再会
カイルの手を借りて、ヴィオラは馬車から降りた。陽の光を弾いてさらさらと流れる川を見て、ヴィオラが一息吐く。
「ありがとうございます、カイル様。休憩を取ってくださって助かりました。自分で思っていた以上に、体力が衰えていたみたいです」
馬車の揺れがこれほど身体に堪えたのは、ヴィオラには初めてだった。申し訳そうな顔をした彼女に、カイルが微笑む。
「気にしないでください。無理のないように行きましょう」
「カイル様の回復魔法も、素晴らしいです。さすがの腕前ですね」
嬉しそうにカイルの頬が染まる。本来なら適性がない闇属性のカイルによる回復魔法にもかかわらず、ヴィオラは彼の回復魔法に確かな効果を感じていた。
「以前、ヴィオラ様に教えていただいたお蔭です。それに、あの子犬を助けてくださったヴィオラ様の回復魔法を見て、僕もあんな風に魔法が使えるようになりたいと思ったんです」
カイルが王立魔術学校に通い始めたのは、彼がヴィオラの回復魔法を見て、自分も魔法の勉強をしたいと思ったからだ。何度かヴィオラに魔法を教えてもらった後、遅れて王立魔術学校に編入した彼は、すぐに頭角を現して同級生を追い抜いていった。
「初めてお会いした時は、まだ背も私より低かったのに……もうすっかり一人前の魔術師ですね」
ヴィオラがカイルを眩しそうに見つめる。どぎまぎと視線をヴィオラから逸らしたカイルは、風に乗ってきた何かに気付いてあっと声を上げると、森の奥に視線を移した。
「見てください、ヴィオラ様!」
カイルが指差した先に、ヴィオラが視線を移す。その一帯に生えている木々の枝いっぱいに、美しい薄桃色の花が咲き誇っていた。風に乗って、ひらひらと優しい色の花弁が飛んでくる。漂ってきた優しい香りを、ヴィオラは胸いっぱいに吸い込んだ。
「いい香り……!」
カイルは飛んできた花弁をそっと掌に載せると、ヴィオラに差し出した。ヴィオラは嬉しそうにその花弁を手に取って、陽に透かす。
「ふふ、綺麗だわ」
「もっと近くに行きましょうか?」
「ええ、是非!」
ヴィオラがカイルと森の奥に向かって歩いていると、地面から飛び出していた木の根に躓いてバランスを崩した。
「きゃっ……!」
カイルが慌ててヴィオラを両腕に抱き留める。
「大丈夫ですか!?」
「はい。……すみません」
申し訳なさそうに、ヴィオラが頬を染める。
「謝ることなんてありませんよ」
カイルは、痩せたヴィオラの身体があまりに軽かったことに、心配そうに彼女を見つめた。
「足元があまりよくないので、僕に掴まってください。無理だけはしないでくださいね?」
「ええ、わかっています」
ヴィオラがこくりと頷く。
(私の身体は、これからさらに弱っていくわ。残された時間の中で、今が一番元気なのだもの。もし後回しにしたら、時間切れになってしまう……)
そんなヴィオラの気持ちを察したかのように、カイルはそっと彼女の身体を支えた。
カイルの手を借りて、ヴィオラは満開の花を咲かせた木々の下に辿り着いた。頭上から舞い散る、儚くも美しい花弁が眩しく見える。
「こんな風に、ゆっくりと花を楽しみたいと思っていたのです。この時期にも、ここ数年は馬車の窓から遠目に花を眺めるくらいでした。こうして花を間近で眺めて、香りを感じられるなんて……何て素敵なのかしら」
毎年この時期になると、いっせいに咲き誇る薄桃色の花が見頃を迎える。
けれど、忙しさにかまける日々が続いていたヴィオラには、ゆっくりと花を楽しむ余裕もなかった。
これまでは、また季節が巡れば見られるだろうと、つい先送りにしてしまっていたけれど、もう自分には来年はやってこないのだと思うと、余計にこの瞬間が贅沢に感じる。
目に焼き付けるように美しい花を見つめて、満ち足りた表情を浮かべたヴィオラに、カイルは微笑んだ。
「これから季節が変われば、またそれぞれの時季の花も楽しめますよ」
「……そうですね」
(カイル様は、まだ私の回復を諦めずにいてくださるのだわ。でも、きっと……難しいのでしょうね)
ヴィオラには、自分の身体が次の季節まで持つのかすら自信がなかった。
どことなく寂しげに笑ったヴィオラの手を、カイルが切なげに取る。
「ヴィオラ様……」
口を開きかけたカイルだったけれど、突然はっと鋭い瞳で辺りを見回した。
「どうしたのですか?」
「向こうの茂みに、何かいます」
カイルは声を落とすと、手に闇魔法を纏わせた。
ヴィオラの表情が硬くなり、ぴりっとした緊張が辺りに満ちる。けれど、カイルは茂みを眺めながら、不思議そうに呟いた。
「おかしいな。敵意を感じない……?」
その時、がさがさと茂みが動いて、ぴょんと何かが飛び出してきた。
先にあっと声を上げたのはヴィオラだった。
「!! あれは……!」
かさかさと茂みをかき分ける音と共に姿を現したのは、漆黒の毛並みの良い犬だった。犬は琥珀色の瞳を輝かせながら、カイルとヴィオラを見つめて大きく尻尾を振っていた。




