06 共鳴
初の戦闘シーンです
残りの、二体。
涎を垂らした獣が、二体、ゆっくりと、こちらへ、にじり寄ってくる。
俺は、座り込んだ咲の前に、立ち尽くしていた。筋力3の、丸腰の体で。盾になる、なんて、立派なものじゃない。ただ、この体が、ほんの少しでも、獣の足を、止められれば――そんな、祈りのような気持ちだけで、足を、踏ん張っていた。
「……和馬、どいて……!」
背後で、咲が、掠れた声をあげる。木刀を杖にして、立ち上がろうと、もがいている。けれど、その足には、もう、力が入らない。一体を倒すのに、すべてを、使い果たしてしまった。
――このままじゃ、二人とも、やられる。
わかっている。わかっているのに、打つ手が、ない。
逃げる? 無理だ。背を向けた瞬間、あの俊敏な獣に、追いつかれて、終わる。戦う? 誰が。咲は、立つのがやっと。俺は、筋力3。
(……考えろ。……考えろ、俺)
◇
追い詰められた頭の中で、ふと、あの、気のない声が、よみがえった。
――『触れている仲間の力を、ちょっと上げる』。
ベルフが、だるそうに読み上げた、俺のスキル。【共鳴】。“ちょっと”なんて、何の役に立つのかと、聞き流していた、地味な力。
でも。
今は、その“ちょっと”に、賭けるしか、なかった。
咲の力が、ほんの少しでも上がるなら。それで、ほんの少しでも、生き延びる目が、出るなら。
「……咲っ!」
俺は、振り返りざま、座り込んだ咲の、その肩を、両手で、ぎゅっと、掴んだ。
「え、ちょ、和馬、なに――」
――その、瞬間だった。
◇
《――スキル【共鳴】、発動》
頭の中に、告げる声が、響いた。
同時に、俺の手のひらから、咲の肩へと。何か、あたたかい奔流のようなものが、すうっと、流れ込んでいく、不思議な感覚。
そして、俺の視界の端に、見慣れない“表示”が、ちらりと、浮かんだ。
【対象:本間咲】
【好感度:68%】
【能力を、増強中】
(……好感度……? なんだ、これは……)
意味を、考えている暇は、なかった。
「……っ、え……!?」
俺の腕の中で、咲が、はっと、息を呑んだ。
「……なに、これ……。体が……さっきまで、あんなに、重かったのに……っ。……力が、湧いて、くる……!」
鉛のようだった、はずの、咲の手足に。ふたたび、力が、宿っていく。
◇
獣の、一体が、痺れを切らしたように、飛びかかってきた。
「――まだ、よっ……!」
さっきまで、立つのもやっとだった咲が。木刀を、跳ね上げるように、振り抜いた。
――ごぅっ。
打ち込みの、重さが、違う。硬い皮に弾かれていた、さっきまでとは、まるで別物。獣の脳天を、したたかに打ち据え、その巨体を、横ざまに、吹き飛ばした。
「……すごい……! これなら……!」
けれど――楽な戦いでは、断じて、なかった。
咲の体は、傷つき、疲れ果てている。増強された力で、かろうじて、互角に持ち込んでいるだけ。しかも、俺は、スキルを保つために、咲の肩から、手を、離せない。獣の動きに合わせて、二人で、もつれるように、動く。
「和馬、離れないで……! それ、触ってないと、効かないんでしょ……!?」
「ああ……! くっ、動きにくい、けど……!」
密着したまま、二人がかりで、一体の獣を、押し返す。だが、その隙を、もう一体が、突いてきた。
――俺、めがけて。
◇
「っ、和馬っ!」
獣の牙が、無防備な俺の、脇腹へと、迫る。
避けられない。筋力3の、鈍い体では、反応が、間に合わない。
――やられる。
そう、覚悟した、刹那。
咲が、俺を庇って、割り込んだ。増強された脚力で、俺と獣の間に、滑り込み、木刀を、盾のように、かざす。
がきん、と、牙が、木刀に、食い込んだ。
「……っ、こ、の……! 和馬には……触らせ、ないっ……!」
歯を食いしばった咲が、ありったけの力で、獣を、押し返す。そして――俺の手が、まだ、その肩に、触れていることを、確かめるように、ちらりと、背後の俺を、見た。
「……まだ、“共鳴”、効いてる……!?」
「……ああ、効いてる! 咲、いけるか……!?」
「……やって、やるっ……!」
◇
そこからは、二人で、一体の、獣だった。
俺が、咲の肩を掴んで、力を、送り続ける。咲が、その力で、木刀を、振るう。俺が、死角を、叫んで報せる。咲が、それに、応えて、舞う。
