入学式
無事に入学金の支払いも間に合ったユージンは、現在ノーザン帝国学院の入学式に来ていた。
周りは、これからの学園生活に期待を膨らませる学生達で溢れている。友達同士仲良く会話をしながら、学院までの道のりを楽しそうに歩いていく。
移民であるユージンには帝国に知り合いなどおらず、孤独感を覚えながら校門の前で1人立ち尽くしていた。自分の横を通り過ぎて行くこれから同級生になるであろう少年少女は、その空気を敏感に感じあえてそこを避けて通っていく。
だが、そんなユージンにも声をかける人がいた。
「そんな所で何やってるのよ、ユージン」
待ち人来たり。振り向いた先にいたエレナは、本日も元気溌溂な様子でユージンの方へと歩いてきた。
「いや、お前を待ってたんだよ」
「っ!!きもっ」
「はぁ...一応護衛なんだから近くにいないと意味ないだろうが...」
両手で肩を抱いたエレナから辛辣な言葉が飛んでくるが、そこは長年の付き合いである。鍛えられたスルースキルを使い、しっかりと受け答えを返す。
「お兄ちゃんが言ってたやつ?本当にいらないんだけど...」
「もしお前に何かあったら俺がローランに殺されるから諦めてくれ。俺はまだ死にたく無いんでね」
「そ、どうでもいいけど。キモいから私に近づきすぎないでね、キモイから!」
「態々2回も言う事かよ…」
どうしてこんな面倒な話を受けてしまったのだろうかとユージンが後悔していると、エレナは既に気持ちを切り替えたようで学院へと向かおうと歩き出す。
「はぁ......」
「まだ言ってるの?早く行かないと遅刻するわよ?」
「あのなぁ、そもそもお前ーー」
「そんなことはいいから早く行くわよ。こんな所で油を売っている暇は無いわ」
そういうと、エレナはだらしなく垂れ下がったユージンの手を掴むと自分の方へと引っ張る。
「ほら、行くわよ」
「うわぁ!ちょっと待てよ」
未だ憂鬱な気分を引きずっていたユージンは、転ばない様に引かれる手に合わせ、慌てて歩き始める。
入学式が行われる演習場では、数名の教師が右も左も分からない生徒の為に案内係として立っていた。
普段は生徒がその技を競い合う為に整備されている演習場は、今だけはその床にシートを張り巡らせ、椅子が一定の間隔で狂いなく置かれている。
先生の指示に従いユージンとエレナは列に並ぶ。席は特に決まっておらず、来た順番で座っていく形式らしく前方に並んでいる生徒から順番に座っていく。
まだ入学式が始まる前のため、席に座る生徒達は隣に座る者同士で会話をしている。これから学院での新たな生活が始まる為、人脈を得ようとしているのだろう。
エレナはというと、落ち着いたもので静かに席に座り式の開始を待っている。
ユージンはというと、周囲の会話へと耳を傾けて、情報収集に勤しんでいる。
「ねぇ、今年はあのボールドウィン家のエレナ様も入学式されるそうよ」
「お近づきになるチャンスよね。どんな方なのかしら」
「エレナさんと同じ学院、しかも同じ学年なんて俺達はなんて幸運なんだろうな」
「本当だよなぁ。噂だとすげぇ美人らしいぞ」
エレナは帝都では有名人である。いや、帝都だけで無く冒険者・魔導師の間でその名を知らぬ者はいない。
S級冒険者というのは、何も名前だけのお飾りでは無い。本当に才能を持つごく一部の者が、たゆまぬ努力の末に辿り着ける称号なのである。
冒険者として活動する者の大半はよくてA級止まりである。そして、残念ながらA級に届く前に死んでしまう者が大半というのが冒険者の現実だ。
そのため、若干14歳でS級へと至ったその才能を欲しがる貴族はそれは山ほどいる。
これまでは、エレナの近くにローランがいた為に、貴族の、特に男達はエレナに話しかけることはおろか、近づくことさえできずにいた。
しかし、いくらSS級冒険者といえど年齢的に在籍は不可能。この機会を逃してなるものかと、貴族達の間ではその話でもちきりだった。
