光と闇
ヴィオラとカイルは、高い台座に飾られている聖アルザス像の前まで辿り着いた。聖アルザス本人の等身大と思われるその像は、皺や髪の一本に至るまで精巧に作られていて、少し薄暗い大聖堂の中で見ると、まるで生きているかのようだ。それほど大柄ではないものの、威厳をたたえつつ、慈愛に満ちた表情をしている。
聖アルザス像を見上げながら、ヴィオラは目を閉じると心の中で祈った。
(私が世を去ってからも、どうかカイルに深い恵みがありますように)
優しく健気なカイルの幸せを、ヴィオラは願わずにはいられなかった。彼が幼い頃から孤独感を抱えながらも、ひねくれることなく、真っ直ぐな青年に成長してくれたことを、神に感謝したいような気持ちになる。
祈り終えたヴィオラがカイルを見ると、彼はまだ真剣な表情で目を閉じていた。
ゆっくりと目を開いたカイルは、じっと聖アルザス像を見上げてから、その足元に寄り添う像を見て目を瞬いた。
「ヴィオラ、この像って……」
聖アルザス像の足元に飾られているのは、聖アルザスを見上げる小さな犬の像だった。ヴィオラも子犬の像を見て、口元を綻ばせる。
「何だか、ノクティスによく似ているわ」
二人の視線はノクティスに移ったけれど、ノクティスは素知らぬ顔でカイルの腕に身を委ねていた。
「ね、そう思うよね? 僕も、一目見てそっくりだと思って」
「偶然なのでしょうけれど、そういうこともあるのね」
聖人として祀られている人物の側に飾られるには、少し不釣り合いにも見える可愛らしい像をもう一度眺めた二人に、後ろから声がかけられる。
「これはこれは、大聖堂にお越しでしたか」
「貴方は……」
振り返ったカイルが会釈する。そこにいたのは、この町に来る途中で出会った司祭だった。
「先程は王国の民の命をお救いくださり、ありがとうございました。――見事な闇魔法でした」
闇魔法という言葉を聞いて、カイルの顔に微かな緊張が走る。
「……僕の魔法が闇魔法だと、お気付きだったのですね」
「ええ」
「――ご不快に思われませんでしたか?」
司祭は首を横に振ると、聖アルザス像に視線を移した。
「表向きにされてはいませんが、聖アルザスは、闇魔法の使い手だったと言われています」
「えっ、そうなのですか? てっきり、光の精霊の加護を得ている方かと……」
大聖堂に飾ってある絵画に描かれている、輝くばかりの聖アルザスの姿に、きっと光属性なのだろうとカイルは想像していたのだ。
驚く彼に、司祭は微笑んだ。
「光と影は表裏一体ですから。光が強く輝くほど、闇もまた濃くなる。相反する力ではなく、元々は一つの力なのです」
「……そのような考え方もあるのですね」
カイルが感慨深げに頷く。ヴィオラの心にも、司祭の言葉は深く響いた。
(光と影は表裏一体、元々は一つの力……。言われてみると、そうなのかもしれないわ)
隣にいるカイルを、ちらりと見る。どことなく、闇属性のカイルと光属性の自分に運命めいたものを感じたヴィオラは、司祭の言葉を都合良く解釈している自分に気付いて、薄らと頬を染めた。
ヴィオラは気を取り直すと、司祭に尋ねた。
「聖アルザス様の像の足元にある、この犬の像は何でしょうか?」
「これは、聖アルザスが可愛がっていたという犬を模した像です。聖アルザスを支えた犬で、一説には、特別な力を持つ神獣だったと言われます」
「神獣、ですか?」
「ええ、神の加護を得た獣です。ほら、犬の首元のところに、加護を示す紋様があるでしょう?」
「本当ですね」
ヴィオラが犬の像をよく見ると、首元の毛の間を縫うようにして、神秘的な紋様が刻まれていた。
「人間とは馴れ合わないと言われる神獣ですが、稀に、人間に好意的な場合もあったとか。……ただ、この王国で神獣が最後に確認されたのは、随分と昔のことのようですが」
司祭は犬の像に視線を移した。
「これは、光と闇の力をその身に宿し、奇跡を起こしたとされる、神聖な犬なのです。聖アルザスがこの犬をいつも側に置いていたために、大聖堂には犬を連れて入ることが許されているのですよ」
思いがけない話に、カイルとヴィオラが目を見交わす。
「ノクティスを連れて大聖堂に入れたのは、聖アルザス様のお蔭だったのね」
「ああ。聖アルザス様に感謝しないといけないね」
ヴィオラとカイルが楽しそうに笑う。
「もしかしたら、君のご先祖も特別な犬だったのかもしれないね、ノクティス」
「ノクティスはとても賢いものね、そうだったとしても不思議じゃないわ」
カイルはノクティスの首を覗き込んだ。
「……さすがに、君の首には加護の紋様はないようだけど」
司祭はノクティスを眺めると、目を細めた。
「幼子を助けた姿、立派でした。これほど賢い犬には、滅多にお目にかかれないことでしょう。……この隣にある歴史館にも、たくさんの絵画や聖アルザス所縁の品があるので、よろしければご覧になっていってください」
「ありがとうございます」
ヴィオラとカイルは、ノクティスを連れて踵を返した。そんな彼らの後姿を、司祭はしばらく見つめていた。




