表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】選ばれなかった私は、残された時間を自由に生きます  作者: 瑪々子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/48

昨夜の記憶

 翌朝、目を覚ましたヴィオラは、ベッドの上で彼女を見つめる瞳に気が付いた。気遣わしげな、美しい金色の瞳だ。


「あ……カイル、おはよう」

「おはよう、ヴィオラ。体調はどう?」


 ヴィオラは上半身を起こそうとして、くらりと眩暈を覚えた。全身がどことなく熱くて怠い。


「少し熱っぽいみたい。でも、たいしたことはないわ」

「そうか……」


 そっとカイルがヴィオラの額に触れる。


「昨夜、ヴィオラが高熱でうなされていたから、心配していたんだ」


 労わるように、彼は続けた。


「昨夜よりは熱は下がったみたいだけど、まだ熱いな。安静にしたほうがいいね」


 夜に火照っていたヴィオラの顔から、赤みはかなり引いていた。しばし口を噤んでいたヴィオラが、カイルに尋ねる。


「もしかして、夜中に、私の額を冷やしてくれた……?」


 昨夜の記憶は、夢と混ざり合うように、薄らとしか残っていない。けれど、額にひんやりとした感覚があったことは思い出した。


「ああ。かなりの高熱が出ていたからね」


 昨夜見た夢を思い出しながら、ヴィオラがおずおずとカイルに尋ねる。


「あの……カイル……私、あなたに抱き着いたり、したかしら……?」


 不安のうちにカイルの名前を呼んでから、彼の胸に飛び込んだこと、温かな腕を感じてほっとしたことが、朧げにヴィオラの記憶にあった。けれど、それが夢か現実か、定かではなかったのだ。

 カイルの頬が染まり、その瞳が微かに揺れる。


「それも……覚えてるの?」

「ごめんなさい……! 私、夢かと思って……」


 狼狽えるヴィオラを前にして、カイルはくすりと笑みを零した。


「夢の中だと思ったとしたって、嬉しいよ。ヴィオラがあんな風に僕に甘えてくれたのは、初めてだったから」


(私、カイルに何てことを……!)


 昨夜、カイルの胸に飛び込んだ記憶が次第に頭に蘇ってきて、ヴィオラは思わず両手で顔を覆った。

 悪夢にうなされて、思わずカイルの胸に縋ってしまったことも、彼が優しい声で、大丈夫だと繰り返してくれたことも思い出した。大胆なことをしてしまった恥ずかしさに、穴があったら入りたい気分になる。

 カイルが至近距離にいることにも、改めてどぎまぎとしてしまう。


「あんなに熱が高かったんだ、不安に感じたって当然だよ。いつだって、僕を頼って」


 さらりとヴィオラの髪を撫でると、カイルは起き上がってベッドから下りた。


「君の体調が落ち着くまで、しばらくここに滞在して、ゆっくりと過ごそう。移動を急ぐせいで、これ以上君の具合が悪くなったら、元も子もないから」


 ヴィオラをじっと見つめたカイルの眉尻が下がる。


「君の身体には、もっと僕が気を付けなければいけなかったのに。無理をさせてしまって、ごめん」


 ヴィオラは首を横に振った。


「毎日が楽しくて、つい自分の体調を後回しにしてしまったのは私なのよ。カイルが気にすることなんて、少しもないわ」

「でも、これ以上の無理は禁物だよ。……僕の回復魔法だけではなくて、薬を使ってもいいかもしれないね。薬屋ならきっと早い時間から開いているだろうから、町で探してくるよ。ヴィオラはここで休んでいて」

「……ありがとう」


 カイルの温かな笑顔に、ヴィオラは頷くことしかできなかった。


***


 ヴィオラは、カイルが部屋を出てから、朝日の眩しい窓の外を眺めていた。賑やかだった昨夜とは違って、まだ早朝の今の町は静かだ。


(カイルに心配をかけてしまって、申し訳ないわ)


 ヴィオラがゆっくりと目を閉じる。


(やっぱり、私の身体は……いつ動かなくなるか、わからないのね)


 昨夜、全身が熱く、鉛のように重かったことも、カイルに縋らずにはいられなかった心細さも、ぼんやりと思い出した。身体に力が入りづらい感覚や、収まらない怠さから目を背け続けてきたけれど、やはり逃げることはできなかったようだ。

 自分に残された時間が僅かしかないことを、嫌でも感じざるを得ない。

 ヴィオラの頭に、旅に出てからの光景が蘇ってくる。

 舞い散る美しい薄桃色の花、芳しい香りのコーヒー、甘酸っぱい苺のタルト、明るい陽射しに包まれたカフェ。

 馬車の窓から見た初めての景色、ステンドグラスが彩る荘厳な大聖堂、賑やかな屋台の灯り、夜空を走る流れ星。

 そして――嬉しそうに尻尾を振るノクティスと――温かなカイルの笑顔。


(カイル……)


 楽しい旅の思い出には、いつでもカイルの笑顔があった。誰よりヴィオラを気遣い、寄り添い、惜しみない優しさを注いでくれる彼の存在は、日に日にヴィオラの中で大きくなっている。


(もっと、カイルと一緒の時間を過ごしたい。まだ、生きていたいわ……)


 旅の思い出が輝いて見えれば見えるほど、死の恐怖はじわじわとヴィオラを蝕んでいた。

 アダムに捨てられた時には、もうどうなってもいいと感じていた自分の命が、今更惜しく感じられる。

 できるだけ前向きに、残りの人生を楽しもうと考えていたヴィオラだけれど、ふとした瞬間に、底知れぬ暗い深淵が、目の前に広がっているような気がするのだ。

 怖くて不安でどうしようもない時、カイルの優しさには言葉にならないほど救われている。『一緒にいたい』と言ってくれた彼の言葉は、心の深く柔らかい部分に届いていた。

 それでも、どれほどカイルが大切か、はっきりと口にすることができない自分がもどかしくもある。

 カイルの瞳に浮かぶ切ない色の意味を探してしまいそうになり、胸が締め付けられるような思いがする。

 苦しそうに息を吐いたヴィオラに気付いたかのように、顔を上げたノクティスが立ち上がる。彼女の側まで来ると、顔に鼻をすり寄せた。

 ヴィオラは手を伸ばすと、ノクティスを撫でた。


「……いい子ね」


 ノクティスは、琥珀色の大きな瞳でじっとヴィオラを見つめている。なぜか、ノクティスに見つめられると、心に秘めた想いまで見透かされるようにヴィオラには思えた。

 ノクティスの頭を撫でながら、ヴィオラが呟く。


「ねえ、ノクティス。私がいなくなっても――カイルをよろしくね」


 ヴィオラの言葉を、ノクティスは黙ったまま聞いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