ユージンはこれから、三年間そんな連中(主に男共)からエレナを守らなければならない。それが、ローランとの契約であるからだ。
改めて、難易度の高いミッションだと頭を抱え肩を落とす。
「あの、大丈夫ですか?体調が優れないようなら、お帰りになった方が良いと思いますよ」
ユージンが急に頭を抱えたため、心配になったのだろう。隣の席に座っていた女子生徒が話しかけてくる。
「あぁ、大丈夫。少し、考え事をしていて......」
「そうだったんですね......良かったです。大丈夫なようで安心しました」
女生徒はユージンからの返事を聞くと、一度確認するようにユージンの全身を見回した。自分の目でも大丈夫だろうと確認が取れると、その表情に安堵を浮かべる。
「これから同じ学院に通う者同士、よろしくお願いしますね」
「あぁ、こちらこそよろしく」
「私、ミューラと言います」
「俺はーーッ!!」
不意に脚に痛みを感じたユージンが視線を向けると、エレナが右手でおもいっきりつねっていた。痛みと会話を邪魔された恨みから顰めっ面をエレナに向けると、明らかに不機嫌な表情を浮かべていた。
「おい、何でつねるんだよ。痛いから止めろ」
「フンッ!」
エレナのは更に不機嫌さを増し、ユージンは顔を背けられた。
その行動を不思議に思いつつも、エレナのこのような行動は偶にあることなので気にしないことにして、ユージンは再び右隣に座るミューラとの会話を再開する。
「ごめんな、ミューラさん。俺はユージン。ユージン・テイラー」
「よろしくね、ユージン君。ところで、そちらの方はお知り合い?」
「うーん、まぁね。一応知り合いだよ」
ミューラは当然の疑問を投げかけてくる。先程のやり取りを見ていれば知り合いだと思うことが普通だろう。
しかし、ユージンとしてはまだミューラを信用していいものか決めかねているため、微妙な返答になっていた。
そんなユージンの言葉が気に入らなかったのか、隣に座るエレナがユージンの顔を手で押しのけるとミューラと話始める。
「私、エレナって言います。ミューラさんよろしくね」
「エレナさんですか?よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
「あ、あれ?エレナ…さん?えーと確か…桃色の髪で…凄く美人で…」
「あれ?どうしかしたの」
ミューラは急にエレナの全身を顔を上下に動かして見つめて、何かに気付いたのか固まってしまった。
そして、何故そうなったのか理解していないのだろうエレナは不思議そうな顔をしている。
そして、何かに気付いたのかミューラはエレナの顔を見たまま固まってしまった。
当たり前だ、有名人に話しかけらた一般人の反応などこのようなものだろう。
仕方ないと思い、ユージンが話しかける。
「お前なぁ......」
「何かしら?」
「軽々しく自己紹介とかするなよ。一応護衛である俺の立場にもなってくれよ......」
「そんなの私の自由じゃない。あんたに指図される謂れはないわ」
正論を返すエレナにぐうの音も出なくなる。
ユージンとしては護衛の観点から、自分が安全だと判断した人間から付き合いを始めて欲しかったのだ。
しかし、そんなことはエレナの立場からすればたまったものではないだろう。
(まぁ、友達くらい自由に作らせてやるか)
エレナはこれまで貴族の社交会や学院の中等部にも通わず、魔法の修行を行ったてきたため友達などいなかった。
もしかしたらミューラがエレナにとって初めての友達になるのかもしれない。そう考えると、ユージンの心に感慨深いものが湧いてくる。
未だ硬直が解けないミューラの方に向き直ると、彼女の名を呼ぶ。自分を呼ぶ声に、固まっていた意識が戻ってきたようで、ミューラは一気に捲し立ててくる。
