あいつ! だからあんな顔を!」
憤るダグラスに、アンソニーが言う。
「あの従者は命の恩人の弟らしく、アン王女公認で傍にいるのだ。彼女を狙った暗殺者達に、弟が殺されないようにとな。噂ではやっと首謀者が捕まったらしいがな……」
最近社交界に姿を見せないレアナの両親や、ミタディング公爵家周囲の貴族達。
恐らくその辺が犯人だったのだろう。
「俺はあいつを愛人だと思っていたんだ。だから…………」
「たぶんそう思わせて、求婚を避けていたんだわ。どうやら暗殺未遂から、レアナはかなりの疑心暗鬼になっていると、アン王女に聞いていたのよ。私達からのは困窮しての契約結婚だから、特に問題はなかったらしいけどね」
「そうか………………」
今さらながら落ち込むダグラス。
何も知ろうとせず、みすみす彼女との関係を断ち切ってしまった。
「レアナね。貴方のこと覚えてたんだって。ずっと寝たきりで社交界に出たことがなかったから、一度で良いからホールで踊りたかったみたい。それくらいいくらでも出来ると言ってしまって、可哀想なことをしたわ」
「っ………………」
ダグラスは後悔した。
いつも自分のことばかり考えていたことを。
レアナの気持ちなんて考えず、輝かしい社交の舞台で放置し、嘲笑を受け続けさせてしまった。一曲も踊ることすらなく、彼女の結婚履歴にまで傷を付けた。
18歳からアン王女の女官に就き、労働に明け暮れていたのだ。きっと令嬢らしいこともして来なかった筈だ。
ダグラスは、レアナに謝罪さえしていない。勿論感謝も。
でも…………。
ここを出て行く時の晴れやかな、輝く表情を見た。
彼女はもう、俺に期待なんてものはなく、解放されたようだった。
だから最後に手紙だけを送ろう。
読まなくても良いから、感謝の気持ちだけでも届くことを願って。
脳裏に残る淡い思い出に浸りながら、素直になれなかったことを惜しむように。
母親達が庭でお茶を飲み、その傍らで絵本を読む俺達。兄達は剣術の稽古をして、賑やかな声で包まれていた。幸せだった。
「ありがとう。そしてごめんね、レアナ。君の幸福を祈るよ」
◇◇◇
「まあ、ジャスミンにまた力が流れて来たわ。どんどん若返って、10代くらいに見えるわね」
レアナがそう呟き、ジャスミンの肩を優しくなでると、神の奇跡ですとリモネが返してきた。
「レアナ様にも近々、恩恵があることでしょう」
予言のようにそう告げて微笑むのだ。
つられてレアナも微笑み、ハルも頷いていた。
ジャスミンの復活が楽しみだ。




