追跡者
アダムは一人で馬を駆り、一定の距離を置いてカイルの後を追っていた。山を通る道は一本道だ。勘付かれない程度に離れても、カイルとヴィオラを見失うおそれはない。
魔術師団長との会話を思い出し、アダムが悔しそうに顔を歪める。
(くそっ。カイルのせいで、俺は……)
精鋭部隊がフェンリルによって大怪我を負い、マイヤも魔術師団への復帰が不可能と判断されて、アダムは厳しい批判にさらされていた。状況に照らして魔術師団への応援要請が必要だったとはいえ、彼だけが軽傷で済んだことにも冷ややかな目が向けられた。
このままだと降格は避けられない。追い詰められた状況で、再度のチャンスを望むアダムに対して、北方の拠点までやってきた魔術師団長が口にした言葉が、彼の胸を抉っていた。
「フェンリルに出くわしたのは、災難だったと言うほかないが――王都近辺で最近魔物が増えているのは、恐らく君の弟とは無関係だ」
「何ですって!? カイルは、あの呪われた闇属性の持ち主ですよ?」
焦るアダムに、魔術師団長は続けた。
「確かにそうだが、カイル殿たちが通ったと思われる道と、その周辺の魔物の出没状況とを照らし合わせても、魔物の出没が増えているなど、何らおかしなことはないことがわかった。君たちを襲ったフェンリルについては、カイル殿の影響は否定できないがね」
「……っ」
「むしろ高位魔物は、フェンリルを除けば出没が減っていたようだ」
魔術師団長が差し出した地図と、そこに書き込まれた魔物の出没状況を見て、アダムが唇を噛む。
(だが、このままでは俺の立場が……)
何か解決の糸口はないかと、必死に頭を回転させるアダムに、魔術師団長は静かに言った。
「君にカイル殿の調査を依頼したのは俺だ。そのせいで怪我人が出たのは、俺の落ち度とも言える。だが……」
彼の目が鋭く光る。
「君に頼んだのは、ほかでもない、君が彼の兄だからだ。どうして強硬な手段に訴えた?」
「それは、弟が危険な魔力の持ち主で……」
目を泳がせたアダムを、魔術師団長はじろりと睨んだ。
「そうだとしても、カイル殿はヴィオラ嬢と一緒だったそうじゃないか。私も、彼女のことはよく知っている。優しく、素晴らしい光魔法の使い手だった。まさか、君もヴィオラ嬢を忘れたとは言うまい」
青い顔で口を噤んだアダムに、魔術師団長は続けた。
「カイル殿は、ままならない身体の彼女と旅をしているそうだな。そんな彼が、彼女の前で危険な魔法を使うことは考えづらい。もしも何かあれば、ヴィオラ嬢も彼を止めようとするはずだ。平和的な話し合いさえできれば、こんな被害が出ることもなかったかもしれない」
「ですが……」
「もういい」
彼はぴしゃりとアダムに言った。
「ま、待ってください! では、一度は落ち着いていたはずの王都周辺に、強力な魔物が再び現れ始めたことについては、どうお考えですか?」
魔術師団長が、一拍置いてからアダムを見つめる。
「君は、魔物の習性は把握しているだろう?」
「ええ、当然です」
「なら、高位魔物は、格上の存在の縄張りを避けることは知っているな」
「はい。そのような魔物は、魔力を敏感に察知しますから」
話が見えずに訝しげな表情を浮かべたアダムだったけれど、魔術師団長との会話にどこか引っ掛かりを覚えていた。はっとしてアダムが尋ねる。
「団長はさっき、カイルたちの通った付近では『高位魔物の出没が減っていた』と仰いましたか?」
「ああ、そうだ。そして、彼らが王都を出立した時と、強力な魔物の出没が王都付近に増え始めた時期は、概ね一致している」
「そんな……」
(もし本当にそうだとしたなら、俺がヴィオラとカイルを追い出したせいで、こんなことに……? いや、まさかな)
