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選ばれなかった私は、残された時間を自由に生きます  作者: 瑪々子


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ただ一人の味方

「ありがとうございます、カイル様」


 丁寧に礼を言ったヴィオラが、じっとカイルを見つめる。


「ずっと私の側にいてくださったのですか?」

「はい。……ご迷惑だったでしょうか」


 心許ない様子で尋ねたカイルに、ヴィオラは微笑みかけた。


「いえ、嬉しかったんです。アダム様に見放されて、頼れるような家族もいない私を、カイル様がこうして気遣ってくださったことが」


 カイルの頬が薄く色付く。ふと、ヴィオラがベッドの正面にある鏡に目を向けた。


「……!!」


 鏡の中の、げっそりとやつれて変わり果てた自分の顔を直視できずに、ヴィオラが目を逸らす。マイヤに言われた辛辣な言葉が、改めてヴィオラの胸を抉った。


(マイヤが言っていたこと……確かにその通りだわ)


 ヴィオラが両手で顔を覆い、酷く動揺していることに気付いて、カイルが労わるように彼女の肩に手を置く。


「ヴィオラ様……」

「光の精霊からの強い加護を失った上に、こんな姿になってしまうなんて。アダム様も私を見限る訳ですね」

「ヴィオラ様はヴィオラ様です。僕にとっては何も変わりません」


 俯いたヴィオラが、震える声で尋ねる。


「どうして、カイル様はそんなに優しいのですか?」

「僕のほうが、これまでヴィオラ様に救われていたんです」


 力強い口調で、カイルが続ける。


「貴女はいつだって、僕を気にかけてくれた。ずっと疎まれ続けてきた僕に生きる希望を与えてくれたのは、他ならぬヴィオラ様ですから」


 ヴィオラはカイルを見上げた。


(私は何も、特別なことはしていないのに)


 幼い頃から闇属性が発現していたカイルは、腫れ物扱いされることに慣れているのか、いつも自信なさげで、ひっそりと人目を忍ぶように過ごしていた。

 クローヴェン侯爵家の先祖には、魔王の血族に当たる魔族がいたという言い伝えがある。その真偽は定かではなかったものの、稀に闇属性の持ち主が生まれることがあり、その代には決まって侯爵家の存続を揺るがすような不運に見舞われた。そのような闇属性の持ち主は『呪われた者』と呼ばれ、一族から疎まれるのが常だった。

 例えば、クローヴェン侯爵家の五代前の当主も闇属性だったが、彼が闇属性の魔力の制御を誤ったせいで、多くの魔物を呼び寄せてしまい、彼の所属していた魔術師団は壊滅しかかったという。その責任を取り、彼はその後の自身の幽閉と引き換えに、かろうじてクローヴェン侯爵家を息子に継がせることが認められた。


 闇属性と判明したカイルも例に漏れず、両親が幼い彼を連れて外出すると、なぜか魔物に遭遇することが続いたせいで、彼は『呪われた子』と呼ばれるようになった。成長したカイルが、闇属性の魔力を制御できるようになり、魔物を呼び寄せることがほとんどなくなってからも、彼に対する周囲の視線は変わらなかった。

 そんなカイルの姿が、ヴィオラには、叔父に乗っ取られたフェルナート伯爵家で息を潜めるように暮らしていた自分と重なって見えて、放っておけなかったのだ。真っ直ぐな心根の持ち主で、純粋に彼女を慕ってくれるカイルのことを、ヴィオラは本当の弟のように可愛がっていた。

アダムのいるクローヴェン侯爵家を訪れる時、引っ込み思案だが聡明なカイルと言葉を交わすひとときは、ヴィオラにとっても心安らぐ楽しい時間だったのだ。


(……でも、もうカイル様と会うこともなくなってしまうのかしら)


 アダムに棄てられて、将来は義弟になるはずだったカイルとの縁が切れてしまうことが、ヴィオラには寂しく感じられた。

 そんなヴィオラの心の内を読んだかのように、カイルが彼女の青紫色の瞳を見つめる。


「僕は、ヴィオラ様さえ許してくださるのなら、いつだって貴女の味方です。これからも、ずっと」


 アダムに裏切られ、酷く傷付いていたヴィオラの心に、カイルの温かな言葉が沁みていく。


「ヴィオラ様のこと、僕はクローヴェン侯爵家の誰より近しく感じていました。貴女は今でも、僕にとっては家族以上に……いえ、誰とも比べようのないくらい大切な存在です」


 一息に言ったカイルを、ヴィオラは感慨深く見つめた。


「私にはもったいないようなお言葉を、ありがとうございます」


 カイルはヴィオラに微笑みかけた。


「僕にできることがあれば、遠慮なく僕を頼ってください」


 しばらく口を噤んだヴィオラが、カイルに尋ねる。


「……私が目を覚ましたこと、アダム様やマイヤはもう知っているのでしょうか?」

「いえ。ヴィオラ様のお身体の具合もまだ思わしくないようでしたし、兄上たちに伝えれば、きっと休んでいるヴィオラ様を起こしてしまうと思いましたので。……でも、このまま伝えない訳にもいきませんね」


 カイルの眉尻が下がる。

 今はまだ、ヴィオラがアダムの婚約者である事実に変わりはない。そして、ヴィオラに治療を指示しているのも、一義的にはアダムだ。

 俯いたヴィオラに向かって、カイルが思案顔で口を開く。


「ヴィオラ様が兄上を魔物から庇った時、大勢の魔術師団員たちもその場にいたと聞いています。ヴィオラ様が目覚めた今、兄上は貴女を決して邪険には扱えないはずです」

「……そうでしょうか?」

「言葉は悪いかもしれませんが、兄上は体面を重視しますから。一部にはマイヤ様のように非常識な方がいるとしても、自分を庇って大怪我を負った婚約者を見捨てたとなれば、兄の名声も地に落ちるでしょう」

(アダム様は、対外的には私を心配しているように振る舞っていらっしゃるのかしら? でも……)


 ヴィオラの瞳が切なげに揺れる。


(もうアダム様の本音を知ってしまったのだもの、彼に縋りたくはないわ)


 ちょうどその時、二人の耳に馬車の近付いてくる音が届いた。カイルが窓の外に視線を移す。


「お医者様がいらしたようですね。今日はヴィオラ様の診察日なんです」


 ヴィオラの意識が戻らない間も、クローヴェン侯爵家お抱えの医者が、アダムの婚約者である彼女を診察するために、定期的に侯爵家を訪れていた。


「そうでしたか」


 ヴィオラには、重い身体がもどかしく感じられた。


(私の身体は、どうなってしまったのかしら……?)


 意識を取り戻したばかりの時とは違い、動けない訳ではないものの、怠さが全身を蝕んでいる。ヴィオラには、どことなく嫌な予感がした。

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