殺気
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アダムは部下の馬にカイルを乗せ、自身も馬に乗って移動していた。いったん目指すのは、北方にある魔術師団の拠点の一つだ。
王都の拠点と比べて、所属している魔術師団員の数は少ないものの、北方に頻繁に出没する魔物との戦いに慣れた、手練れの魔術師たちが揃っている。さらに、堅牢な牢獄があることも、アダムがその拠点を目指すことに決めた理由の一つだった。
カイルは、拘束具をつけられて馬上で揺られながらも、頭に浮かぶのはヴィオラのことばかりだった。
(あんな場所に残されて、ヴィオラは大丈夫だろうか。ノクティスが側にいるとはいえ、ただでさえ体調が優れない上に、魔物が出ないとも限らないのに……)
海の見えた高台から最寄りの村まで、たいした距離はない。それでも考えるほど心配になったカイルは、前方の馬上に見えるアダムの背を見つめた。
「兄上、一つだけお願いがあります。ヴィオラが無事に村に着いたかどうか、確認していただけないでしょうか」
冷ややかな表情でアダムが振り向く。
「はっ。この期に及んで、自分の心配ではなくヴィオラの心配をするのか? 随分と余裕があるんだな」
「ヴィオラの身体のことは、兄上もよくご存知のはずでしょう? 彼女の無事さえわかれば、僕は兄上の言葉に従いますから」
二人の会話をその横の馬上で聞いていたマイヤが、薄く口角を上げる。マイヤがヴィオラに麻痺の魔法を掛けたことを知らないカイルに、彼女は続けた。
「あなたが目の前で連れていかれて、ヴィオラはショックで座り込んでいたみたいだったけど……まあ、そのうち動けるようになるんじゃないかしら?」
もったいをつけたマイヤの言い方と含み笑いに、不安げにカイルが瞳を揺らす。
マイヤがヴィオラを以前から邪魔に思っていたことも、彼はよく知っていた。
「まさか……ヴィオラに何かしたのか?」
「そんなこと、あなたが気にする必要はないわ。私が何をしようが、どうせ、ヴィオラの先は長くないのだし」
カイルの顔が、みるみるうちに怒りに歪む。
「ヴィオラに危害を加えたなら、許さない……!!」
アダムは一つ息を吐くと、ぐっと両の拳を握り締めたカイルを見つめた。
「カイル、往生際が悪いぞ! 魔法を封じられている今のお前には何もできない。諦めるんだな」
アダムは呆れたようにちらりとマイヤを見やった。
「マイヤ。お前も、あまりカイルの感情を逆撫でするようなことは……」
そこまでアダムが言った時、彼の言葉を遮るように、ゴオッと音を立てて風が吹き過ぎていった。道の両脇に並ぶ木々の枝が、激しく揺れる。
それまでは青く澄み渡っていた空にも、いつしか鼠色の雲が重く垂れ込めていた。
馬上にいたカイルが、表情を変えてアダムに告げる。
「兄上、ここは危険です!」
カイルは、近くに膨大な魔力を感じていた。
「は? 何を言って……」
ふと、背筋が冷えるような感覚を覚えて、アダムがきょろきょろと周囲を見回す。
「この殺気は……!?」
進行方向に見える茂みの奥に何かの気配を感じて、アダムが急いで手綱を引く。足を止めた馬が、恐怖に大きく嘶いた。
茂みから飛び出してきたのは、銀色に輝く、見上げるほど大きな狼だった。猛々しい狼を見て、アダムがごくりと唾を飲む。
「これは……フェンリルか」
最上級魔物の一種であるフェンリルを前にして、アダムの背後にいたマイヤと、その後に続く魔術師たちも固まっていた。
狂暴な鋭い牙を剥くフェンリルが、さらにもう一頭茂みから現れる。
フェンリルの青い瞳に睨まれて、マイヤはふるりと震えた。
「嘘でしょう!? どうして、こんな場所にフェンリルが二頭も……!!」
カイルも目の前のフェンリルに息を呑んでいた。
(どうして急にフェンリルが?)
