ジャスミンの復活
アン王女の敵となる、ミタディング公爵家周囲の貴族達は大きく利権を奪われていた。
細かな罪を犯した者は公にされなかったが、裏では莫大な罰金を払わされていた。重罪の者は罪に応じて裁かれ、貴族名鑑から名を消した者も出た。
地方への自然災害の援助金が派閥によって遅れたのも、ミタディング公爵家の息のかかった宰相のせいだった。ギャマイラス伯爵領の時は特に顕著に。
外務大臣はジャスミラン国との薬剤取り引きで、かなりの利益を得ていた。毒と薬は表裏一体で、毒が効かないガルシアは種類の少ない稀少な毒蛇や毒蜘蛛の採集を行い、養殖する機関に提供していた。
ガルシアは長く生きる間に薬剤の知識も得て、与えられた人間(恐らく犯罪者))を使い人体実験も行っていた。
だからレアナに対しても、同じように気軽に記録を観察していたのだ。
積み上げた功績は国を豊かにし、各時代の国王より資金援助も受けていた。
悪徳ながらも彼女の勤勉さは、薬学会の発展に一役買っていたのだ。
毒から抽出された心臓、肝臓、腎臓等の重要臓器を再生させる効果のある薬剤(注射含む)は、世界で需要がある。解毒剤や毒薬の方も、一定の需要は続いている。
外務大臣はそれらの薬剤を安く仕入れ、市場には高く流し、差額分をミタディング公爵と山分けしていた。
国内の薬の支給も、利益の絡む貴族家優先だった。
国民にはそこら辺の宰相と大臣の罪を明らかにし、粛清の形を取った。
二家はサクッと取り潰し、アンの味方を後任に配置できたことで、次期国女としての懸念が軽減した訳だ。
「おっしゃあ! 一丁あがりよ。次は復活の儀式ね」
アンは何度何度も悪意に晒された夢から目覚め、王宮に蔓延る古タヌキを鬱憤払いのようにバタバタ投げ倒していった。
その中でも古タヌキ達に搾取されてきた、優秀な者(ドアマット的な男女)達は掬い上げ役職を与え、ミタディング公爵達と共に嬉々として悪事に手を染め、残すと牙を向けそうな者だけを王宮から排除した。
掬い上げても敵意を向ける者もいる可能性は否めないが、今はこれで良いと思うのだ。
◇◇◇
ついにジャスミンの復活の日になった。
王宮に用意されている彼女が眠る部屋に、ザリュス、アン、ライム、レアナ、ハル、ミモネが集まった。
まずは神託を預かった、ミモネが声をあげる。
「みんなお疲れさまでした。今回は次期王女となるアンの命が繋がれて安心しました。もし死んじゃったら、国ごと沈没させようと思ってました。テヘッ」
ミモネ以外の表情が曇る。
神の言葉をそのまま伝えている、ミモネの表情は真剣だった。
(ザワザワ。テヘッて軽くない? 神はまだお若いのか? ザワザワ。でも安心したって言ってるし。ザワザワ)
小声で多少のザワツキはあるが、ミモネは続ける。
「レアナもありがとう。貴女がいないとヤバかったよ。ちょっと100年くらい湯治に行って、戻ったらこんな状態になっててさ。本当に感謝♪♪♪」
(湯治?って、もしかしたらかなり高齢なの? ザワザワ。神に肉体はないだろう? 受肉ってやつ? ザワザワ。100年湯に浸かってたの? ふやけない? 神はふやけないだろ? ザワザワ)
ミモネは真面目なので、途中で中断はせずに続ける。
「それでね。ジャスミンの体に溢れるレアナが集めた感謝ポイントが多すぎて、このまま覚醒させると赤ちゃんまで戻るっぽくて、余った分をレアナに使うことにしました。
碌に休ませないでコキ使ってごめんね。本当はジャスミンが生き返ったら、レアナは亡くなる筈だったけど、死なないから許してね」
「え! 私、死なないんですか? もう覚悟はしていましたのに。もうそろそろ生命力も限界ではと思っていたのですが、どうしてですか?」
