追っ手
炎の奥から姿を現したのは、アダムだった。彼のすぐ後ろにはマイヤの姿も見える。
「アダム様!? どうして……?」
ヴィオラの悲痛な声に、アダムがちらりと彼女を見つめる。
まだかなり身体の線は細いものの、以前の美しさを取り戻しつつある、透明感のあるヴィオラの姿を前にして、アダムははっと目を瞠った。
「ヴィオラ……」
彼は一瞬口を噤んだけれど、すぐに余裕のある笑みを浮かべた。
「今日は君ではなく、カイルに用があってきた」
「えっ、カイルに……?」
ヴィオラが不安げに瞳を揺らす。アダムたちの現れ方は、明らかに穏やかなものではなかったからだ。
アダムは不機嫌そうに軽く顔を顰めた。
「ほう、カイルと呼んでいるのか。……随分と仲がいいんだな」
前髪を切ったカイルの雰囲気が変わっていることや、ヴィオラが敬称を付けずに弟の名前を呼んでいることに、二人の距離が縮まったことを感じてアダムが呟く。
カイルはアダムを真っ向から見据えた。
「兄上、いったいこれは何のつもりですか? ……それに、どうして僕たちがこの場所にいると?」
「お前たちの足跡を辿るくらい、容易いことさ。お前とヴィオラが通った道や滞在先まで、すべての情報は俺の耳に入っている」
自由に旅をしていたつもりが、兄の掌の上で転がされていたことを感じて、カイルの顔が歪む。
ヴィオラもアダムの言葉に動揺していた。
(アダム様と婚約を解消した後は、快く旅に送り出してくださったものと思っていたのに、まさか追跡されていたなんて……)
アダムは薄く口角を上げた。
「カイル、お前の存在自体が、この王国にとって脅威になりかねない。だから、万が一に備えて監視させてもらったまでだ」
「そうだとしても、ただ僕に用があるというだけなら、こんなことをする必要はないでしょう!?」
「ああ、ただの用ならな。だが、そうではないから、お前が逃げられないようにさせてもらった」
カイルが悔しそうに続ける。
「僕が何をしたというのです?」
「お前は闇属性の魔力を解放したな? その責任は取ってもらう」
怪訝な顔でカイルがアダムに尋ねる。
「闇属性の魔力を解放? ……何のことですか?」
「しらばっくれるな。お前がヴィオラとクローヴェン侯爵家を去ってから、王都近辺での魔物の出没量が増えている。……俺がヴィオラとの婚約を解消したことへの意趣返しか何かのつもりか? お前の身柄は拘束させてもらうぞ。犯した罪を償え」
「言いがかりはやめてください!」
ヴィオラが叫ぶ。
「カイルは何一つ、罪に問われるようなことはしていません……! 何かの間違いに決まっています!!」
マイヤがアダムの代わりに言葉を継ぐ。
「間違いなんかじゃないわ! 彼はそこの魔物を使役しているじゃない」
マイヤが顎で示した先には、ノクティスの姿がある。その額の透明な宝石は、額にかかる漆黒の毛を内側から透かすようにして、強い輝きを放っていた。
「誤解よ、マイヤ。この子は可愛い子犬で、魔物なんかじゃ……」
「そんなおかしな犬、普通の犬のはずがないわ!」
勝ち誇ったようにマイヤが言う。同時に、アダムは大きな炎を手に纏わせるとカイルに放った。手加減のないアダムの炎魔法に、ヴィオラが悲鳴を上げる。
「カイル!!」
すぐにカイルも闇魔法で盾を作り出し、アダムの炎魔法を弾いた。まったくダメージのない様子のカイルを見て、アダムが舌打ちをする。
「俺の炎魔法を涼しい顔で受け流すとは、お前はやっぱり化け物だな」
カイルは冷たい瞳で兄を睨み付けた。
「兄上がそのつもりなら、僕も容赦しません」
カイルは闇魔法で重厚な剣を作り出すと、両手で構えた。
「ほう、やる気か。お前らしい、禍々しい剣だな」
アダムもすぐに炎魔法で長剣を作り出し、右手に握る。
カイルはアダムを見据えたまま、ヴィオラに告げた。
「ノクティスと一緒に下がっていて」
「……ええ」
どうすることもできずに、ヴィオラは頷くとノクティスを腕に抱き上げた。アダムが鷹揚に笑う。
「はっ。お手並み拝見といこうじゃないか」
剣を構えて跳躍したアダムに、カイルが斬りかかる。魔法で作られた互いの剣がぶつかり合い、鈍い音が空気を揺らすように辺りに響く。
闇魔法の大きな剣を自在に操るカイルの俊敏な動きを、ヴィオラは祈るようにして見つめていた。
アダムの炎魔法の威力と優れた剣の腕は、同じ魔術師団で近くにいたヴィオラだからこそ、よく知っている。
そんなアダムを相手にして、カイルは勝るとも劣らぬ強さで応戦していた。
(強いわ、カイル……! むしろ、アダム様よりも余裕があるみたい)
額から汗を滴らせ、剣を交わす度に顔を歪めるアダムとは対照的に、カイルの淡々とした表情は変わらない。がっしりとした体格のアダムが、すらりと細身のカイルに次第に押されていく。
息を詰めるように二人を見つめるヴィオラの前で、カイルがふっと笑みを浮かべる。
「兄上、この程度ですか?」
「何だと……!?」
次の瞬間、カイルはアダムの剣を弾き飛ばした。慌ててアダムは新しい炎の剣を右手に作り出したけれど、カイルの剣の切っ先は、アダムの首元に突き付けられている。
悔しそうなアダムに対して、カイルは冷静に言った。
「お帰りください、兄上。僕はこれ以上の争いは望みません」
「くそっ……!」
けれど、その時、ヴィオラの身体の周囲に何かが現れた。
「きゃあっ!?」
ヴィオラの身体に巻き付くように出現したのは、火魔法で編まれた綱だった。




