眩い光
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カイルがヴィオラを腕に抱き締めたままむせび泣いていると、二人に寄り添うように座っていたノクティスの額の宝石が輝きを増した。輝きはさらに強くなっていく。
辺り一面に咲く黄色い花が、光に呑み込まれる。カイルとヴィオラの身体も、眩しい光に包まれた。
「この光は……?」
驚いて振り返ったカイルは、ノクティスの変化に息を呑んだ。
「ノクティス?」
まるでノクティスの額の宝石の輝きに呼応するかのように、少し離れた場所に見える湖面が内側から輝きを放つ。
突然ざあっと大きな風が吹き、カイルはヴィオラの身体を庇うように抱き締めた。
ふと温かな力を感じてカイルがヴィオラを見つめると、彼女の首元にある光の精霊の加護を示す紋様が光を帯びている。
消えかかっていた加護の紋様が、再び息を吹き返したかのように輝き出す様子を、カイルは息を詰めるようにして見つめていた。
「これは、いったい……」
微かにヴィオラの瞼が動いたように感じて、カイルは祈るような思いで彼女の名を呼んだ。
「……ヴィオラ?」
カイルがヴィオラの手を握る。心なしか、冷え切っていた彼女の指先に、どことなく温もりが戻ってきたように感じる。
じっとヴィオラを見つめるカイルの視線の先で、再びヴィオラの瞼が震えた。
「………ん」
ゆっくりとヴィオラの瞼が開く。宝石のような美しい青紫色の瞳と目が合って、カイルは思い切り彼女を抱き締めた。
熱いカイルの腕の中で、ヴィオラが戸惑ったように口を開く。
「カイル、私……」
「戻ってきてくれたんだね」
泣き笑いになったカイルが、再びヴィオラを抱き締める。
ヴィオラは、温かな生命力が体内に満ちるのを感じた。
「私……生きているのね」
「ああ、そうだよ」
カイルを見つめるヴィオラの顔に、幸せそうな笑みが零れる。
「ノクティスが、私を連れ帰ってくれたんだわ」
ヴィオラはノクティスの頭を優しく撫でた。その首元には、輝くばかりの不思議な紋様が浮かび上がっている。
「ノクティス、君は、もしかして……」
可愛らしくも神々しい姿に息を呑む二人の耳に、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「お前たち……まさか、『神獣』を手懐けていたとはな……!」
はっとしてヴィオラとカイルが振り返ると、背後の崖の上にアダムの姿があった。
「大聖堂の司祭が、いったい何に気付いたのかと思えば……『神獣』ならば納得だ」
ノクティスの首元に現れているのと同じ紋様は、アダムも以前に大聖堂で見たことがあった。聖アルザスが連れていた犬の像に刻まれていた紋様だ。
アダムの頭の中では、ばらばらになっていたピースがかちりと嵌ったような感覚があった。
「それに、『幻の湖』なんて、単なる御伽噺の類だろうと思っていたが――本当に願いが叶うのか」
アダムは興奮のあまり、異様なほど瞳を輝かせていた。ノクティスが低い唸り声を上げる。
「ヴィオラ。君は光の精霊の加護を取り戻したんだな?」
返事をする代わりに、ヴィオラが一歩後退る。
「どうして、アダム様がここに……?」
思いがけず現れたアダムの姿を見上げて、ヴィオラは身を竦ませた。
カイルが一歩前に出て、そんなヴィオラの身体を庇う。
「ヴィオラに加護が戻ったとしても、兄上には何の関係もないでしょう!」
「俺にはヴィオラが必要なんだ。そして、このカリスティード王国にもな」
アダムが一歩前に出る。
「ヴィオラの優れた光魔法の力は、この王国を守る要だ。どうか俺と一緒に、魔術師団に戻ってほしい」
「何を今更……!!」
怒りに震えるカイルは無視して、無言のままのヴィオラに向かい、アダムが恭しく片膝をつく。
「俺の隣にいてほしいのは、君だけだ。俺の婚約者として、戻ってきてくれないか」
首にある光の精霊の加護が、以前にも増して力強く輝くヴィオラの姿は、アダムにはまるで女神のように神々しく見えた。ほっそりと線は細いけれど、かつての彼女に勝るとも劣らないくらい美しく見える。
けれど、ヴィオラの表情は硬いままだった。
「何を仰っているのです? もう私たちの婚約は解消済ですし、アダム様はマイヤを選んだのでしょう?」
「だからこうして君に頭を下げている。マイヤとは、もう終わったよ。これからは必ず君を守るから――」
「私が愛しているのは、カイルだけです」
ヴィオラがぴしゃりと言う。頬を染めたカイルを見下ろしながら、アダムはまだ余裕を滲ませていた。
「呪われた闇属性のカイルといたって、君にとっていいことは何もない。クローヴェン侯爵家の跡取りで、魔術師団でも、魔術師団長を目指せる位置にいる俺のほうが……」
もしヴィオラが戻ってくるなら、必ず降格を免れるどころか、再び魔術師団長を狙える位置に返り咲けるだろうと、アダムは自信を持っていた。
そんなアダムに対して、ヴィオラは静かに言った。
「地位も名誉も、私は何もいりません。カイルと一緒にいられるなら、私はそれだけで幸せです」
取りつく島もないヴィオラを見て、アダムが唇を噛む。
顔を顰めたアダムだったけれど、薄く口角を上げると、ちらりと幻の湖に目をやった。
「ヴィオラに加護が戻ったんだ、幻の湖とやらには伝承通りの力があるのだろう。ならば――俺はあの湖に願う。そこにいる神獣を、どうか俺の手に」
伝説上の存在だと思っていた神獣に、アダムが羨望の眼差しを向ける。神獣さえ味方につけられるのなら、魔物など敵ではない。魔術師団長の座も、思いのままに手に入るはずだと彼には確信があった。
「ノクティス……!」
ヴィオラが慌ててノクティスを腕に抱き締める。ノクティスはじっとアダムを見上げていた。
「邪魔をするな、ヴィオラ。その神獣はもう俺のものだ。手を放せ!」
けれど、ノクティスがヴィオラの腕の中からアダムに向かって上げたのは、敵対心を隠さない大きな唸り声だった。
その姿を見て、悔しそうにアダムが言い捨てる。
「くそっ。……後悔するぞ」
アダムが、手をすっと前に翳す。
「兄上、いったい何を……!?」
顔を歪めたアダムの手から放たれた強力な炎は、カイルたちの頭上を越えていく。鏡面のように輝く湖と、それを囲む銀色の花々を、真っ赤な炎が包んでいった。
次話(本日19時更新)が最終話になります。もう少しお付き合いいただけましたら幸いです。




