大聖堂
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程なくして、馬車は町に入った。カリスティード王国最古の由緒正しい大聖堂があるためか、礼拝に訪れる旅人たちも多いようだ。大聖堂に向かう大通りは、人々でごった返している。
「それにしても、たくさんの人だね」
他にもいくつか大きな町を通ってきたヴィオラとカイルだったけれど、ここではとりわけ多くの人々が町に溢れ、華やいだ雰囲気を感じる。街角では人々が陽気に楽器を奏で、着飾った人々が連れ立って歩いていた。
「そうね。驚いたわ」
町の中央付近にある、宿屋が立ち並ぶ場所で二人は馬車を降りた。何軒か宿を回ったけれど、満室のところが多く、三軒目でようやく空きが見付かった。こぢんまりとした趣のある宿で、ノクティスも一緒で問題ないという。
ほっと胸を撫で下ろしたヴィオラとカイルに、宿屋の主人は笑顔で言った。
「今は聖アルザス祭が開催されているので、この町全体が賑わっているんですよ」
「聖アルザス祭、ですか?」
「はい。大聖堂に祀られている、聖アルザスへの感謝を捧げる祭りです。年に一度、この時期に催されます」
聖アルザスのことは、ヴィオラもカイルも知っている。昔、この王国が強力な魔物たちに襲われ、危機的な状況に陥った際に、たった一人で多くの魔物たちを薙ぎ倒し、カリスティード王国を救ったと言われる、伝説の人物だ。
その類稀な功績を称えるために、聖アルザスの名を拝した大聖堂が建てられ、今も多くの人々が礼拝に訪れるのだ。
宿の主人はにこやかに続けた。
「特に、大聖堂の周辺には例年たくさんの屋台が出て、活気に満ちています。大聖堂で礼拝をしてから、その隣にある、聖アルザスに関する歴史館を訪ねて、周辺の店や屋台を巡るのがお勧めですよ」
カイルが楽しげにヴィオラを見つめる。
「大聖堂に行ってから、祭りも楽しもうか?」
「ええ、是非!」
ヴィオラがにっこりと笑う。賑やかな祭りを楽しむことも、彼女が叶えたいと思っていることの一つだ。
部屋に荷物を置いたヴィオラとカイルが、ノクティスを連れて早速町へとくり出す。
(こんなに大きなお祭りがちょうど開催されているなんて、運が良かったわ)
大聖堂へと続く道を歩きながら、ヴィオラはきょろきょろと辺りを見回した。
朗らかな表情の夫婦や子供連れ、恋人同士と思しき男女などが、気の向くままに立ち並ぶ屋台を眺めている。
町に満ちる活き活きとした空気を感じるだけでも、ヴィオラは元気をもらえるような気がした。
屋台の種類も豊富で、土産物を扱う屋台もあれば、アクセサリーや雑貨、食べ物や飲み物を扱う店まで様々だ。焼いた肉の香ばしい匂いや、揚げた菓子の甘い香りなどが辺りに漂っている。
人混みに押し流されそうになるヴィオラに、カイルは手を差し出した。
「大丈夫かい?」
「ええ」
ヴィオラがカイルの手を取る。こういう時に自然に手を差し伸べてくれるカイルが、ヴィオラには頼もしかった。ノクティスは二人の足元で、ひょいひょいと器用に人を避けながら歩いている。
(大聖堂もだんだん大きく見えてきたわ)
大聖堂の外側に施された細かな装飾まで、ヴィオラの視界に入ってくる。
(想像していた以上に壮麗ね……!)
