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僕たちの宿題  作者: 祓川雄次


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6/8

 翌日、原田の母親が、二日に松本と広田が聞きに言った時の、半端になってしまった話の続きをしてくれることになった。それは原田の母親から声をかけてくれて実現したことであった。

 広田は前回の続きという事で、ノートを持参して参加した。他の三人は広田がまとめるという事で、特に持ち物は持っていかなかった。

「えっと、前回は三月に化学物質過敏症という病名が判明したところまで話をしたのよね」

 原田の母親が、それ以降の話をはじめた。原田の自宅に来る前に、参加していなかった吉岡と八神に、化学物質過敏症という病気が判明するまでの話を簡単に伝えていたために、二人もすんなりと母親の話が頭に入ってきているようであった。

「そうですね。六年生になってからの話しはまだです」

 広田がノートを確認しながら母親に応えた。

「病名がわかってからが大変だったの。私は家事もそうだけれども、看病に専念するために仕事を辞めて、まずは家の中から科学物質を無くすことをはじめたの」

「実際には何からはじめたのですか」

 八神が興味を持って聞き始めた。母親は思い出すように、一度家の中を見渡してから言葉を出した。

「とりあえず洗剤かな。一度変えたけれども、もう一度洋服なんかもなるべく化学繊維の使われていない物を探して、亜美に痛くないか確認しながら、慎重に選んでいったの」

 前回聞いた服の話しである。それに伴いみんなが理解したのは洗剤であった。今までの数回の着替えさせられたことや、吉岡が調べたことなどでもわかっていた。

「ちょっと質問ですが、この間僕たちで話していた時に、食品添加物の話をしたんです。もしかしたら添加物の中にも科学物質があるかもしれないと、それは平気だったんですか」

 吉岡が疑問に思っていたことを聞いた。

「みんな良く調べたのね。おばさんがそれに気が付いたのは、五月くらいだったかな。服の痛みがなくなって、結構症状が軽くなってきたかなと思った時もあったのだけれども、やっぱり日によって調子が悪かったりするので、病院に行った時に先生と話をしたら、食品の改善もしたほうがいいと言われたの」

 四人は自分たちの考えた方向性が間違っていなかった事を、顔を見合わせて確認した。

「これは松本の従妹の話しでわかったんです」

 広田が前回、自分の家で話をしていた事を思い出すように言った。松本は自分が褒められているようで嬉しかった。

「うちの従妹の子供が、はじめて外食をした時に、舌が痺れると言っていたので、もしかしたらと、みんなで話をしたんです」

「そうだったの。

 おばさんはそれから食品についている表示を確認したりして、なるべく添加物のない物を使うようになったの。そうしたら体調は随分と良くなったの。

 それで一度学校に行きたいと亜美が言うので連れていったの」

「でも何らかの化学物質に反応してすぐに帰ってしまったのですね」

 八神は頭が痛く、吐き気がすると言っていた原田を保健室に連れて行った時の事を思い出して言った。でもそこに自分たちにも原因があるかもしれないという事を理解している今では、少なからず罪悪感を覚えてしまった。

