04 戦闘力F
「じゃ、感動の再会も済んだとこで。……そろそろ、“現実”ってやつを、見せてやるよ」
ベルフが鳴らした指の音とともに、目の前のウィンドウに、ずらりと“数字”が並んでいく。
そして、そこに表示された、俺自身の“数字”を見て――俺は、しばらく、言葉を、失った。
◇
【佐藤和馬/拠点管理者/Lv1】
【属性:無】
【体力 30/魔力 15】
【筋力 3/耐久 8/敏捷 4/器用 6/知力 12/精神 10/運 5】
【戦闘評価:F(最低ランク)】
【スキル:共鳴/管理者】
「…………」
「……ぶはっ」
隣で、ベルフが、この日はじめて、心底楽しそうに、噴き出した。
「何だこれ、弱っ。筋力3って……あんた、そのへんの小学生以下じゃん。モンスターどころか、野良猫にも勝てねえぞ、それ」
「う、うるさいな……!」
反論したいのに、できなかった。数字が、あまりにも、雄弁に、俺の無力さを語っていたからだ。戦闘評価Fの、“F”。その一文字が、やけに、重たく感じる。
「……ってか、和馬」
咲が、ウィンドウを覗き込んで、眉をひそめた。
「あんたの属性、“無”って……。属性、ないってこと?」
「あー、それな」
ベルフが、面倒くさそうに、頭をかいた。
「普通、属性がないやつは、『なし』って出るんだよ。火も水もない、空っぽですよ、って意味でな。……でも、あんたのは、わざわざ『無』って出てる」
「……何が、違うんだ?」
「さあ? 俺に聞くなよ。……どうせ、器用貧乏の“ハズレ”ってオチだろ。何にもなれない、半端もん。……期待すんな」
(……無、属性)
俺は、その一文字を、まじまじと、見つめた。
“なし”では、なく。“無”。
ベルフは、ハズレだと切り捨てたけれど。なぜだろう、その文字が、胸の奥に、小さな棘のように、引っかかって、離れなかった。
◇
「で、こっちのスキルってのは、なんなの」
咲が、俺のステータスの、いちばん下を指さした。【共鳴/管理者】。
「あー。『管理者』は、まあ、拠点をいじるためのやつ。あんたが管理人だから、ついてるだけ。……で、『共鳴』は……」
ベルフは、羊皮紙をめくって、気のない声で読み上げた。
「えーっと……『触れている仲間の力を、ちょっと上げる』……みたいな? ……ま、地味だな」
「……地味」
咲が、思わず、復唱した。
「仲間の力を“ちょっと上げる”。……それだけ? 自分で戦えるわけじゃ、ないの?」
「ないない。この管理人サマ、筋力3だぞ。戦えるわけねーじゃん」
ベルフは、けらけらと笑った。
――戦えない管理人。その上、持っているのは、“ちょっと”仲間を強くするだけの、地味なスキル。
正直、目の前が、暗くなった。こんな力で、どうやって、この地獄みたいな世界を、生き抜けというのか。
◇
「ま、その点、姉ちゃんのほうは、まともだぞ」
ベルフが指を振ると、今度は咲のステータスの、“戦える”数字だけが、ウィンドウにざっと表示された。
【本間咲/剣士/Lv1】
【属性:風】
【体力 45/魔力 12】
【筋力 14/耐久 11/敏捷 16/器用 12/知力 9/精神 11/運 8】
【スキル:剣術】
「おー。剣道やってただけあるな、姉ちゃん。筋力も、素早さも、しっかりある。属性も“風”。……あんたと違って、ちゃんと“戦える”やつだ」
「……昔とった杵柄、ってやつかしらね」
咲は、自分の手のひらを、強く握って、開いた。学生時代、全国大会まで行った剣道の腕前。まさか、こんな形で、役に立つ日が来るとは、思わなかっただろう。
俺の、情けないステータスと、咲の、頼もしいステータス。
並べて見ると、あまりの差に、笑えてくるほどだった。
(……守られてばっかりに、なりそうだな。俺)
情けなさで、胸の奥が、ちくりと痛んだ。
◇
「さーて、お次は――あんたらの“家”の性能だ」
ベルフが、朝日荘の、ひび割れた外壁を、ぺしぺしと叩いた。
新しいウィンドウが、開く。
【拠点:朝日荘/拠点Lv1】
【拠点HP:低】
【コア出力:低】
【建物スキル:絆のすみか】
【設備――火:×/水:×/電気:×】
「……ちなみに、このボロ。建物にも“スキル”ってのがあるんだけどよ」
ベルフは、心底気の毒そうに、建物スキルの欄を指した。