フェンリルと遭遇することは稀であることに加え、魔物の一種に区分されながらも、人間を襲うことは滅多にないと言われる。そのため、王立魔術師団でも、出くわしたら機嫌を損ねないように逃げるのが常だった。地方によっては、フェンリルを神格視する町や村もあるほどだ。
けれど、アダムたちの目の前にいるフェンリルからは、明らかな敵意が漲っていた。
(まさか、さっき僕は怒りで、闇属性の魔力の制御を失ったのか……?)
マイヤの言葉に、我を忘れて激怒したことを思い返して、カイルの顔から血の気が引く。
アダムは悔しそうにカイルを見つめた。
「カイル、お前、謀ったな……!」
忌々しそうにアダムがカイルを睨み付ける。
「このフェンリルたちを呼び寄せたのは、お前だろう!!」
飛びかかってきたフェンリルの一頭に、アダムが炎魔法を浴びせる。けれど、フェンリルが口から吐いたおびただしい氷で、アダムの炎魔法は一瞬で消滅した。
「くそっ。俺の魔法は、フェンリルとは相性が悪い」
アダムと同じ火魔法の使い手であるマイヤも、すっかり青ざめている。
「こんな魔物まで扇動するなんて……何て忌まわしいの……!」
アダムたちに同行していた魔術師たちの中には、風魔法や雷魔法といった違う種類の魔法の使い手もいたけれど、別格のフェンリルを前にして縮み上がっていた。圧倒的な力の差を感じざるを得ない。
混乱気味にマイヤがカイルに叫ぶ。
「早くこのフェンリルたちを追い払って!」
そうしている間にも、フェンリルはマイヤに飛びかかってきた。
「きゃあっ!」
「マイヤ!!」
炎魔法でアダムはマイヤを庇ったけれど、明らかな劣勢を悟って声を上げた。
「このまま魔術師団の拠点に向かう! フェンリルとの戦闘は避けろ、急いで撒くぞ!!」
アダムは凍り付くような瞳で、硬い顔をしているカイルを振り返った。
「やっぱりお前が元凶だったんだな」
思い切りアダムが馬に鞭を入れると、馬は飛ぶように走り出した。
アダムの後を、マイヤと魔術師たちもすぐに続く。
けれど、フェンリルの足は馬の足よりも速かった。追いついて飛びかかってきたフェンリルを、アダムがかろうじて避ける。もう一頭のフェンリルは、カイルともう一人の魔術師に襲いかかってきた。間一髪で身を躱したものの、カイルの顔にはフェンリルの爪が掠りそうになる。
「兄上、この拘束具を解いてください! 僕がフェンリルたちの相手をしますから」
「お前を解放するわけにはいかない」
カイルを振り返ったアダムは、馬を駆りながらしばし頭を巡らせると、ふっと口角を上げた。
「この場にカイルを残していけ!」
カイルを同じ馬に乗せていた魔術師が、困惑気味に声を上げる。
「ですが……」
「いいから聞け!」
アダムが魔術師を振り返る。
「カイルには、魔物を呼び寄せた責任を取って、ここでフェンリルの囮になってもらう」
「囮……!?」
思わず耳を疑ったカイルに、アダムは続けた。
「ああ。この事態をもたらしたのはお前なんだから、自業自得だ。恨むなら自分を恨むんだな」
アダムは、カイルを連れ帰ることを諦める代わりに、彼を置き去りにしてフェンリルの標的にすることで、自分たちはフェンリルから逃れようとしたのだった。背に腹は代えられない。カイルが魔物を呼んだためだと上層部に告げれば、責任は問われないだろうと考えたのだ。
(そういうことか……)
アダムの思惑は、カイルにも透けて見えるような気がした。カイルのような呪われた者は、クローヴェン侯爵家の汚名をそそぐためにも、できることなら機会を得て闇に葬り去りたかったのだろうと想像がついた。
「さあ!!」
アダムに促されて、躊躇いながらも魔術師が呟く。
「……お許しください、カイル様」
馬上からカイルの身体が宙を舞った。背中から地面に打ち付けられたカイルが、小さな呻き声を上げる。
アダムたち一行は、カイルを置いて走り去っていった。
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とても素敵に描いてくださって、表紙はじめどのページも眼福の美しさです…!こちらもどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