青ざめたアダムに、魔術師団長は続けた。
「単なる偶然かもしれないし、確かなことは言えないが――かつて強い光の精霊の加護を受けていたヴィオラ嬢に、特殊な加護の変化が生じた可能性、あるいは、カイル殿自身が何かを秘めている可能性も、考えられなくはない。……または、彼らの旅の同行者に何かがある可能性もな」
アダムは面喰ったように言った。
「理屈としてはわかりますが、そんなことがあり得るのでしょうか? ヴィオラは光の加護をほとんど失い、余命短いですし、カイルも魔物を呼ぶことはあれど、魔物に畏怖されるほどの力があるとは思えません。それに、旅路であの二人が連れていたのは、以前にカイルが拾ってきたことのある、魔物まがいの犬だけです」
「そうか。まあ、それもあくまで可能性の一つだが、大聖堂の司祭からは、興味深い報告も入っている」
「大聖堂の司祭から、ですか?」
魔術師団ともつながりがあり、カリスティード王国を担う一翼で、平民からの支持が大きい大聖堂の司祭からの報告と聞いて、アダムの瞳が揺れる。
「ああ。だが、それは別の者たちに調査を依頼している。君は、傷が癒えたら、早々に王都周辺の魔物討伐隊に合流してほしい」
「お願いします、俺にもその調査を担わせてください!」
「駄目だ」
魔術師団長がじろりとアダムを見つめる。
「君は一度失敗している。君に同行させた精鋭たちに、あれほどの被害が出たのを忘れたのか? ……どうしても行くというのなら、失敗の理由を省みてからにするんだな」
項垂れたアダムを残して、魔術師団長は踵を返したのだった。
***
気配を殺してカイルとヴィオラを尾行してきたアダムは、子犬を連れて宿に入っていく二人を眺めると、壁に背を凭せかけて腕組みをした。
(いったい何なんだ、あの犬は?)
一見すると普通の犬にしか見えない黒い子犬の姿を眺めて、アダムが目を眇める。彼は魔術師団長の言葉を思い出していた。
(カイルとヴィオラの旅の同行者に、何かがある可能性、か……)
子犬が突如として巨大な狼に変身して、カイルとヴィオラを背に乗せて運ぶ様子を、アダムは信じられない思いで背後から見つめていたのだ。
従順そうに尻尾を振る子犬と、つい今しがたまでカイルとヴィオラを背に乗せていた狼が同じ生き物だとは、にわかには信じられない思いだった。
(だが、単に珍しい魔物というだけだろう。あんな魔物を使役するなんて、カイルの存在はやはり脅威だ)
カイルの魔力は既に自分を超えているのだろうということを、アダムは敏感に察していた。
魔術師団では、どのような属性の持ち主であろうと、力のある者が認められる。忌むべき闇属性であったとしても、その力が突出していれば相応しい地位を与えられる。
ヴィオラの死後、カイルが仮に魔術師団に入るとするなら、自分の地位を脅かすのは、アダムには許し難いことだった。副団長の地位からの降格が視野に入っている今は、尚更だ。
(ただ、魔術師団長が言っていた通り、彼らにはきっと何かある。それを掴めれば、俺も信用を取り戻すことができるかもしれない)
ただ、再びカイルと正面から対峙すれば面倒なことになりそうだと、彼の直感が告げていた。とはいえ、どんどん弱っていく様子のヴィオラを見ていると、付け入る隙もあるようにも思える。
そして、二人の目的地についても、アダムは彼らの行動から察していた。
(はっ、『幻の湖』か。そんなものは眉唾だろうに、願いをかけるなんて馬鹿馬鹿しい)
そもそも、幻の湖の存在自体をアダムは信じてはいなかったけれど、ヴィオラとカイルがそのために人のまばらな山中の村に来たことは、彼にとっては好都合だった。
(まあいい。……カイル、今に見ていろ)
アダムは冷たく目を細めた。




