縮まる距離1
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ヴィオラとカイルは、カリスティード王国を北上する道を馬車に揺られていた。太陽が地平線に近付く頃、カイルはうとうとと彼の肩に寄りかかったヴィオラを愛しげに見つめた。
(何て可愛いんだろう、ヴィオラ様は)
すうすうと穏やかな寝息を立てるヴィオラは、まだやつれて青白かったけれど、ずっと彼女に憧れていたカイルの目には、穢れのない天使のように見える。
肩に感じるヴィオラの温かな頭の重みが、カイルには嬉しかった。
(今日も結構な距離を移動している。ヴィオラ様のお身体に負担になっていないといいが……)
そっと静かにカイルが回復魔法を唱える。その時、ヴィオラが薄らと目を瞬いた。
「う……ん」
ヴィオラの瞳が、カイルの瞳とばっちりと合う。カイルは慌てて口を開いた。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いえ。それよりも私、ごめんなさい……! ずっとこんな姿勢で、カイル様に寄りかかっていたのでしょうか」
恥ずかしそうに頬を染めたヴィオラに向かって、カイルが微笑む。
「気にしないでください。僕の肩くらい、いつでも貸しますから」
「ありがとうございます」
温かな夕陽が馬車の中に差し込み、二人を橙色に染めていた。
「……綺麗な夕陽ですね」
照れ臭さを紛らわせるように、カイルが窓の外に視線を移す。ヴィオラも窓の外を見ると、こくりと頷いた。
「本当に綺麗だわ」
大きな夕陽が照らす空は、次第に橙色から藍色へとグラデーションを描いていく。ヴィオラは、少しずつ表情を変えていく空に目を凝らした。目に入る一つ一つのものが、今のヴィオラにとっては大切に感じられる。
ちょうど同じ頃に目を覚ましたノクティスの頭を撫でながら、ヴィオラはしばらく静かに夕空を眺めていた。
うっとりと空を見上げるヴィオラを邪魔しないように、カイルが遠慮がちに口を開く。
「もうすぐ、次の町に着きます。今日も長時間馬車で移動しましたが、体調はいかがですか?」
「あまり疲れを感じなくて……カイル様の肩を借りて眠っていたお蔭でしょうか」
不思議そうに目を瞬くヴィオラを見て、カイルの表情が和らぐ。
(よかった。回復魔法が効いたのかもしれないな)
カイルは、彼女に回復魔法を掛けたことは口に出さずに続けた。
「そう伺って安心しました。次の町はかなり大きな町ですよ、着いたらまずは今日の宿を探しましょうか」
「はい」
程なくして、馬車は石畳の大通りに入った。通りの両脇には数多くの店が並び、たくさんの人々で賑わっている。
小綺麗な宿屋の前で、馬車が止まった。先に馬車を降りたカイルが、ヴィオラに手を貸してから荷物を携える。ぴょんと元気に馬車から飛び降りたノクティスは、トコトコと二人の後ろをついてきた。
「ノクティス、おいで」
微笑んだヴィオラが、宿の前でノクティスを腕に抱き上げる。
宿屋のドアを開けると、二人を歓迎するように、カランコロンと軽快な音が鳴った。
ヴィオラとカイルが宿に入ると、カウンターにいた宿の主人は、初々しい様子で寄り添う二人を見てにっこりと笑った。
「お二人は新婚旅行でしょうか?」
思いがけない宿の主人の言葉に、かあっと顔を火照らせてカイルが答える。
「いえ、僕たちはまだ婚約中で……」
「おや、そうでしたか。良い部屋をご用意しますよ」
ヴィオラの腕の中にいるノクティスにも笑みを向けた主人は、カイルが持っている荷物を受け取ると、二人を廊下の突き当たりにある部屋へと案内した。
「こちらの部屋はいかがでしょうか?」
主人がドアを開けると、広々として居心地のよさそうな部屋が広がっていた。大きなベッドに立派なソファー、しっとりとした艶のある木造りの机と椅子に加えて、机の上にある籠には、歓迎を示す色とりどりの果物がふんだんに盛られている。
何より、大きな窓から見える景色が美しかった。夜に沈みかけている町の灯が、ちょうどきらきらと輝き始めている。
「素敵……!」
夜景を眺めて感嘆の溜息を吐いたヴィオラに、宿の主人が笑いかける。
「気に入っていただけてよかったです。では、ごゆっくり」
荷物を下ろした宿の主人が去ると、ヴィオラは思わず窓辺へと近付いた。
「カイル様、いい眺めですね」
「……はい」
隣に並んだカイルがどこか複雑な表情を浮かべているのを見て、ヴィオラは首を傾げた。
「そんなに難しい顔をして、どうなさったのですか?」
「あのう、そこのベッドはヴィオラ様が使ってください。僕は、今夜は向こうのソファーで寝ますから」
「えっ!?」
(あまり考えていなかったけれど、今日はカイル様と一緒にこの部屋に泊まることになるのね……)
二部屋をとった昨夜とは違って、今日は同じ部屋でカイルと過ごすことに気付いたヴィオラが、みるみるうちに頬を染める。
「いえ、カイル様がベッドを使ってください!」
「ヴィオラ様を差し置いて、僕がベッドを使うことなんてできません。あのソファーも大きくて、十分に寝心地がよさそうです。それよりも……今更ですが、僕と一緒の部屋でヴィオラ様は問題ありませんか?」
「ええ、もちろんです。私たちは婚約者という建前ですし、一緒の部屋のほうが、今後のことを考えても、安上がりに済ませられるので安心ですし……」
やや動揺しながら答えたヴィオラだったけれど、カイルは彼女の答えにほっと胸を撫で下ろした。
「それならよかった。もしヴィオラ様がお嫌だったらどうしようかと、ひやひやしていましたので」
安堵の滲むカイルの笑みに、ヴィオラもつられるように笑う。
「嫌なわけがありません。それに、元々、カイル様とは家族になる予定でしたし」
アダムと婚約していた頃、ヴィオラはカイルが義弟になることを楽しみにしていた。
けれど、カイルの表情が微かに翳ったことに、ヴィオラは気付かなかった。
「家族、か。……そうですね」
もの言いたげに、ノクティスが琥珀色の瞳でカイルを見上げる。まるでカイルの内心を察しているかのようなノクティスの頭を、カイルは思案顔で撫でた。
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