縮まる距離2
カイルと一緒に夕食を摂り終え、先に湯浴みを終えたヴィオラは、机に向かうと静かに革の手帳を開いた。カイルは今、湯浴みをしている。
ソファーの上に寝そべるノクティスを横目に見ながら、ヴィオラは手帳に書いてある叶えたいことのリストを上から順番に眺めた。
リストを眺めて、次に何をしようかと思うだけでも心が弾む一方で、ふとヴィオラは不安になった。
(でも、カイル様を付き合わせてしまっては、ご迷惑かもしれないわ……)
ヴィオラにとってはしたいと思っていることでも、カイルも興味があるとは限らない。それに、叶えたいことのリストには、ごくありふれた、いつでもできるようなこともちらほらと並んでいる。
そんなことをヴィオラが考えていると、いつの間にかカイルが湯浴みから戻っていた。ひょいとヴィオラの後ろから顔を出したカイルが尋ねる。
「ヴィオラ様、それは?」
石鹸の香りがふわりとヴィオラの鼻に届く。
(カイル様!? 距離が近いわ……!)
まだ髪の乾ききっていないカイルの綺麗な顔を間近で見て、ヴィオラはあたふたしていた。カイルには、幼かった頃の純朴で可愛いイメージが強かったけれど、今の彼からは、青年らしい色気が漂っている。
顔を火照らせながら、ヴィオラは口を開いた。
「……笑わないでいただけますか?」
真剣な表情でカイルが頷く。ヴィオラは少し恥ずかしそうに、開いた手帳をカイルに手渡した。
「前からやりたいと思っていたことを、手帳に書き出してみたのです」
ヴィオラの手帳に視線を走らせた彼が、興味深そうに瞳を輝かせる。
「ここに書いてあるのが、ヴィオラ様の『叶えたいこと』なんですね!」
手帳には、「カフェで過ごす」、「好きな本を読む」といった、すぐにでも叶えられそうなものもあれば、「海を見る」、「祭りに行く」、「大聖堂を訪れる」など、旅の途中で叶えられそうなものも書かれている。手帳の一番上に書かれているのは、「幻の湖を見る」ことだった。
「季節の花を楽しむ」と書かれた横には、もう星印が付けてあるのを見て、カイルは顔を綻ばせた。
「明日は、一緒にカフェに行きませんか?」
「よろしいのですか?」
ぱっとヴィオラの表情が明るくなる。
「もちろん。むしろ、教えてくれてよかったです。遠慮しないで、もっと早く僕に言ってくれたらよかったのに」
ヴィオラが大怪我を負う前には、こんなささやかなことさえする余裕がなかったのかと、カイルの胸は痛んだ。ヴィオラが兄を助けながら忙しく働いていたことは知っていたけれど、これほど仕事に追われていたとは気付かなかったのだ。
ほっとしたようにヴィオラが笑う。
「ありがとうございます。こんなことにまでカイル様を付き合わせてしまったら、ご面倒ではないかと思っていましたが、お言葉に甘えさせていただきますね」
「では、明日はこの町を散歩しながら、よさそうなカフェを探しましょうか?」
「はい。楽しみです!」
ヴィオラの笑みはまるで少女のようにあどけなく、カイルは思わず見惚れてしまった。
はっと我に返ったカイルが口を開く。
「せっかくですし、これからの道のりも確認しましょう」
手元の叶えたいことのリストを見ながら、カイルはカリスティード王国の地図を広げた。『幻の湖』のある王国の最北端の山脈と、今いる町を結ぶルートを指先でなぞりながら確認する。
「ヴィオラ様のリストにあることは、目的地までのルートを辿りながら叶えていけそうですね。あっ、ほかにも、新しいものを思いついたら、ぜひ教えてください!」
「……一緒に旅をしてくださるのがカイル様で、本当によかったです」
しみじみとヴィオラが言う。
「私ばかりが希望を聞いていただいていますが、私がカイル様にできることは、何かありませんか?」
「僕が勝手にヴィオラ様の旅についてきただけですから、何も気にすることはありませんよ」
「どんな些細なことでも構いませんから……!」
じっとヴィオラに見つめられて、カイルはしばらく考えてから口を開いた。
「なら、一つお願いしてもいいですか?」
「ええ、何でしょうか?」
カイルの頬が薄らと染まる。
「僕の名前を呼ぶ時、様付けはなしにしませんか? お互いに敬語もやめてはどうかと思うのですが、いかがでしょうか。そのほうが、婚約者らしく見えるかなと……」
意外なカイルの依頼に、ヴィオラは驚いて目を瞬いた。
「そんなことでよろしいのですか? ……いえ、いいのかしら?」
うっかり敬語で答えてしまったヴィオラが言い直すと、カイルは嬉しそうに頷いた。
「僕の名前も呼んでくれるかい?」
「……ええ、カイル」
はにかむヴィオラの前で、カイルが晴れやかに笑う。あまりに嬉しそうなカイルの表情に、ヴィオラの心臓はとくんと跳ねた。ヴィオラは咄嗟に胸を押さえると、彼につられるように微笑んだ。
「なら、私のこともヴィオラと呼んでもらえるかしら?」
「……ああ、ヴィオラ」
どぎまぎと答えたカイルの初々しさが、ヴィオラには眩しく映る。
(何だか、私よりも、言い出した彼のほうが照れているみたい)
目を見交わしたヴィオラとカイルが、くすくすと笑い合う。そんな二人のことを、ノクティスはのんびりと眺めていた。




