カイルの闇魔法
ヴィオラとカイルが旅に出発してから、既に半月以上が経っていた。王国最北端の山脈を目指す道のりの、半分近くまで辿り着いたところだ。
ヴィオラたちは、まだ弱い魔物にしか遭遇していない。そんな魔物たちは、カイルがあっさりと片付けていた。王都を離れて北上し、もっと魔物に出くわしても不思議ではないと感じていたヴィオラには、少し意外でもあったけれど、その幸運をありがたく享受することにした。カイル自身、高位魔物と出会わないことに驚いている。
旅の途中に立ち寄った町や村では、初めて見る景色やその土地の名物を楽しみながら、ヴィオラはカイルと一緒に、旅の時間を慈しむように過ごしていた。カイルとノクティスと過ごす時間は、きらきらと輝いているように感じる。
ヴィオラが書いた『叶えたいこと』のリストの横にも、少しずつ星印が増えている。
ここ最近、ヴィオラの身体には、どこか力が入らないような怠い感覚があったけれど、やつれ果てていた身体は少しずつふっくらとして、肌にも張りと潤いを取り戻しつつあった。
森を抜けたところで、馬車に揺られながら、カイルが窓の外を指差す。
「ほら、向こうに町が見えてきた。ヴィオラが行きたいと言っていた、大聖堂の屋根も見えるよ」
「あら、本当ね……!」
ヴィオラが窓の外を眺めると、大聖堂の真っ白な尖塔が空に向かって伸びている様子や、陽射しに照らされている大聖堂の半球型の屋根が遠く見えた。
「昔から、一度来てみたいと思っていたの。カイルは来たことはあるの?」
「いや、僕も初めてだよ」
まだ小さく見える尖塔を窓から眺めていた時、カイルははっとして目を細めた。
(……この先に、何かいる。それも複数だ)
カイルが魔物たちの気配を察したのは、馬車が進んでいる街道の前方だった。
(こんな場所にまとまって現れるなんて、既に獲物を見定めているのか……?)
そう考えたカイルが馬車の窓から外を窺ったのと、甲高い悲鳴が聞こえてきたのが同時だった。
「きゃあああっ!!」
「うわあっ!?」
カイルとヴィオラが緊張気味に顔を見合わせる。悲鳴に混じって魔物らしき唸り声も聞こえた。
御者は馬車を停めようと慌てて速度を落としていた。窓からは褐色の魔物の後ろ姿が見えている。
カイルは迷わずに言った。
「外の様子を見てくる。ヴィオラはここで待っていて」
「でも……」
「心配いらないよ。十分に気を付けるから」
カイルは御者に馬車を停めさせると、頷いたヴィオラを残して馬車を降りた。ヴィオラは落ち着かない気持ちで、馬車の窓から外の様子に目を凝らす。旅人と思しき人達を、褐色の大きな魔物が数匹で取り囲んでいる。
「猪型の魔物だわ」
ヴィオラが呟く。猪を巨大化させたような体型の魔物は、森の付近で出くわすことはそう珍しくない魔物だった。知性は低いが力が強く、鋭い牙と頑強な身体を持つ。気を抜いてはいけない相手だ。
馬車の戸が閉まる前に、カイルの後を追うようにしてノクティスも馬車を飛び降りた。
「ノクティス!?」
慌てるヴィオラを後目に、あっという間にノクティスの姿が小さくなっていく。
「大丈夫かしら……」
ヴィオラの視線の先で、カイルは平然と魔物たちに近付いていく。魔物たちはカイルに気付くと、いきりたって飛びかかってきた。はらはらしながらヴィオラが見守っていると、魔物たちに向かってカイルがすっと右手を翳す。
彼の右手から、漆黒の靄のようなものが流れ出す。靄に包まれた魔物たちは、一瞬で砂のように崩れ去っていった。
「あれが、カイルの攻撃魔法……!」
これまで、弱い魔物と遭遇した時には、気付けばカイルが一掃していたため、ヴィオラがカイルの攻撃魔法を間近で見るのはこれが初めてだった。
カイルの闇魔法の威力に、ヴィオラが感嘆の溜息を洩らす。アダムの炎魔法の強さもよく知っているけれど、また種類の違う、底知れない力を感じる魔法だった。




