旅の仲間
カイルが嬉しそうににっこりと笑う。
「君だったのか!」
漆黒の犬は駆け足で近付いてくると、勢いよく立ち上がって、にこにこと屈んだカイルの顔をペロリと舐めた。
「元気そうだね!」
カイルに頭を撫でられてから、犬はヴィオラに駆け寄ると彼女の顔もペロペロと舐めた。
「ふふっ。久し振りね」
「よく僕たちのことがわかったね!」
当然だというような顔をして、犬は二人に向かって尻尾を振った。その額には、毛に半ば隠れるようにして、透き通る宝石が覗いている。
「やっぱり賢いなあ。……少し大きくなったかな?」
カイルが森で子犬を拾った当時から、多少は身体が大きくなっていたようだったけれど、見た目はそれほど変わらなかった。犬の身体はまだ小さく、あどけなく見える。
ヴィオラとカイルは目を見合わせた。子犬を森に逃がしてから、優に一年以上が経っている。普通の犬であれば、既に成犬になって身体が大きくなっているようにも思われた。
「小型犬なのかしら、それとも成長がゆっくりな種類なのかしら……? どちらにしても、こうしてまた会えて嬉しいわ」
ヴィオラが漆黒の滑らかな毛を撫でてやると、犬は気持ち良さそうに目を細めた。犬が満足するまで毛を撫でてやってから、ヴィオラは一つ伸びをした。
「ここは、気持ちのいい場所ですね。空気が澄んでいて、美しい花が咲いていて。それに、懐かしいこの子にも会えて、すっかり元気が出ました」
「それは良かったです」
にこやかに答えたカイルは、犬の頭を撫でた。
「僕たちはそろそろ行くよ。君も元気でね」
馬車へと戻っていく二人の後を、犬はトコトコとついてきた。ヴィオラとカイルが馬車に乗り込んでも、名残惜しそうに二人をじっと見上げている。
馬車の扉を閉める前に、物言いたげな犬に向かってカイルは尋ねた。
「君も僕たちと一緒に来るかい?」
嬉しそうな鳴き声を上げて、犬が尻尾をぶんぶんと振る。
「この森にいつ戻って来られるかはわからないけれど……それでもいい?」
犬は了承を示すように、身軽にぴょんと馬車に飛び乗った。
「あなたも来てくれるのね!」
嬉しそうなヴィオラの膝に、犬は澄ました顔で駆け上がると再び彼女の顔を舐めた。可愛い舌で何度も顔を舐められて、ヴィオラがくすくすと笑う。
「ふふっ、くすぐったい」
犬はまるでヴィオラを労わるかのように、彼女の顔を舐めていた。
ヴィオラの明るい笑顔を、カイルがじっと見つめる。
「やっぱり、ヴィオラ様には笑顔が似合いますね。綺麗だ……」
「えっ? そんなこと……」
驚いたように、ヴィオラはカイルを見つめ返した。今の自分が美しくなどないことを、十分に自覚していたからだ。
「ヴィオラ様は、今でもお美しいですよ」
うっとりと言うカイルの言葉に、嘘は感じられなかった。ヴィオラの名前の由来にもなった、彼女の青紫色の瞳が恥ずかしそうに揺れる。
(カイル様が私の外見をお嫌でないなら、私にとっては十分だわ)
ヴィオラが長い眠りから覚めた後、アダムに嫌悪感の滲む眼差しを向けられてから抱えていた劣等感が、すうっと軽くなったようだった。
「ありがとうございます、カイル様。それから、私、ずっと言おうか迷っていたのですが……」
思案顔になったヴィオラが、そっとカイルに手を伸ばす。彼の目元を覆う前髪をさらりと横に持ち上げると、ヴィオラは優しい笑みを浮かべた。
「差し出がましいかもしれませんが、カイル様こそ、せっかく綺麗な目をしていらっしゃるのに、前髪で覆ってしまうのはもったいないですよ」
「!!」
ヴィオラの青紫の瞳に正面から見つめられ、カイルの色白の頬に熱が集まる。
「そ、そうですか……? でも、僕の目を見ると呪われるって……」
「絶対にそんなことはありません」
きっぱりと言ったヴィオラの前で、はにかみながらカイルが微笑む。
「ヴィオラ様がそう仰るのなら、ちょっと考えてみます」
「ええ」
二人のそんなやり取りを、漆黒の犬はヴィオラの膝から大人しく見上げていた。




