断罪 その1
反王家である公爵家ミタディングの当主ラルバスの家系は、先祖代々国の重役を担ってきた。
それが過去のある当主の代から、国費の横領に手を染めるようになったのだ。
その初手はただの出来心から、そして代を重ねるうちに女でも王位に就ける不満等から。
王族に子が出来なかったり、生まれても他国ならば女なら王位は継げない。けれどこの国は性別は関係なく、第一子が王位を継ぐことに決まっている。
「公爵家の存在する意味がないではないか。女等に我らが仕える謂われはない!」
そんな怒りにも似た思想が蔓延っていたからだ。第一子以外の王女は国内や他国に嫁ぎ、公爵家を興したりすることはないのだが、第一王子であっても臣籍降下する不満が彼らにはあった。
真実は語られずとも歴史等で王家と神の関わり(神との隠れた取り引きのいうな神話)は習っていた筈だった。
元々ここは見向きもされぬ、作物はおろか牧草も満足に育たぬ痩せた土地。
戦禍で他国から逃げ延びた者達が移り住み、開墾しても実り乏しく飢えて命尽きる者が続いた時、この地を治める神が人々に話しかけたのだ。
「この地は私が罪人を送る為の流刑地なのです。貴方達は無断でこの地に侵入し、そして屍をさらし続けているのです。……ですが条件を受け入れてくれるならば、この地で生きることを許しましょう」
その条件が王位継承者の傍に、過去に罪を犯した罪人の魂を持つ者を仕えさせることだった。
それは神官であったり、侍女であったり、医師であったりと様々だった。前世の職業に近いものを早期に習得し、仕えることになるからだ。
第一子を王位継承者に据えたのは、罪人が仕える者がぶれないようにする為。当然、簡単には死なぬよう、彼らには神の恩恵が与えられる。
今回のアンの時もそうだ。
ただ神が直接出向くのではなく、人間が解決することが基本で、神託のみが与えられる。
もし第一子王位継承者が人の手で死んだ場合、咎は人間側にある為、神の加護は引き上げられて荒れ地の状態に地は還る。
人々は最初と同じように、別の地に逃げるかこの地で滅びるしかない。
ラルバス・ミタディング公爵は、自ら国を滅ぼそうとしていると同義なのだ。
何故理解しないのかと言えば、想像力の欠如としか言えないだろう。
国にも人にも、それぞれに事情がある。この地を統べる王族ならば、他国から比べて歴史の浅いこの国の理由を深く考える思慮深さが必要だった。
そんな訳でアンの死=この地の終焉なのだが、欲に溺れた者が気付くことはないのだ。
◇◇◇
そんな訳で王家はグラナディフェン侯爵家の先代を呼び出し、話をすることになった。
レアナが助けを求めようとした、祖父ファイアルに。
アンはファイアルに協力を求めた。レアナが信じる唯一の祖父に。
彼だけがレアナを孫として真っ直ぐに見ていた。但し病弱だと信じ、離れて暮らす彼はブルニュストとマーガレットの嘘に気付くことは出来なかった。
アンの話を聞いて、それが痛いほど悔やまれていた。
ファイアルは計画の要である関係者なので、情報を話しているが、裏切ることは許されない。元より裏切る者に秘密は明かせないし、盛れるようなら始末される。
彼には暫く、密偵が付くことだろう。
「済まないレアナ…………気付けなかった。噂を信じて疑わなかった。いいや違うな。婿であるブルニュストを信じていたのだ。王家と反王家を繋ぐ架け橋になることを喜んで応じてくれた男のことを。それなのに俺は……許せとは言わない。けれど済まない」
拳を白くなる程強く握り締め、悔しさを滲ませるファイアルは、レアナに深く頭を下げ続けた。
レアナは頭を上げない彼に慌て、許すと言いながら顔を上げるように話した。
「お祖父様は悪くありませんわ。私にも丁寧に接して下さったのは、ジャスミンの他にはお祖父様しかいませんでした。だから最後に手紙を託そうとしたのですから」
「許さなくて良い。だがお前には、お前とアン王女には忠誠を尽くすと誓う。この身に代えてもな」
「ありがとうございます。ぐすっ……嬉しいです、お祖父様」
国王ザリュス、アン、ライム、ハルは彼らを見て安堵していた。彼女にも味方がいたことが分かったからだ。
ファイアルにもまた、協力を要請する。
ザリュスとアンも信じる、王家に忠誠を誓う彼にしか出来ないことだった。
ファイアルには他国とも貿易を行う、大きな商会を有していた。
◇◇◇
「顔を上げてくれ、皆のものよ。集まってくれて礼を言おう。今回は国の財政の圧迫について、抜本的な改革を進めようと思う」
ザリュスの声に集った臣下達が顔を上げて国王とアン王女を見つめた。
