帝国ギルド支部
一度自宅に帰ったユージンは、先程のローランからの依頼の為に、自分の財産を確認していた。
現在手元にあるのは、一週間であれば問題なく生活ができる程度のお金のみであった。
「やばい、お金が足りない......」
ノーザン帝国学院の入学費用は20万エル。
年間の授業料が60万エル。
合計で80万エル。期限はなんと明日まで!
普通、この歳の少年少女達は親に学費を払って貰い、学院に通うのが一般的である。
しかし、ユージンには残念ながら学費を払って貰える家族がいない。別段育児放棄をされている訳では無い。ただ、彼の両親は既に故人というだけの話だ。
その為、自分の力で生活しなければならなかった。
「もっと節約しておくべきだったか…」
ユージンは、別段金遣いが荒いということはない。
むしろ、少ない収入でうまくやりくりしている方だ。食事は屋台やお店では買わず自炊、家事洗濯もしっかり行なっている。
その家事力は、ボールドウィン家の一流のメイド達と比べても遜色のないレベルである。
そんなユージンが何故お金がないのか、その理由は簡単だった。
冒険者として活動しているからである。
冒険者稼業は、過酷である。依頼を受けて、達成できれば報酬を手にし、失敗すればペナルティがある。
これだけ聞けば、確実に成功できるだけの依頼を受ければ良いように思えるが、それも難しい。
依頼内容にもよるが、戦闘系または護衛依頼などてあれば、敵と戦わなくてはならない。
そして、ユージンは強くなる為に戦闘系の依頼ばかりを受けている。
戦えば必然、怪我をする確率が高くなる。パーティーに回復魔法を使えるものがいれば、その場で怪我を治すことができる。
しかし、回復役がいないパーティー、またはソロで活動する者はどこかで治療を受けるしかない。
怪我の具合によってその治療費は高額になるが、冒険者の報酬には治療費は含まれていない。
つまり、自分でその費用を払わなくてはならない。
一般的にはパーティーを組み、互いに補い合いながら成長をしていくのが冒険者だ。
だが稀に、ユージンのようにソロ活動する冒険者もいる。
本人の性格に問題があったり、報酬の分配を嫌ったり、一人で問題無く活動ができるだけの力量があったりと理由は様々だ。
しかし、ユージンにはそのどの理由にも当てはまらない。
それは、決してパーティーで行動する利点を理解していないからというわけではない。
ローランの妨害工作の為に、誰一人としてパーティーを組んでくれる人がいなかったからである。その為に、ユージンはソロでの活動を余儀無くされていた。
しかし、ソロで活動すれば、その分戦闘の危険度は跳ね上がる。
例えば、SS級であるローランであれば一人でも大抵の依頼は怪我もせずに終わるだろう。もっとも、そこはエレナが心配するため二人でパーティーを組んでいるが。
しかし、実力の低いユージンは魔物と戦うたびに怪我をしてくる。怪我が軽い場合は薬草などでどうにかするが、あまりにも酷いと治療を受けなくてはならない。
そして、次の依頼の為に治療を受ける。治療を受けるためにお金が無くなる。この負のスパイラルであった。
SS級冒険者であるローランの報酬額であれば一回受けるだけで、1億エルを軽く超える金額などざらにある。しかし、ユージンのような低級の冒険者の報酬など高が知れている。一度治療を受けるだけで、怪我の容体にもよるが報酬の半分は持っていかれるほどだ。
そのため、ユージンは貧乏生活を余儀なくされていた。
冒険者家業に関係無く、その経験のおかげで野宿・サバイバルもお手の物といった具合だ。
なのでお金の無いユージンが学院へ入学する為には、明日までに80万エルをどうにか集めなければならなかった。
「依頼受けに行かないとな......」
ユージンは決意を新たにすると、急いで着替えを済ませる。最後に指輪を右手の人差し指に嵌めると姿が大きく変わった。
長かった黒髪は、燃え盛る炎のような赤色に。
顔はまだ幼さを残した15歳の少年ものではなく、青年のような精悍な顔立ちに。その体躯も頼りのない細身から程よい肉付きに。