「そう、実際にはどの化学物質に反応したかはわからないのだけれども、学校に行くことは無理だったの。 

 その頃かな。倉又先生と話をして、今後どのように勉強をしていくかを考えたのは」

 母親は今一度、頭の中を整理して話を組み立てようとしていた。

「倉又先生は何て言っていたのですか」

「先生は、学校に出てこられないので、何とかしたいが、実際に校内の化学物質を無くすことは不可能に近いと…。

 でも先生は亜美が少しでも勉強ができるようにと、毎回プリントやテストなどを持ってきてくれたの。

 あなたたちは恵まれているわ、うちの亜美もだけれども、あんなに良くしてくれる先生はなかなかいないと思うわ」

 倉又が原田に対してそこまでしていると思っていなかった四人は、自分たちの先生を誇らしく思った。

「倉又先生らしいね」

「そうだよ。やっぱり良い先生だよね」

 女二人がしゃべりだす。またはじまったと、松本は思いながらも、それを言うと面倒になりそうなので、特に触れる気にはならなかった。

「それで転校先では学校に行ったりすることはできるのですか」

 吉岡が女達の話を打ち切るように、話を進めようとした。母親はそれに対して答えた。

「一回、亜美を連れて引っ越す先に行ってきたの。学校は以前化学物質過敏症の生徒がいたみたいで、それなりの対応をしているので、学校には行けそうなの」

「そうなんだ」

 広田が、自分たちの学校でなくとも、原田が学校に行けるという事実がわかっただけでも嬉しかった。みんなも同じ気持ちのようで、自然に笑顔がこぼれた。

「じゃあ日常生活も平気なんですね」

「そう転校先では少しずつできるようになると思っているわ」

 松本の質問に、母親は自らが背負っていた罪悪感を振り払うほどの笑顔を見せた。


 一三日になり、前から聞いていた通り、吉岡と広田は田舎へと出かけていった。まぁこの場合の田舎とは、親の実家という事になるのだろう。お盆という時期柄、早々と高速道路が渋滞しているという事はニュースにもなっていた。

「うちは田舎がないからどこにも行けないんだもんな」 

 松本は朝食を取りながら、両親の顔を見て愚痴をこぼした。

「何、どこかに出かけたかったの」

 母親である恭子が味噌汁を飲んでから答えた。

「そりゃあ、みんなどこかに行っているさ、お盆だし、そうじゃなくてもお父さんが夏休みだから家族ででかけている家もあるくらいだし」

「しょうがないだろう。お父さんは長男で、博おじちゃんがお盆でうちにくるんだから」

 博おじさんは、父親の弟である。博からしたら、実家が松本の住む家であるために、お盆の時期には家族で毎年くるのだ。従姉にあたる美香も来るのである。もちろんおばさんである千佳も一緒だ。

 明日着て、一泊するというので、二階の部屋には家族が泊まる布団が、早々と用意されていた。

「そうなんだよな、しょうがないんだよな」

 納得したくはないが、するしかなかった。そんな松本の落胆した言葉であった。

 朝食を取り終えると、松本は外へと遊びに行った。暑い日差しが、肌を焼いていく。それ以上に吹き出てくる汗が何とも言えなかった。

 公園に行ってみるが、やはり親が夏休みという事もあり、それほどの人はいなかった。同級生が居ないので、どうしようかと考えた末に、松本は珍しく図書館へと行ってみようと思った。普段は本を読んだりはしないが、何かあるかもしれないと考えのだ。

 今回の原田の件で自分たちが知らない事が、世の中には溢れていることを知った。本を読むことで、もっともっと知らない事を知る機会が得られるかもしれない。松本に取っては今まで図書館に行くという行動は、考えたこともない事であった。

 吉岡との話も、それを手助けする物になっていた。自分たちの未来は自分たちで切り開く。親の貧困を引きずることなく、自らがその連鎖から逃れるために行動をしていこうとする同じ年齡の吉岡が実践している事なのだ。少なからず自分も何かができるはずと考えた。

 図書館へと入ると、どこへ行ったらいいのかわからなかった。取りあえず暑さがしのげるということだけは、汗がひきはじめている事で理解ができた。

 それにしても松本が思った以上に図書館に人がいる事に驚いた。自分が本を読まない人間なだけに、本を読む人がこれほどいるとは思わなかったからだ。

 六年三組では、休み時間に教室の中で本を読んでいる人といったら、数名だけだ。学級委員の伊丹は本というよりも、受験のための参考書だった気がするし、常美夏樹は冒険小説、小平はちょっと大人向けの小説だったと記憶していた。

 そんな事を考えていると、ますます自分がどのような本を手に取れば良いのかわからなくなってくる。

 グルグルと図書館の中を歩き回っていると、自分が置かれている位置が、どこなのかよくわからなくなってきた。そんな中で、本の背表紙で何となく気になった本を数冊、松本は借りた。

 その中の一冊はなぜか気になった本なのだ。自分では今までそんな事を考えなかった、未知の領域であった。なぜかその本に呼ばれたような感じであった。

「そんな本を借りてきたの」

 図書館に言ったという松本の話を聞き、その手の中にある一冊の本の背表紙を見て、母親は驚いた。子供向けの推理小説のような物であれば理解できたが、日本の財政なんたらと書かれている本であったからだ。

「ああ、これね。何となく気になったんだ」

 数冊を机の上に起き、その本を思わず眺めた。難しい本なのはわかっていた。読んだところで自分の頭では、どこまで理解ができるかはわからない。でも今回知った、世の中には自分の知らない事が多くある中で、読んでみたいと思えた本であった。