神託中に思わず声が出るレアナに、ミモネが彼女の顔を見て答えた。
「それはですねー、レアナさん。そこにいるハルが神に祈りが通じたからなのですよ」
「えっ。ハル、何のこと? 貴方何をしたの? 危険なことはしてないでしょうね。駄目よ、代わりに死ぬとか願ったら、本気で叩くからね!」
急に話を振られて「え、今言うの?」と、慌てるハル。いつもおしとやかなレアナが騒ぎ、みんなも唖然としている。
だってここには国王も王女もいるのに、あまりにも緊張感がない。
けれどレアナは『今日が死ぬ日』と思っていたので、どうしても我慢できず尋ねてしまった。もし彼が変なことを願ったら、止めて貰えるように。心では「申し訳ありません!」と叫びながら。
彼はいつもレアナを案じていたから、尚更に。
「違うから安心しなよ。(まあ、ちょっとはあれだけどさ)」
「そうなの? 命を無駄にしちゃダメよ。今からジャスミンも生き返るんだから、二人で元気で生きて。約束よ」
レアナは言うだけ言うと、ミモネに伝えた。
「そう言う訳なので、危険な願いなら却下して下さいね。お願いします!」
強く言われるものの、ミモネは「う~ん、私がどうこう出来るものじゃないのよ。ごめんね~」と囁くように呟き、目を逸らしていた。
一旦レアナ達の話は終了し、神託の儀式は続いていく。
「それじゃあ、ジャスミンを起こすわね。神よ、奇跡を与えたまえ。ジャスミンに再び光を!」
その瞬間にジャスミンとレアナ、そしてハルの体が輝き出した。
「ミモネ、どうなってるの?」アンが目を見張り、「無事なのか」とザリュスが三人を案じた。
ミモネから話を聞いていたライムは、それでも安全に儀式が終わるように祈りを捧げた。
強い光が周囲を覆った瞬間、三人の姿は少し変わっていた。
「えっ? 何で?」
「おおっ、ハルの姿が!」
「まあ、何て可愛いのかしら~」
何と三人は、年齢が変化していたのだ。
ハル、ジャスミン、そしてレアナは10代前半に見えた。まるで若返ったみたいに。
お肌艶々で、髪もキューティクルが光っていた。何より顔が幼くなって、背丈が縮んでいるのだ。
そこに女神が顕現した。
黄色の長い艶髪と木の杖を持った、白のドレスのような服を着た美しくも威厳のある姿で。
「私、もう感動しちゃて。そこのハルがね、レアナが力を使う度に生命力が奪われるって知って、自分の寿命を分けてあげてって。彼女を死なせないでって泣くのよ。でもね、人間ってその場の雰囲気で流されることあるじゃない。だから取りあえず彼の半分の寿命をレアナに与えたのよ。普通本当にそうなったら驚くじゃない、時には後悔とかもさ。でもね、良かったって泣きそうになってて。それでね、分かったの。愛だなって。
私そう言うの大好きなのよ。純愛的なやつ。その後も「もしレアナ様の寿命が尽きそうなら、また半分分けて下さい」って言うのよ。もう泣けちゃってさあ。「頑張っている彼女が理不尽に死ぬなら、俺も一緒に逝きたい」って。もうそれプロポーズじゃないの。もう~本当に勘弁してよ!」
女神は怒濤の如く喋り出し、ハルの顔は茹でたタコのように赤く染まった。
レアナは「ちょっとハルったら、何してるのよ! わ~ん」と泣き出し、復活したジャスミンは「レアナ様と弟が元気だわ」と微笑んでいた。
その間にアンディーブは「ホッホッ。最後に縁起の良いものを見たのぉ。若人よ、頑張れ!」と、一声発して去って行ったようだ。
収拾がつかぬカオスな状態だったが、女神が言うのだ。
「スキルを使って生命力を奪うのは、前世で罪を犯した罰なのよ。だからレアナが背負うことないと思ったの。これから何かやらかしたら、来世でやんなきゃならないかもだし。だからね、レアナとハルから奪った寿命を元に戻して、ジャスミンの体には多すぎる生命力を三人で分けたのよ。