一見して、ユージン・テイラーとはかけ離れた容姿であった。
姿見に写る自分を確認して、ヨシッと気合を入れるとユージンは家を出て冒険者ギルドへ向かった。
◆
冒険者ギルド帝都支部。
帝国最大都市である帝都にある為、数あるギルドの中でも最も多くの冒険者が在籍し、その功績も他を圧倒していた。
冒険者だけでなく、ギルド職員もその帝都支部に所属することに誇りを持ち、高い意識の元働いていた。
そんな冒険者ギルド帝都支部に着いたユージンの目の前では、まだ昼間だというのに酒を片手に騒いでいる冒険者が大勢いた。彼らは今日を休暇と決めているのか、既にその顔は赤く呂律が回っていない者もいた。
ユージンは、彼らに絡まれないように気配を消しながら、依頼書が貼られた掲示板の元へと向かう。
だが、この場にいたのは無駄にレベルの高い冒険者達だ。ユージンの姿を見逃すはずがなく、酒を片手に空いているもう片方の手を肩に回し絡んできた。
「おうテイラー、おめぇ今日も魔物討伐か?偶には酒でも飲んでゆっくりしようぜ」
「そうそう、冒険者にも休日は必要なんだぜ」
「悪いけど、酒は飲まないんだ。そもそも、何が美味しいのか分かんないし」
ユージンが断りを入れると、途端に冒険者達は白ける。
「まったく、酒の美味しさが分からんとはなぁ」
「見た目の割にそういうとこはガキっぽいよな、お前」
冒険者達は好き放題に言ってくる為、勝手に誘ってきてなんだその態度は!、とユージンの頭の中では文句を垂れるが、言い返せば面倒な絡みが長引くだけだと冷静さを取り戻す。
「そういうことだ、ガキってことにしておいてくれ。今日は金が必要で来てるんだ。魔物討伐以外でも報酬がいいものを受けようと思ってな」
肩に乗った酔っ払いの手を振りほどくと、軽く手を振り再び掲示板へ向かい歩き出す。
掲示板の前にも少ないながら冒険者が集まっているが、既に張り出されている依頼は少なくなっており、ユージンとしても落胆を隠せない。
冒険者ギルドでは、依頼は朝に掲示板に張り出されることになっている。そのため、朝には多くの冒険者がギルドに詰め寄り、依頼の争奪戦が起こっている。
高ランクの依頼になってくると別だが、いくらレベルの高い帝都支部とはいえ、絶対数の少ないAランク以上の冒険者の数は多くは無い。
Aランクほどになると冒険者どうし、お互いに不毛な争いは避けるようになり、同じギルドに在籍することは少ないからだ。そのため、Bランク以下の冒険者が多数を占める。
そして、依頼の難易度は基本的にはAランクまでの物が大半を占める。
現在はお昼過ぎであり、残念ながらめぼしい依頼は既に狩り尽くされた後だった。
目に見える限りでは、新人向けの薬草採取依頼やゴブリンの討伐などが目立つ。これら新人向けのものは、報酬額も低く、一定レベルを超えた冒険者には需要が無い。
ユージンも既に新人のレベルは超えているため、今更受ける気は起きない。何よりも現在必要なのは大金だ。
しかし、他に報酬額が高いものなどはA級以上向けのものだけであり、依頼の達成自体が難しい。とても今日だけで入学費用が稼げるとは思えなかった。
しかし、目的のためにも諦めるわけにいかず、ユージンは最後の手段である受付へと向かう。
近づいてくるユージンに気づいたようで、受付嬢は笑顔で出迎えてくる。
「あら、こんにちはユージンさん。今日は珍しく遅いんですね。もしかして、寝坊しちゃいましたか?」
冗談めかしく言ってくる受付嬢の笑顔に、ローランや先ほど絡んできた連中のせいで疲れ切った心が癒されていく。
しかし、ここで惚けていてもなにも始まらないため、話を切り出す。
「今日はーー」
ユージンが話し始めると、受付嬢はいきなり手をこちらに突き出してきて、話を遮った。
「ユージンさん、まずは挨拶ですよ!」
「あぁ、こんにちは」
「挨拶をするときはちゃんと名前を呼んでください。名前を呼ぶのが私だけなんて悲しすぎます…」
両手を顔の前に持ってきて、しくしくと態とらしく泣く演技は様になっている。