「あ、あの、エレナさんて、あのボールドウィン家のエレナさんですか!!」
「そうよ。よろしくね、ミューラさん」
「天才魔導師のエレナさんと知り合えるなんて光栄です。よろしくお願いします」
「あの、お2人さん席代わろうか?」
ミューラとエレナ、いい雰囲気の二人に挟まれるユージンは動けずにいた。
「あ、ごめんなさいユージン君」
「大丈夫よミューラさん、こいつのことは置物と思ってもらって構わないわ」
「おいッ!」
ツッコミを入れるが、エレナに気にした様子は無い。
すると、ミューラが何かに気づいたように声を出す。
「あの、もしかしてお二人ってお付き合いされてるんですか?」
「はぁ?」
「ありえないわ」
ユージンはその質問に呆れていたが、エレナは最悪だと言わんばかりに顔を顰める。
「いやいや、エレナはブラコンだからローランにしか興味ないぞ」
「あら?殺されたいのかしら、ユージン」
「すみませんでした」
エレナから殺気を感じ、ユージンは椅子の上で最大限腰を曲げ、即座に謝罪した。
「ふふっ。でも、仲は良いんですね」
「そんなこと無いわよ」
「そうだな。まぁ、昔からの知り合いだからな。それで仲良く見えたのかもな」
3人が暫く話していると、入学式が始まるようで演習場に放送が流れた。
「これから、ノーザン帝国学院入学式を始めます。まずは、校長からの挨拶です。」
舞台上に、校長としてはまだ30代も前半と非常に若い女性が上がっていく。
「まずは、ノーザン帝国学院への入学に感謝します。諸君らはこれから三年間をかけて、この学院で様々なことを学ぶことになるでしょう。この学院の存在意義である、「帝国の為にあれ」ということは各々忘れないように」
校長の定型分のような挨拶が徐々に進んでいく。
「そして、大事なお知らせがあります。今年から、この学院に入学した瞬間から、このニ年間は皇族・貴族・平民等の身分差は関係ありません。生徒は皆平等に扱われます。成績によってクラスが決まる完全なる実力至上主義です。」
生徒達からざわめきが起こる。当然だろう。高貴である皇族は最上位に、貴族は平民よりも上の立場にいるということを帝国民は幼少より教えられてきた。
平民が帝都で不敬を働こうものなら、即刻斬首されてもおかしくは無い。その身分差が、この学院では存在しないというのだ。
「より強き者がこれからの帝国を支えていくのです。各地の帝国学院はその為に存在しています。」
彼女はさらに続ける。
「今年は昨年卒業された、SS級冒険者ローラン・ボールドウィンの妹であるS級冒険者のエレナ・ボールドウィンが入学してきます。魔導師には、彼女の強さを間近で観察し、その技術を吸収してもらいたいと思います。その他にも多くの名の知れた強者が入学してきます。彼ら彼女らから学び、卒業までに各々が更なる成長することを期待します」
そう挨拶を締め括ると、校長は舞台上から降り席へと戻っていった。
「なぁ、エレナ。この学校って身分の差って関係無いって言ってたけど本当なのか?」
普通の生徒はこのようなこと疑問に感じない。しかし、ユージンは三年前に帝都にやって来たばかりのために知らなかった。
また、三年前に帝国に移住してきてから、冒険者として生活を送ってきたユージンは帝国の常識があまり無かった。
その為、生まれてから帝都に暮らすエレナに素直に疑問をぶつけていた。
「そんな訳ないじゃない。貴族と平民の身分差なんて学校だろうと同じよ。だから周りが驚いているんじゃない。今年からってあの校長が言ってたでしょ」
「なるほどなぁ」
いきなり、身分の差なんてありません。と言われてもこれまで過ごしてきた人生での意識はそうそう変わらないだろう。エレナの指摘通り、周囲の生徒は驚き冷めやまないといった状況だ。
「なぁ、なんで今年からそんな事になったのか知ってるか?」