 自分が日本に住んでいながら、日本の事を知らない。それを知るには、いい機会になると考えたからだ。

「おお清隆、そんな本を借りてきたのか」

 二人の話に入ってきた父親が一冊の本を手に取って言った。

「うん、今まで勉強って何のためにするのかわからなかったけれども、世の中には知らない事がいっぱいあって、それを知らないために嫌な思いをしたり、不利益があるんだなって、今回の自由研究をやっていて思ったんだ。

 だから少しは本を読んでみようかなと思ってね」

 松本は照れ臭そうに言った。

「お父さんもこの推理小説は、子供の頃に読んだな」

 昔を懐かしむようにして手に取った本を、机に戻して父親は話を続けた。

「今まで清隆に勉強しろってお父さんは言わなかっただろう」

「お父さん、そんな事じゃなく、少しは勉強しろって清隆に言ってよ。ちょっとはやってもらわないと困るのよ」

 母親が言葉を挟んだ。

「もちろん、それはそうだ。だけどな、何のために勉強をするかを考えないでやってみても、それは身につくものではないとお父さんは思っているからだ。

ガミガミ言う役はお母さんにやってもらって、お父さんは高みの見物をしていたんだ」

 父親の続けた言葉に母親は呆れ顔を見せた。そうやって自分だけいい親になろうとしているのだろうと思った。

「本当におとうさんは、私に嫌な役をやらせるばかりだからね」

 それを聞いて父親は笑ってごまかし、松本を見た。

「いいか清隆、今までこんな話はしたことがなかったけれどもいい機会だから聞いてくれ。

 もしもお前が将来にやりたい事ができたとする。その時に日本の今の状況は、学力が求める水準を満たしていないと、君はいらないと弾いてしまうんだ。

 勉強をしないという事は、自分の未来を狭くしてしまう。だから目標がない場合でも、勉強をして何かが見つかった時に要らないと言われないように備えるんだ。

 そして勉強で得てきた知識を、しっかりと使いこなせるように成った時に、逆にその知識を求めているところから声がかかるようになる。うちに着て欲しいと…」

 父親は椅子に座り松本に真剣に言葉をかけた。

「なんだか難しい話だけど、なりたい物が見つかった時に要らないと言われるのは嫌だな」

 松本は考えるように返した。

「そうだろう。しかも必要の無いと思っていた知識は、場合によっては使える物になるんだ。

 お父さんも数学の方程式とか何とかとか、色々子供の頃には、社会に出ても必要がないと思っていたけれども、今の仕事にはしっかりと使える場所がある。だから頭の片隅に置いておくだけでもいい。それによって清隆の将来が広がる可能性がある。

 もちろん勉強ばかりしろなんてお父さんは言わない。遊ぶことも大切だ。その中で友達と色々な思い出を、子供の時だからこそ、作ることも必要だ」

 松本は普段聞くことのない、真剣な父の言葉を聞いた。忘れてしまうかもしれないが、今の言葉をしっかりと頭に刻んでおこう。そう思った。

 母親はいつの間にか笑顔で、夫と息子の話を聞いていた。それでも心のどこかで、父親に、たまには嫌われ役を買って欲しいとも考えていた。

  

 翌一四日になり、松本の叔父である博の家族が、昼過ぎにやってきた。

松本は、朝食を終えた後にずっと昨日、図書館で借りた本を読んでいた。日本の財政なんたらかんたらという本は、国の税金による収入や、支出などのバランスシートの事や、国債の事など松本の知らない、そして頭では理解しがたい内容であった。だがわからない言葉は用紙に書き出して、後で調べることをしようと思っていた。それは辞書でも、図書館のインターネットを使ってでもよい。手段が幾つかあることには気がついていた。

 松本自体、自分でこのようなことができると思っていなかったために、やり出してみると面白さというものを感じるようになっていた。

「こんにちは」

 そんな声が聞こえてくる頃に、松本は集中力を切らして本の内容が頭に入ってこなくなっていたために、自分の部屋を出た。居間に行くと父親の弟の博と、妻の千佳、そして中学二年になる従姉の美香が居間に来ていた。

「おお清隆、大きくなったな」

 博の第一声であった。博は昨年末に松本の家には来なかったので、丁度一年振りである。小学六年生の成長は早く、確かに一〇センチ近く身長が伸びた事をすぐにわかってくれた博に有り難いと思った。そして照れるように笑った。