死の淵をさ迷っていた筈の王女はまだ少し痩せてはいたが、顔色良く覇気が戻っていた。
(ガルシアめ。失敗したと密偵から報告があったが、まさかここまで回復していたとは。役立たずにも程があるぞ)
ラルバスは悔しさで一瞬だけ渋面を晒したが、すぐにアルカイックスマイルに戻した。
「喜ばしいことだ。さすがアン王女で御座います」
「ほんにのう。第一子には神のご加護があると言うが、正に奇跡だ」
「噂では未知の毒に犯されたと聞いた。王家の者はさすがに耐性が備わっている為か、回復が早い」
「よう御座いました。訃報を聞かずに安堵致しました」
この集まりを次期王太子を決める場だと思っていたラルバスは期待が外れ苛立たしかった。
回復不能と言われていたアンは、顔色良くザリュスの隣に立っているし、噂にもなかった財政の改革についての話を、急に始めると言うのだから。
「我が国の財政はこのままでは破綻に向かう。その為他国から安く品物を仕入れ、急場を凌ごうと思う。未来の国の為に協力を願う」
そこまで言われて断れる訳もない。
安く買い入れた品を日常で使うことになり、今まで担当貴族に渡していた例えば、軍の鎧や剣の費用や兵站用の物品をファイアルの商会から安く一括購入することになった。
孤児院や救護院、教会への支援も、現物支給になった。
暫くはと言うザリュスの言葉だが、期限は決められていない。国王と宰相の相談で決めると言われ、口を出せる貴族はいない。
王弟であるラルバスさえも、赤字予算に口を出せない。出したが最後、潤う公爵家から援助をと乞われれば断れないからだ。
身を固くしやり過ごすことを選択したラルバスは、悪手にまわった。
反王家の貴族達は与えられた役職から予算を横領したり、物品の数を減らしたり品質が落ちた物を仕入れて差額をくすねていた。
特に弱い者への支援。
援助を受ける彼らへの資金は死活問題である。
それを搾取するのだから、反王家派はいない方がマシだろう。
国が貧しくなっても我が身が潤えば良いと考える貴族に蝕まれたソフィーナリ国は、危機的状態にあった。
ラルバスはそれを知ってもなお、他国と手を組んで甘い密を吸うことを考えたのだ。
ジャスミラン国の国王ガイスは、ソフィーナリ国第一王子クロッカスが王位を継げば、緑豊かな過ごしやすいこの国に資金提供を行い陰から支配することを考えていた。
ジャスミラン国がいなければ、国が保てない状況になるように。
軍事面が極端に弱ければ、滅ぶまで兵士を向けて見るのも良い。そんな思惑だった。
その時が来れば、ラルバスのような浴深い者等捨てられる筈だ。
反王家派は横領により自由に得ていた資金をなくし、贅沢を出来なくなる。けれど贅沢を知った者はそれを諦められない。
国にある貸し付け金を併設した銀行を利用し、泥沼に嵌まるだろう。ザリュスはもう、彼らに権限を返すつもりがないのだから。
恐らく契約通りに土地や爵位を回収することになり、不要な貴族を削ることに成功するだろう。
◇◇◇
他国や周辺国には教師やインフラ整備の技術提供と資金援助を行い、見返りに食料や品物を得ることになる。
勿論数は十分でない為、レアナが数を増やし調整していく。その帳簿は宰相の息子が担当する。彼も国の危機に憂いを持っている為、既に国王の仲間入りを果たしていた。
銀行には預けている見える資金はわざと少なくし、国王の秘密金庫には金貨を詰め込み、危機に備えている。
もしインフレになっても金貨の価値は高いので、最悪な場合は他国で買い取りされることだろう。
その時は通貨ではなく、単純な金の価値としての値で。
だが今はアンが復活し、スキル持ちのレアナも傍にいる。国の立て直しは加速していくのだ。
孤児院には食料や配給がまわるようになり、救護院では適切な治療が受けられるようになった。道具も医師も揃えられた。
教会にも支援金が全額届き、困窮した者を迎える一時施設が建てられた。今までは教会の空き部屋2つしかなく、酷い月は講堂の床で寝て貰うこともあったのだ。
本来の支援が届き感謝する人々は、アン王女の回復で生活が変わったことを実感していた。
逆に横領等の不義理を働いた貴族達は、調査により罪が明らかにされた。軽くて罰金、重い者は爵位の返上と罰金刑が言い渡され、不足分は鉱山での労働にて返済されることになった。
国の衰退を起こして来た貴族を罰する為に、多くの者が調査に協力し、速やかに洗い出しが行われて言った。
反王家である公爵家ミタディングの当主ラルバスは、さすがに証拠を残さず罰金刑で済んだが、協力者が悉く潰され、王位の簒奪を諦めるしかなくなった。
弱者になったラルバスには、ジャスミラン国は今後支援等しないだろう。