だからハルもレアナも死なないし、逆に若返ったから長生きするわよ。結婚もね~♡ 式には呼んでね、絶対祝福しに来るから~。じゃあね」
言いたいだけ言って、女神は帰って行った。
さすがのミモネも、若返りのことは知らされていなかった。寿命を返すことは聞いていたので、「平穏に生きられるわね。お疲れ様」と思っていたのだ。
(きっと、気まぐれでやったのに違いないわ。でも結果良ければ全て良しね。余計なことを言って取り消されたら困るもの)
「さあ、神の奇跡はここまでです。レアナはもうスキルは使えません。神の奇跡で得た寿命を大切に生きて下さいね」
「ありがとうございます、ミモネ様」
「感謝致します。本当に嬉しいです」
「夢みたいです。頑張って生きます!」
三人は涙ぐんで抱きあった。
まるできょうだいみたいに。
ザリュスはレアナとハルに頭を下げた。
二人は慌て「頭をお上げ下さい」と叫んだが、ザリュスは笑って「良いんだ。本当に感謝してるぞ」と笑った。
「大儀であった。レアナ、ハル。10年よく尽くしてくれたな。お前達がいなければ国は荒れ、ジャスミラン国に奪われたかもしれん。礼を言うぞ。
これでアンに王位を譲り、私は王妃と隠居が出来る。毒の影響もだいぶん良くなり、やっと普通に生活できるまでに落ち着いたのだ。
……その姿ではもう、城に入れんだろうから、報奨は後で侯爵家に届けよう。
アンは家臣の好いた男と結婚するし、治世は穏やかだ。お前達も息災で暮らせよ」
「勿体なきお言葉に感謝致します」
「感謝致します」
レアナとハルは丁寧に礼をし、ザリュスは嬉しそうに頷いた。
アンは泣きながら、レアナとハルに抱き付いた。
今のレアナとハルは、幼いとも言える子供になってしまった。女官と従者はもう続けられないだろう。
「今までありがとうね、レアナ。ハルもありがとう。ずっと一緒にいられると思ったのに、寂しいわ。でもでも、幸せになってくれるなら良いわ。元気でいてね。グズッ」
「ありがとうございます、アン様。貴女様のご活躍、陰ながら応援しております」
「お世話になりました。平民の私にまで気を配って下さり、感謝しています」
レアナは涙を堪え礼をし、ハルは感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
アンは妹のように生きてきたレアナと離れがたく、本気で泣いていた。
ハルのこともまるで本当の弟のように大事にし、たくさんの話をしてきた。実の弟には出来なかった分も、彼を慈しんで。
いつも優しい言葉で労ってくれたことを、ハルは覚えている。楽なことばかりではなかったが、アンのことを姉のように慕って、レアナと頑張ってきたのだから。
ライムも二人に声をかけた。
「二人ともありがとう。貴方達が味方でいてくれて良かった。こんなに可愛くなって……寿命が奪われなくて、本当に良かった。きっとアヴィラも安心しているわね。うっ、うっ。
罰なら私のように、罪人が受けるものだとずっと思っていたのだもの。本当に良かった。幸せになって」
二人を抱きしめ、初めてさめざめと泣くライム。
彼女が前世の記憶を取り戻したのは、学園を卒業しアンディーブが迎えに来た時からだった。
実の両親には何も言えず、ただアン王女の侍女にスカウトされたと告げて家を出た。
生家には兄がいることで、碌に家にも帰らず勤めに没頭していた。
アヴィラとは親友だったが、文通だけで会う機会はなかった。しかしレアナの悪い噂を聞いて接触を図ろうとした時は、なかなかうまくいかなかった。生家は子爵家で家格が低く、ましてやアン王女には私情で助けを求めることが出来なかった。そのことをずっと悔やんでいたのだ。