「確かに大きくなったね」

 美香が松本に並んで身長を比べた。

「清隆、ちょっとご飯を運んで」

 台所から母親の声が飛んだ。

「はーい」

 間延びした声で松本は答えて、台所へと向かった。六人分の料理を作る母親は大変な思いをしていたが、ある種楽しそうにも見えた。

「お姉さん、手伝いますよ」

 千佳も参加して居間の机へと料理が運ばれた。その間に博は仏壇に手を合わせた。美香もそれに続くように線香を立てた。

「清隆、相変わらず宿題やっていないんでしょう」

 食事を食べ始めるとすぐに美香がからかうような口調で言った。松本は口の中にあった食べ物を咀嚼してから

「今年はもうほとんど終わっているんだよね」

 と自慢気に答えた。

「勉強嫌いな清隆にしては珍しいな」

 それに答えたのは博であった。そして食卓に笑いがこぼれた。

「確かに今年は珍しいけれども、来年からもしっかりやるもんね」

 松本は鼻を鳴らすようにして答えた。今年のやり方をすれば夏休みの宿題は何とでもなると考えていたからだ。方法を一回覚えてしまえば、こなす事はそれほど苦にはならないと考えていた。

「読書まではじめるようになったからな」

 父親がそう言ってから味噌汁を飲んだ。それを聞いて関心するように博が頷く。

「本を読むようになったのか。えらいじゃないか」

「えらいかどうかはわからないけれども、知らない事を知るって、楽しい事だなって」

 松本が博に答える。

「そうか、叔父さんなんかは中学に入ってからかな、本を読むようになったのは、清隆のお父さんは小さい頃から本を読んでいたけどな」

 博は自慢の兄をチラリと見た。父親はその視線を見ることもなく、箸を動かした。

「本っていっても、俺は冒険物とかが多かったし、お前は難しい本を読んでいたよな」

「まあ俺が読んでいたのは経済小説だからな」

 兄弟二人の楽しそうな回想録である。何だか松本は父親たちの話ている姿を見て、自分に兄弟姉妹がいないことを少し寂しく思った。もしもそのような存在がいたならば、こんな風に話ができていたかもしれない。そんな感想さえ浮かんでしまう。

「私は本を読んでいる暇なんかないもの」

 美香が水をかけた。そして黄色い沢庵を摘まんだ。松本は今回の自由研究で、黄色い色は着色で、それが科学的なタール系色素であるという事を思い出した。知識があるということは、こういう時にも使うことができるんだ。昨日、父と話していた要らないかもしれない知識が、どこかで生きてくるという事を実感した。

「美香ちゃんは部活が忙しいんだもんね」

 擁護するように母親が言った。それに千佳はわざと困り顔を作って続いた。

「この子が入った吹奏楽部は、全国に出たりするから練習が忙しいんですよ。

土日も弁当を持っていくこともあるから、私も大変で」

「でも吹奏楽って、動かないでただ楽器を吹くだけだろう」

 松本が少し小莫迦にするように言って、母親の手作りコロッケを口に頬張った。

「何言っているの、ただ吹くだけじゃなくて筋肉も必要なの。だから練習で走ったりもするし、腹筋したりもするのよ」

 美香が反論するようにして言い、自慢げに腹筋を軽く拳で叩いた。

「へぇ、そんな事もするんだ」

 関心する父親に松本は同じ意見だと思いながら、やっぱり知らないことはあるものだと改めて考えてしまった。

「清隆は中学に入ったら、どんな部活に入るんだ」

「さあ、また何も考えてないよ」

 先ほど口に入れたコロッケがもう少しでなくなる状態で博に答えた。

「そっか、ちなみにお前のお父さんは科学部だったんだぞ。俺は文化部なんてって思ってサッカー部に入ったけれども、お父さんはその頃の経験を生かして、今は水質調査員だもんな」

 博の言葉で、松本ははじめて父親の職業を知った。そして父親が早くから自らの道を見つけていた事を、凄いと思った。ただ吉岡などと今回の自由研究の時に話をしていて、目の前に色々と見えてくるものや、経験していくなかで、自らの将来を考えていけばいいと、楽天的に考えていた。

 翌日、夕方に送り火を焚いて、先祖の霊を見送った。その時に一緒に置かれたナスで作った牛は、松本が作ったものであった。

 そして夕食を食べた後に、博たちは帰って行った。


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