728話 皇后と、その周り
雨妹が前世の経験で考えるのは、「偉くなりたい」と考える人というのは概ね二種類に分かれるということだ。それは偉くなる結果の主人公が自分であるか他人であるかであり、よりわかりやすく言うならば「私が気分良く暮らすために偉くなる」ものと、「周囲が気分良く暮らすために偉くなる」というものである。この両者では当然、心持ちが変わってくる。
――そこは、自分も他人も気分よく暮らすのが理想なんだろうけどね。
けれどそれがまた案外難しくて、両者の均衡を上手く取り繕うのが良い為政者なのだろう。けれどそんな素晴らしい人格者が、いつの時代も存在するとは限らないものだ。
それで言うと皇帝になってしまったあの父は、別に自分が偉くなりたかったわけでも、高い志を持っていたわけでもない。偶然、たまたま良い時代を作る幸運を持っていただけで、なにかの拍子に良い時代があっさり終わるという可能性もまた同時に持っている。
――実際、途中怪しかったらしいもんね。
女性関係で身を持ち崩しかけるのは、ある意味権力者のお約束のようではあるのだが、まあそんな父のことはともかくとして。
皇太后について考えると、当然この人は「私が気分良く暮らすために偉くなる」人の典型である。この「私が偉い」型の周囲で暮らさなければならない場合、その人物が生み出す荒波を上手く乗りこなせれば、幸運とはいわずとも、ある程度の平穏を手に入れることができるだろう。逆にそれが出来なかったならば、散々振り回された挙句にとことん不幸に陥ることになるのだ。
そんな皇太后に似ているらしい叶賢妃は、燕女史の話では昔からなにかと皇后に対して張り合う仲であったとか。
つまり皇后は「私が偉い」という人物二人に、昔から挟まれていたことになる。好きでもない酒を飲んでまで皇太后を避けていたのだから、皇后の中でこの型の人物への心的苦痛を推し量るのは難しくない。
――あ、なんか可哀想かも……。
皇后とて、雨妹の人生の出発点に影を落とした要因であることは確かなのだけれど、その実態を知れば知る程に憎く思えてくるどころか、可哀想要素が積み上げられるとはどういうことか? これは人とは話してみないとどんな人なのかわからない、ということでもあるのだろう。
そして話を戻して叶賢妃についてだが。彼女を支持する者は、やはり皇太后と同じ路線を望んでいるということなのだろうか? 雨妹が揚州に行ったり、燕淑妃宮の問題にかかりきりになっている間に、そんな事態が進んでいたとは気付かなかった。これはそもそも雨妹の仲間である下っ端宮女には、四夫人などという人とは滅多なことでは縁がないからでもある。雨妹のようにやたらに会うのは例外なのだ。
「叶賢妃の周囲は、そんなに盛り上がっているんですか?」
この雨妹の問いについて、秀玲が「そうねぇ」と思案気に述べる。
「盛り上がるというか、叶賢妃の方が付き合うのが容易だと思われているのではないかしら? なにしろ皇后陛下がどのようなお人で、なにを好み、なにを嫌い、どのように付き合うのが適切なのか、誰も知らないでしょうから」
なんだか身も蓋もない意見が出て来たのだが。
「いやいや、誰も知らないってことはないでしょう。だって皇后陛下ですよ?」
雨妹は思わず突っ込みを入れる。皇后だって例の酒宴以外にもお茶会だってやっていただろうに。それに参加する者たちだってその際に、皇后の好みくらい調べて挑むのではないのか?
この疑問に答えたのは立彬だった。
「いや、その通りだろう。なにしろ以前までは皇后陛下の好みなど考える必要はなく、皇太后陛下のご意向にさえ沿っていれば正解だったのだから」
「あ~、そういう感じなんですね」
言われた内容に、雨妹はため息を吐く。