「はぁ?そんなの分かる訳ないじゃ無い。でも、一つあるとすれば......。そうね、あの人に見覚えないかしら?」
エレナは先程挨拶をしていた、校長を指す。
校長の顔を再び観察するが、ユージンはいまいちピンときていないようで顔を顰めるばかりだ。
「誰だあれ?」
「えっ!?ユージンさん知らないんですか!」
「まぁ、あんたは知らなくてもしょうがないわね。あの人は、スカーレット・ソード。20代の若さで帝国騎士団の団長に上り詰めた人よ」
「帝国の騎士団長⁉︎何でそんな凄い人がこの学園の校長なんかやってるんだよ」
「私に聞かれても知らないわ。ただ、あの人は平民の出身だったはずだから、平民へ道を開く為に学院での身分差の撤廃を謳っているのかも知れないわね」
周囲でも未だ身分差撤廃という暴挙とも言える内容が衝撃的なようで話し声が止まない。学校側も一度落ち着かせる意味もあるのか直ぐには式を再開しようとはしない。
時間を置き、生徒側も少し落ち着きが戻ってきたところで、ざわめきを残す生徒を静かにさせるアナウンスが流れた。
静かになったところで、改めて式が再開された。
その後は何事もなく順調にプログラムが進められていく。
そして、新入生代表挨拶の順番が回ってくる。先頭の列に座っていた生徒が舞台上へと上がっていく。
代表挨拶は当然エレナが行うと思っていた生徒達は再びざわめだす。
普通このような挨拶は新入生の代表となるよう、エレナのような広く名の知られた者が行う。新入生達がその姿を見て、彼彼女に追いつこう、追い抜こうと気持ちを引き締めさせる為だ。
では何故、今回この代表挨拶がエレナでは無いかというと、面倒な事はごめんだと学院からの提案を断っているからだ。
学院としても、S級冒険者の機嫌を損ねる訳にもいかず、あっさりと了承されていた。そんな経緯があり、新入生代表挨拶は別の生徒が担当することになっていた。
代表生徒は目が悪いのか、杖をつきながらゆっくりと歩いていく。舞台上にたどり着くと、見えているのかは分からない目を少しだけ開くと、挨拶が書かれているであろう紙を持ち読み上げる。
こちらは先程の校長とは違い、最後まで挨拶の定型分を読んで終了した。その後は滞りなく式は進み、入学式は終了した。
しかし、入学式はこれで終わりでは無い。この後、魔力測定が行われるのだ。これは、一週間後に始まる学院のクラス分けの為に使われる。
会場は現在いる演習場とは異なるようで、列ごとに移動していく。
「魔力測定か、久しぶりにやるわね」
「エレナさんはやったことがあるんですか?」
「ええ、冒険者ギルドに登録するときにね」
魔力測定はめったに行うものでは無い。測定に使われる魔力測定器の数が少ないからだ。魔力測定器は古代魔道文明の遺産であり、現代では再現不可能な代物である。
そのため、各国の主要な施設や冒険者ギルドなどにしか置いていない。
ミューラが驚いていたように、一般人にはあまり馴染みが無い。
エレナはローランからの推薦で冒険者登録をする際、試験の一環として魔力測定を受けていた。
「あれって、魔力量を正確に測れる訳じゃ無いから、あんまり意味を感じないのよね」
「そうなんですか?でも、重要な魔道具なんですよね?」
「ある程度の基準にはなるから使ってるってところかしら」
「凄い、エレナさんは博識なんですね」
エレナは照れたように頬を掻いている。
「まぁ、師匠からの受け売りなんだけどね」
「そうなんですか?あ、そういえば、エレナさんのお師匠様はどなたなんですか?」
「えっ?」
思いがけない質問だったのか、エレナが面食らったような表情になる。
「え〜と......」
明らかに挙動不審になるエレナを見ていられずに、ユージンは声をかける。
「二人とも列も動き始めたしそろそろ行くぞ」
「そ、そうね」
「?」
助かったとばかりに、進み出した列の流れに乗ってエレナはさっさっと歩き出した。




