727話 つまり、話は最初に戻る
「それは初めて聞きました」
「当然です」
立彬が一瞬ちらりと雨妹を見てからそう述べるのに、秀玲は表情を変えることなく答え、またお茶に口をつける。
「皇后陛下から逆らわれた事実は、皇太后陛下も公では隠しておられました。これをきっかけに対抗勢力が勢いを増すかもしれないですからね。その上あなたと明賢様は幼少であり、大人の振舞いが今ほど耳に入るような時期ではなかったでしょう?」
確かに、当時まだ幼かったであろう立彬と太子の耳に入れるには、微妙に難しい話題であろう。
そして一方で、その頃は父が雨妹の母を溺愛していた時期でもある。
より強固で大きな権力を得たいと考えていたであろう皇太后にとって、父から溺愛されている妃嬪にもし子ができたならば、それが万が一男子であれば、父は考えを変えて太子をその妃嬪の子に変更してしまうのではないかと、さぞかし恐れたであろう。そんなことがまかり通らないにしても、そういう意見が出てしまった時点で、子すらいない皇后が軽んじられることになり、それはすなわち皇太后の立場も軽くなることに繋がってしまう。
そうやって皇太后が気を揉んでいた最中だというのに、自分に従順でなければならない皇后が逆らったのだ。皇太后の身勝手理論で言うならば、「どの面下げて文句を言うのか!」といったところか。
表向きは事態が鎮静化したように見えて、実は裏では未だ怒りが燃え続けており、その腹立ちの末の、あの張美人の事件だったのだとしたら?
――これぞ後宮の黒歴史!
雨妹もある種の当事者であるだけに、どういう気持ちに持って行けばいいのかわからない。あらすじとしては雨妹の大好物である後宮ドロドロ話なのだが、さすがにはしゃげないのが複雑である。
――けどあの事件は、ただの短慮ではなかったかもしれないのか、なるほどなぁ。
雨妹は「む~ん」と一人で唸っているのを、立彬から心配そうに見られていることに気付かず、心の中で嵐がグルグルとしていた。
そんな中で秀玲がいつも通りの顔で話を進める。
「そうまでして手元に留めた卓敏殿であるのだから、皇后陛下はそれだけ執着していたということよ。後にも先にも、皇后陛下が皇太后陛下に逆らってまで手元に置いたのは、彼女だけでしたもの――雨妹、お茶のお代わりはいかが?」
「いただきます」
語りながらもお茶のお代わりまで用意してくれる秀玲の気配りに、絶賛動揺中の雨妹はありがたく頂戴する。そしてお茶で喉が潤うと心の中も潤ったのか、嵐が静まってきた。
「はぁ、そんなに素晴らしい方を現在、洗濯物部屋に押し込めているのですねぇ」
「酷い人材の損失だな」
雨妹が思わずそう零すのに、立彬も渋い顔で同意する。
「その卓敏を元のお役目に戻すのが、皇后陛下にお味方をするには一番の手でしょうね」
そこへ秀玲がそのように述べて、話が元に戻った。
――ってことは、皇后陛下の一番の味方である野猫の行動は正しいのか。
野猫の頑張りが無駄ではないことは、雨妹にとっては今一番のほっこり案件だ。
「それに、この話は叶賢妃の件にも影響するでしょうね」
「そうなのですか?」
さらにそのように告げられ、そう言えば雨妹は叶賢妃についてまたなにも聞けていないことを思い出す。立彬に聞こうと思った時に秀玲が来たのだ。それにこの際なので、秀玲に聞けば詳しくわかりそうである。
「秀玲さん、叶賢妃とはどのようなお方なのでしょう」
雨妹からのこの問いに対して、秀玲はさして迷わなかった。
「わかりやすく言うならば、『ちょっと可愛らしい皇太后陛下』かしら」
なるほど、短いながらもわかりやすい説明である。