戦えない俺と、傷ついた咲。本来なら、とっくに、詰んでいたはずの、二人。それが、“共鳴”という、細い糸で、繋がって――ひとつの、生き物みたいに、動いていた。
「右、来る……!」
「わかってるっ……!」
一体の、首筋を、裂く。黒い靄に、ほどける。
「最後の一体……! 咲、頼む……!」
「任せ、なさいっ……!」
残った獣が、牙を剥いて、突っ込んでくる。
咲は、俺の力を、全身に、みなぎらせて。地を蹴り、踏み込み、下段から、全身全霊の、斬り上げ。
「はぁあああっ――!」
――ずぱん、と。
木刀の一撃が、獣の、顎から脳天までを、一気に、打ち抜いた。
ぎぃ、と、短い悲鳴。獣は、黒い靄に、ぐずぐずと崩れ、音もなく、かき消えた。
◇
あとには、ふたつの青い石が、からん、と、アスファルトに、残された。
そして――かくん、と、全身から、力が、抜けた。俺と咲は、どちらからともなく、その場に、へたり込む。
「……ぜぇっ……はぁっ……」
「……や、った……。……やった、ね、和馬……」
「……ああ。……ああ……!」
満身創痍の、二人だった。けれど――生き、延びた。たった三体。それでも、俺たちにとっては、この世界で初めて、自分たちの力で、掴み取った、勝利だった。
俺は、まだ、あたたかい感覚の残る、自分の手のひらを、見下ろした。
“ちょっと”仲間の力を上げるだけの、地味なスキル。
――そんなもの、じゃ、なかった。
崩れかけた戦況を、ひっくり返した。傷ついた咲を、もう一度、立たせた。戦えない俺が、咲と“繋がる”ことで、確かに、この手で、戦況を、動かしたのだ。
「……俺にも、やれることが、あったんだな」
ぽつり、と漏れた言葉に。咲が、汗だくの顔で、にっと、笑った。
「なに、しみじみしてんのよ。……あんたの力でしょ。……ちゃんと、胸、張りなさい。管理人」
◇
「……ほー。やるじゃねえか」
いつの間にか、頭上に浮いていたベルフが、めずらしく、ぱちぱちと、気のない拍手を、送ってきた。
「あの戦力で、よく三体、片付けたな。……ま、“共鳴”、だな。……あれ、使いようによっちゃ、案外、えげつないことに、なるぜ。……特に、お前さんの場合――」
「……場合?」
「……ま、いっか。眠い」
「だから、そういうとこ! 気になるだろ……!」
ベルフは、俺のツッコミを、だるそうに、聞き流した。
“共鳴”。好感度。そして、ベルフが、何度も、言いかけては、飲み込む、何か。
この地味に見える力の、本当の意味を。俺は、まだ、何も、わかっていなかった。
◇
と――そのとき。
俺の視界に、ふたつ、続けて、ウィンドウが、開いた。
【ミッション(F)を達成しました】
【報酬:魔石×3を獲得】
手のひらに乗った、三つの、青い魔石。ささやかな、稼ぎ。けれど、確かな、生き延びるための、第一歩。
そして、もうひとつ。
【初回ミッション達成を確認】
【管理者スキル『盾(守護)』を解放しました】
「……盾?」
ベルフが、ちらりと、それを覗き込んで、ふん、と鼻を鳴らす。
「あー。管理者が、最初のミッションを終えると、もらえるやつだ。……仲間への攻撃を、肩代わりしたり、庇ったりできる。……ま、自分じゃ戦えないお前さんには、お似合いの力かもな」
仲間への攻撃を、肩代わりする。庇う。
――守る、力。
さっき、獣の牙から、咲に、庇われた。戦えない俺は、ただ、守られるだけの、お荷物だった。
でも。これからは。
(……今度は、俺が、守る)
筋力3の、戦えない管理人に。たったひとつ、与えられた、“みんなを守る”ための力。それは、今の俺には、どんな強力なスキルよりも、しっくりと、手に馴染む気がした。
「……望む、ところだ」
俺は、解放されたばかりの、その文字を、静かに、見つめた。
戦えないなら、戦えないなりに。俺は、俺のやり方で、咲と繋がり、みんなを守って、必ず、迎えに行く。
――まだ、たったの、第一歩。
上納の期日は、刻一刻と、迫っている。手持ちの魔石は、まだ、たったの三つ。道のりは、途方もなく、遠い。
それでも。俺たちは、確かに、この地獄の中で、前へ、歩き、はじめていた。
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