発熱
「カイル……」
夜中にヴィオラの声が聞こえて、カイルは身体を起こした。
「ヴィオラ?」
カイルがヴィオラを見ると、彼女は瞼を閉じたまま苦しそうに息をしている。
ヴィオラとはあえて少し離れて眠っていたカイルが、心配そうに彼女に近付く。彼が顔を寄せても気付かないヴィオラは、まだ夢の中で微睡んでいるようだ。カイルの名前を呼んだのも、夢を見ながら無意識のうちに呟いたようだった。
悪い夢でも見ているかのように、微かに顔を歪めたヴィオラが身体を震わせる。
「どうしたの……?」
カイルがヴィオラに手を伸ばそうとした時、ヴィオラが彼の胸の中に飛び込んできた。
華奢で柔らかな彼女の感触に、カイルの心臓が跳ねる。
「あ、あの……!?」
カイルがどぎまぎとヴィオラの背にそっと両腕を回す。まだ彼女は目を覚ましてはいないようで、悪夢にうなされている様子だった。
(やっぱり、不安なんだろうな……)
カイルの眉尻が下がる。ヴィオラは彼の胸にしがみつくようにして、小さく震えていた。
まだ若いにもかかわらず、余命僅かと宣告され、いつ身体が動かなくなるかわからない状況なのだ。普段は決して弱音を吐かないヴィオラだったけれど、彼女が底知れない恐怖を抱えていることは、カイルの想像に難くなかった。
「大丈夫、僕が側にいるから」
囁くように言ったカイルが、ごく軽くヴィオラを抱き締める。
けれど、ヴィオラの浅く速い息遣いに気付いた彼は、腕の中に感じる異様な熱に気が付いた。
「……?」
ゆらめきながら部屋を照らすランプの灯りに、ヴィオラの顔がぼんやりと浮かび上がっている。目を凝らすと、ヴィオラの顔は真っ赤だった。
カイルが、そっと彼女の額に触れる。みるみるうちに彼は青ざめた。
「酷い熱だ……!!」
慌ててカイルがヴィオラに回復魔法を唱える。薄暗い部屋に、淡い光が輝く。
けれど、カイルが回復魔法を掛けても、ヴィオラの様子は変わらなかった。
(いったい、どうしたら……)
回復魔法は万能という訳ではない。効き目が表れやすい症状もあれば、そうでないものもある。
手応えのなさに、カイルが焦燥に駆られていると、回復魔法が帯びる光に気付いたのか、ヴィオラは目を瞬いた。
「ん……」
「ヴィオラ!!」
ゆっくりと瞼を上げたヴィオラは、ぼんやりとした瞳でカイルを見上げた。
「ごめん、ヴィオラ」
ベッドの端と端で眠ったはずが、今はヴィオラと触れるほどの距離にいることに、はっと気付いたカイルが彼女から手を離す。
「驚かせるつもりはなかったんだ」
息苦しそうなヴィオラは、まだふわふわと夢現のようだ。
そんなヴィオラを見つめて、カイルがつらそうに続ける。
「宿の主人に、氷がないか聞いてくるよ。すぐに戻るから」
カイルは上半身を起こすと、急いでガウンを羽織った。
そんなカイルのガウンの袖を、ヴィオラがきゅっと握る。
まるで、『行かないで』とでも言いたげに、寂しそうな表情を浮かべたヴィオラを前にして、カイルの動きが止まる。
(……そうだ)
カイルは静かに氷魔法を唱えた。普段はあまり使わない、水魔法の上位に当たる魔法だ。空中に凝固した氷の粒を、カイルは薄い布に包むとヴィオラの額に乗せた。
苦しそうだったヴィオラが、ふっと表情を緩める。そして、隣にいる彼に縋るように身体を寄せた。
堪らなくなったカイルが、再び腕の中にヴィオラを包む。
「大丈夫。……大丈夫だよ」
カイルは再び回復魔法を唱えた。
しばらくすると、安心した様子で目を閉じた彼女から、すうすうと穏やかな寝息が聞こえ始めた。
(回復魔法が効いたんだろうか……? でも、油断は禁物だ)
カイルは不安げにヴィオラを眺めた。
(……今夜は、眠れそうにないな)
愛しい人の体温を腕の中に感じながら、カイルはもどかしい想いを呑み込んだ。