カイルに話しかけようとして、ふと見上げた彼の横顔に、ヴィオラは思わず見惚れてしまった。
色白で整った彼の顔は艶やかな黒髪で彩られ、切れ長の金色の目が輝いている。彼の掌は大きくて、しっかりと彼女の手を包んでいた。
(もし、カイルが本当に私の婚約者だったなら……)
たくさんのカップルたちが祭りを楽しんでいる様子を見かけるうち、知らず知らずそんなことを考えていた自分に気付いて、ヴィオラの頬には熱が集まる。
寝起きを共にしながら旅を進めるうち、ヴィオラの彼に対する気持ちは自然と変化していた。カイルのさりげない優しさや気遣いに、ヴィオラは癒されるのと同時に、少しずつ惹かれ始めていたのだった。
(何を考えているのかしら、私。カイルは、死に近付いていく私の旅に付き合ってくれているだけなのに)
まだ若く将来のあるカイルと余命僅かな自分を比べると、釣り合わないのは明らかだと、自分の気持ちを完全に自覚する前に、ヴィオラは心の中で一線を引いていた。
(カイルは、あくまで旅の便宜のために、建前上の婚約者を演じてくれているだけ。そのことをちゃんとわきまえておかなくちゃ)
ヴィオラがそんなことを考えていると、カイルは気遣わしげに尋ねた。
「思っていた以上に人が多いね。人酔いしていないかな?」
人混みの間を縫うようにしながらも、カイルは身体でヴィオラを庇うようにして歩いていた。そんな彼の優しさを感じて、ヴィオラが微笑む。
「カイルと一緒だから、大丈夫よ。それに、こんな賑わいも楽しいわ」
うきうきとヴィオラが答える。
「大聖堂は、すぐそこね」
「ああ」
荘厳な大聖堂の入口に着くと、カイルはノクティスを片腕で抱き上げた。門番に止められることなく、二人は大聖堂の正面の扉をくぐることができた。
「……!」
大聖堂内に一歩足を踏み入れたヴィオラが、その美しさに息を呑む。天井は見上げるほどに高く、壁には、聖アルザスが起こした奇跡を描いた絵画が何枚も飾られている。正面と両側にある色鮮やかなステンドグラスを通して、優しい光が差し込んでいた。厳かで神聖な雰囲気のある大聖堂の奥には、聖アルザス像が飾られているのが見える。
扉の外側とはまるで別世界のような、独特の清らかな空気を感じながら、ヴィオラは思わずカイルを見上げた。カイルもヴィオラと同じように、大聖堂に感銘を受けた様子で瞳を輝かせている。
カイルは感嘆の溜息を吐くと、ヴィオラの耳元で囁いた。
「僕が思っていたよりも、ずっと素晴らしい場所だ。ヴィオラと来られてよかった」
彼の綺麗な顔が、吐息が届きそうなほどに近付き、ヴィオラはどぎまぎとしながら答えた。
「私こそ、カイルとここに来ることができて嬉しいわ」
大聖堂の奥に向かって、壁に飾られた絵画を一枚ずつ眺めて歩く。絵画には、聖アルザスが魔物を討伐する場面や、人々を癒し奇跡を起こす場面などが描かれていた。
興味深く絵画を見つめながら、カイルが呟く。
「家族の中で、僕だけ、これまで大聖堂に来たことがなかったんだ」
「まあ……」
「僕が幼い頃に、一緒に連れてこようとしたらしいけど、安全なはずの道で魔物が出てしまって。それは僕のせいだという話になって、結局、僕だけは留守番になった記憶があるよ」
「……そうだったの」
闇属性を持つカイルが、クローヴェン侯爵家の中で一人だけ腫物扱いされていることは、ヴィオラも薄々感じてはいた。けれど、ヴィオラがカイルから家族に関する具体的な話を聞くのは、これが初めてだった。
(魔法の属性なんて自分で選べるものではないのに、幼い頃からそんな孤独を感じていたなんて……)
幼いカイルの寂しい顔が目に浮かぶようで、ヴィオラの表情が翳る。
そんなヴィオラを見つめて、カイルはふっと口角を上げた。
「僕にとっては、実の家族よりも、ヴィオラのほうがずっと、ずっと温かくて、近くに感じる存在だった。だから、家族と来るよりも、ヴィオラとここに来られてよかったよ」
「カイル……」
手を伸ばしたヴィオラが、ノクティスを抱いていないほうのカイルの手をそっと握る。
「私も、この大聖堂に一緒に来たのがカイルでよかったわ」
カイルは一瞬驚いたような表情を浮かべてから、笑顔になってヴィオラの手を握り返した。