もし平伏してでもアン王女に頼めば、寿命を奪われるスキルを使うこと等なかったのにと。
だから本当に、心から神に感謝していた。
ライムの前世の罪は、夫の暴力で子供を亡くし「また産めば良い。泣くなどアホのすることだ」と笑顔で嘲られ、夫と彼に賛同する義両親を殴り殺したことだと言う。レアナはずっと、悲しすぎる辛い犯行だと思っていた。
彼女の持つ神聖力はアン王女を中心として、緊急時に使われる種類のものだ。
使用することで寿命は減るが、アンディーブ様のように急激に減りはしないのだ。
悲しい記憶を抱えたまま、寿命まで生きる彼女。それもまた悲しい気がした。
せめて亡くなった子供が次の生を楽しく生きられるようにと願うレアナ。
「ありがとうございます。ライムさんもお元気で」
「お世話になりました。無理はしないでお体を大切に」
ジャスミンは挨拶する様子を見て、良い人達に恵まれて良かったと思っていた。
実は彼女の聴力は3年くらい前から戻っており、城での話をいろいろ聞いていたのだ。
優しい会話が心地好く、ずっと穏やかに過ごしていた。時々同じ体にいるアンディーブと、なぜか会話をしなから。
「みんな頑張っておるな。全部終わったらジャスミンも生き返れるから、心配しなくて良いぞ。今日もレアナを通じて、感謝の気持ちが集まっているなぁ。無理をせぬと良いが」
「レアナ様はいつも、人のことばっかり考えるんです。きっと無理してます。でも私動けないです。どうしよう」
「お前さんの弟が付いているんだろ? きっと大丈夫さ。信じよう」
「でもあの子まだ10才だし……止められるかな?」
「まあ、信じて待とう。信じる者は救われると言うからな。ホッホッ」
「そうですね。祈って信じて待ちます」
「ああ、それで良い。きっとあっという間に時は経つからのぉ」
(アンディーブ様、いろいろとありがとうございました。いつかまた会えると良いですね)
三人は王宮で用意してくれた目立たない馬車で、グラナディフェン侯爵家に向かうのだった。
◇◇◇
レアナは馬車の中で、ジャスミンに頭を下げた。
「私が手紙を頼んだせいで、ジャスミンに怪我をさせて、大変な思いをさせてごめんなさい」
ジャスミンは驚いて首を横に振った。
「私の方こそ、もっと早く助けを呼べば良かったのに。平民で13歳の子供なんてどこも雇ってくれなくて。……侯爵家でメイドが出来たのは奇跡だったんです。ハルを預けていたおじさんの家も貧しかったですし……。もし私が稼げなければ、身を売っていたか弟と餓死してました。
だから職を失いたくなくて、あの時まで助けを呼べませんでした。ごめんなさい」
「俺だって……。姉ちゃんが働きに出た時、まだ5歳で何の役にも立てないし、寂しくて泣いてたんだ。頑張ってくれてたのさ。……ごめんな」
馬車の中で謝りまくる三人は、同時に笑いあった。みんなそれぞれに抱えるものがあったのだと。
馬車はもうすぐ、グラナディフェン侯爵邸に着く。
ザリュスの手紙があるから、身元を疑われることはないだろう。
それよりも一緒に過ごせなかったレアナの子供姿が見られて、ファイアルは感動で泣いてしまうかもしれない。
三人は今、希望に満ちていた。
これからも大変なことは、たくさんあるだろう。
それでも……前向きに生きていくことこそが、彼らを苦しめた者達への何よりの報復になるのだと思うのだった。
(覚悟しててよ、レアナ様。もう年齢のことでお付き合い出来ないとか、言わせないからね!)
ハルの10年温め続けた初恋は、叶うかもしれない。