きっと、この泣き落としで無茶な依頼を引き受けた冒険者も数多くいただろう、と一瞬つまらない考えが頭をよぎる。
「ちょっと、聞いてますかユージンさん!私、本当に泣いちゃいますよ!」
「す、すみません。こんにちはイリスさん。それと、泣く演技はそれくらいにして下さい」
未だに臍を曲げているイリスは、私不機嫌ですよ、と言わんばかりだ。
イリスはこの冒険者ギルドの受付嬢になってまだ一年目の新人だ。しかし、その可愛らしいルックスや愛想の良さから、既に多くの男性冒険者のファンを作っている。
男性冒険者の間で開かれる受付嬢ランキングでも、常に上位に名前が上がるほどだ。
「す、すみません。今日は少し急いでいて......」
急いでいたとはいえ、確かに礼を失した態度であったためユージンは素直に謝罪をした。背後の冒険者連中から殺気を感じたのも原因の一つである。
「まぁ、今回は許してあげましょう」
「はは…ありがとうございます」
「今日はどうしたんですか?何かお困り事ですか?」
「いえ…まぁ困り事と言えばそうなんですが.....」
言いづらそうにするユージンを見て不思議に感じたのか、イリスは首を傾げている。
その様子を見ていると、新人である彼女に今から話す内容に罪悪感を覚えてしまう。
しかし、とユージンは意を決すると、受付のテーブルから身を乗り出してイリスに顔を近づける。
「イリスさん」
「は、はい......」
「高額報酬の依頼を斡旋して下さい!」
顔を近づけてきたユージンに少し引き気味だったイリスは、ユージンが机に額を勢い良く擦り付ける様子を見て更に引いていた。
「今、どうしてもお金が必要なんです!今日中に終わりそうで、報酬が高い物をどうか!」
「あの、そういうのはあまりやるなとギルドマスターに......」
「そ、そこをどうにか」
「そういわれましても…」
「後生の頼みです!お願いします!」
「わ、分かりましたから、一旦落ち着いて下さい!周りの人に変な風に見られるからやめて下さい〜〜〜」
その後、何とかユージンを落ち着かせる事に成功したイリスは、数ある依頼書の中から、出来る限りユージンの要望に沿った物を探す。しばらく依頼を探していると、一つ面白いものが見つかった。
イリスはその依頼書を手に取ると、ユージンに手渡す。
「これなんかどうですか?ヨーグ森林に生息するウォータイガーの討伐ですね。報酬額は…ほら、これくらいなんですが」
そう言ってイリスが指さす先には100万エル、学院の入学費だけで無く一年間の授業料まで払える額の報酬が書かれていた。
ウォータイガーは魔物としてのランクは高いが、ユージンが絶対に倒せない相手では無い。
そして今、目の前にはユージンの一年の生活費に匹敵する報酬額が提示されている。
ゴクリ、と思わずユージンは唾を飲み込む。
普段のユージンであれば、冷静でいれば、しっかりと内容を吟味して断っていたことだろう。こんなに都合良く、自分が必要とする時に、高額な依頼が残っているわけが無いだろうと。
しかし、大金を必要とする現在、彼の心は既に依頼を受ける方向に傾いていた。
「イリスさん、この依頼受けます。受けさせて下さい!」
「本当に!ありがとうございます!じゃあ、こちらにサインをお願いします」
意気揚々とサインをするユージンの様子を見て、イリスは思わずほくそ笑む。
「じゃあ、さっそく行ってきます!」
「あ、そういえば一つ言い忘れてましたけど」
やる気満々といった様子のユージンを引き留めるイリスは小悪魔のような笑みを浮かべ次の言葉を続ける。
「この依頼の主は帝国なので、失敗すると重いペナルティがあるのでお気をつけて」
「な、そんな話聞いてなーー」
「ユージンさんなら出来ると信じてます!では、依頼は受理されましたので頑張って下さい!」
笑顔で失敗=重罰という絶望を突きつけてくる彼女に反抗することも出来ず、ユージンは肩を落としながらヨーグ森林へと向かうのだった。
入学費用とかはきっかり決めてはいないので、後で変更するかもです。