「『絆のすみか』。……効果、“中にいると、ちょっと落ち着く”。……以上」
「……以上?」
「以上。……はぁ。よそのチームは、やれ“結界”だの、やれ“モンスター撃退”だの、立派な建物スキル持ってんのにな。あんたんとこは、『ちょっと落ち着く』。築五十年は、伊達じゃねえわ」
咲が、がくりと、肩を落とした。
「……癒やし特化かよ。こんな状況で」
俺も、思わず、頭を抱えたくなった。戦闘力F。地味スキル。そして、拠点は、“ちょっと落ち着く”だけの、オンボロアパート。……役満だ。絶望の、役満。
◇
「で、だ。……ここからが、もっとキツい話な」
ベルフは、設備の欄――火、水、電気、すべてに並んだ“×”印を、指でなぞった。
「見ての通り、このボロ、ライフラインが、ぜんぶ死んでる。蛇口ひねっても、水は出ねえ。コンロも、電気も、つかねえ」
試しに、俺は管理人室に駆け込んで、台所の蛇口をひねってみた。
――きゅるきゅる、と、情けない音がするだけで。水は、一滴も、出てこなかった。
「う、嘘だろ……」
「前にも言ったろ。飯も水も、湧かねえ世界だって。……この設備が死んでる以上、全部、“魔石”で買うか、拠点を強化して、復活させるしかねえ。どっちにしろ、魔石がいる。つまり――」
ベルフは、だるそうに、だが、容赦なく、言った。
「稼がなきゃ、モンスターにやられる前に、あんたら、普通に、干上がって死ぬ」
電気が止まった今、冷蔵庫は、もう、ただの箱だ。昨日、唯が作り置きしてくれたおかずも、この調子では、もって、今日明日。あとは、買い置きのペットボトルの水が、数本と、常温で保つ乾き物が、少し。
――それだけが、今の俺たちの、命綱の、すべてだった。
◇
そして、ウィンドウの、いちばん上。
追い打ちをかけるように、赤い文字が、点滅していた。
【次回“上納”まで:残り7日】
【朝日荘チーム 現在ランキング:最下位】
七日後。
決められた分の魔石を納められなければ、拠点は壊され、俺たちは――コアの中のみんなもろとも、死ぬ。
その期限が、残り、七日。
手持ちの食料と水は、切り詰めても、もって数日。戦う力は、咲ひとり。拠点は、オンボロで、ライフラインも死んでいる。そして、順位は、ぶっちぎりの、最下位。
どこから、どう考えても。……詰んでいる。
「……は、はは」
乾いた笑いが、漏れた。足元が、ぐらぐらと、崩れていくような感覚。何から手をつければいいのかも、わからない。
◇
「……ちょっと、和馬。……あんた、大丈夫?」
呆然と立ち尽くす俺を、咲が、心配そうに、覗き込んでくる。いつもの威勢のよさは、鳴りを潜めていた。きっと、こいつも、本当は、俺と同じくらい、怖いのだ。
――だから。
俺が、ここで、へたり込んでいるわけには、いかなかった。
ふと、ステータスの、あの一文字が、目に入る。
『無』。
ベルフは、ハズレだと笑った。何にもなれない、半端もの、と。……それでも、なぜだろう。その文字を見ていると、妙に、腹の底が、据わってくる気がした。
(……何も、ないわけじゃ、ない)
俺には、咲がいる。地味だと笑われた『共鳴』だって、ある。たとえ自分で戦えなくても、管理人として、やれることが、きっと、あるはずだ。
コアの中で、みんなが――唯が、麻衣さんが、あの娘たちが、俺が迎えに来るのを、待っている。
膝を、折っている場合じゃ、なかった。
「……悪い、咲。情けないとこ、見せた」
俺は、きつく唇を噛みしめ、震える足に、力を込めて、立ち上がった。
咲は、一瞬、きょとんと目を丸くして――それから、ふっと、口の端を、吊り上げた。
「……ふぅん。少しは、管理人の顔に、なったじゃない」
戦闘力F。地味スキル。オンボロ拠点。最下位。
――それでも。
やれることを、やるしかない。最弱だろうが、なんだろうが。前に、進むしか。
「……ベルフ。ミッションを、受けたい。……いちばん簡単なやつから、頼む」
「ほーい。やっとやる気になったか」
ベルフが、気だるく、指を鳴らす。
宙のウィンドウに、新しい表示が――俺たちの、最初の“戦い”が、浮かび上がった。
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